ひかり
あの夢のように、あんな恐ろしいドラゴンに立ち向かえるわけがない。
アイリスさんが目の前で喰らわれても、僕は動くことはできないだろう。怒りよりも恐怖が勝るだろう。
こんなことなら冒険者にならなければよかった。何が夢だ。厳しい現実だ。夢を追うだけで生きてなんていけない。そんなことは僕が一番わかっていたはずなのに。
何度も現実を突きつけられた。その度に諦めようと思った。何度も何度も。そうすれば、自分の気持ちに妥協すれば楽に生きられる。
──それでいいのか?
僕が問う。
いいんだ。それでいいんだ。
僕が答える。
はは……。悩んでいたことが馬鹿みたいだ。僕の存在なんてちっぽけなものでしかない。
僕が問う。
その声は、やけにはっきりと聞こえた。
──諦めるのか?
それは何度も自分に投げかけた言葉だ。
お前が憧れた、物語の中の冒険王は諦めたか?
どんな困難をも、どんな強敵をも前に諦めたことがあったか?
彼は何度も諦めかけた。その度に立ち上がり、何度も何度も立ち上がり、困難を乗り超えたはずだ。
彼も最初から強かったわけではない。勇気があったわけではない。
「まだだ。まだ、負けてない」
誰の声?
僕の声だ。意識より先に、言葉が口から出た。
僕はそこらにあった石を、ドラゴンに投げた。地面に落ちた石を見た後、ドラゴンはこちらを向いた。
そうだ。そうさ。
「お前なんかに、負けない」
ドラゴンが僕の前までやってくる。次の瞬間には喰いちぎられるか、丸のみされるか。それでも僕は目をそらさない。もう二度と、背けない。
僕は剣を握りしめる。
意識が遠のく。
ドラゴンが発する黒い邪気は毒のように僕の身体を、心を蝕んでいく。
戦う意志を捨てるな。最後まで、最期まで、戦え。
目の前が真っ暗になっていく。もう、何も見えない。
ドラゴンの息遣いだけが聞こえる。
それもやがて聞こえなくなった。
僕の心臓の音だけが聞こえる。
──ドクン、ドクン。
僕は生きている。生きているんだ。だから──。
闇の中。
光が、広がっていく。
暖かい。温かい。
僕の視界が、少しだけ開けた。
光はさらにまばゆく、強くなる。
その中で。
誰かがほほ笑む顔が見えた気がした。
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