帰還

「アレンさん! よかった~! 目が覚めたんですね!」

 僕を覗き込んでいるのは……マルグリットさんだった。

 僕は仰向けに寝ている。そしてこの天井は知っている。町の病院だ。怪我で何度もお世話になったからなぁ……。


「って、あれ? 僕は……生きている……? あいててて!」

 身体を起こそうとしたものの、痛みで動けなかった。

「まだ無理に動かないで。大きな怪我はないみたいですけど、全身の筋肉がズタズタだったって先生が言ってました」

 ここの先生の治癒魔法で治してもらったけれど、しばらくは筋肉痛は取れないから安静に、とマルグリットさんは続けた。

 

 あの後。

 一体、何が起こったのだろう。

 アイリスさんが助けてくれたのだろうか。

 何かを思い出そうと考えていると、ちょうどそこにアイリスさんがやってきた。


「あら、目覚めたのね。よかった」

「アイリスさんも無事で……よかったです。あの……助けてくれて、ありがとうございます」

 そう言う僕に、アイリスさんがきょとんとした顔を向けた。

「え……貴方がダンジョンの外までわたしを運んでくれたんじゃなかったの!?」

「え?」

 

 僕とアイリスさんは、ダンジョンの入り口で倒れていたとマルグリットさんは言う。他には誰の姿もなかったと……。


「ねぇ、アレンさん。何か覚えていない? わたし、あのドラゴンに一撃でやられた後……『光』を見たような気がするんだけど」

「光……あ……僕も、見ました。たぶん。記憶が曖昧ですけど、意識を失う前に……光の中で誰かがほほ笑んでいたような」

「やっぱり! きっと、あの人ね! あの人が来てくれたのね!」

 アイリスさんの顔が、ぱあっと明るくなる。

 あの人とは、アイリスさんがダンジョンで話してくれた、まばゆい光の剣を持つ冒険者……のことだろう。


「また……助けられちゃった。会いたかったなぁ」

 アイリスさんは少女のような表情で天井を仰ぐ。闘っている時のあの冷たい表情は微塵もない。


 ──そんなことが、そんな偶然があるのだろうか。しかし、他に僕たちが助かったことの理由の説明はつかない。


 ふと、僕は一つの可能性を思いつく。

 あの光はエクレールのような精霊の類なのではないかと。それはきっとアイリスさんを守っている。そう考えなければ、あまりにも都合が良すぎる。

 そんな僕の推測は、この後すぐに崩される。


「おう、アレン。起きたか。災難だったなあ」

 禿げ頭を撫で、少しバツが悪そうな顔でゴッツさんがやってきた。

「アイリスから聞いた。魔石が出たんだってな。すまん、まさかこんな事態になるとは。オレの責任だ」

 ゴッツさんが頭を下げる。

「そんな……ゴッツさんのせいじゃ……。それで、あの魔石というものはどうなりましたか?」

「意識を取り戻したアイリスから話を聞いた後、上級冒険者どもを率いてダンジョンに行ったが……魔石は消えていた。おそらく別の場所に移動したのだろうな」

「そうですか……」


 邪悪なモンスターを生み出す、魔石。魔王の因子。

 そんなものが存在するなんて、僕は初めて知った。

 僕が魔石について聞くより先に、ゴッツさんが口を開いた。


「そういえばアイリス。お前さんが探していた冒険者だが、ついに見つかったぞ」

「えっ、ホント!? どこ! どこにいるの!? ねぇ!」

 アイリスさんがゴッツさんの胸倉を掴んで揺さぶる。

「おおおおおちつけ。中央都市だ。中央都市のギルドから『光の力を使う』冒険者が現れたって連絡があった」

「うわー! うわー!! 完全にすれ違いじゃない! 中央都市で待ってればよかった! すぐいく!」

「お、おい! 鍛え直しているお前さんの武器はどうするんだ?」

「後で送って!」

「ちょ……あー、行っちまったよ。一人で大丈夫か、あいつ」

 ゴッツさんが困ったように頭を撫でまわす。


 光の冒険者は実在するんだ。

 僕たちを助けた後で、すぐに中央都市に向かったんだ。

 よかった……精霊の類ではなくて。

 もうすぐ憧れの人に会えるんだな、アイリスさん。何だか少し羨ましい。

 

 でも、心配だ。

 アイリスさんは極度の、超ド級の方向音痴。いや、まぁ、予定より数日遅れとはいえこの町に到着できているんだし、あの口ぶりだと中央都市から来ていたみたいだし、ちゃんと帰れるだろう。きっと、大丈夫。



 数日後。



 僕は全然大丈夫じゃなかったことを知り、驚愕することになるのであった……。

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