悪夢、降臨
「うわっ!?」
蝙蝠のようなモンスターが飛びかかっていたので、僕は慌ててカバンの中の何かを投げつけた。液体の入ったガラスビンが蝙蝠に当たり、バリンと割れた。
「グギャアァァァァァ!?」
蝙蝠の身体が青白い炎に包まれて、どろどろに溶け、やがて跡形もなく消滅した。
なんだ……今のは。モンスターを溶かすような強力な攻撃アイテムなんて、僕は調合できないし、町の道具屋にも置いていない。
僕はあたふたとカバンの中を見る。そこには僕でも見たことのないアイテムがいくつか入っていた。僕が持ってきたたくさんのアイテムの代わりに。何が起きたのだろうかと考える間もなく、次のモンスターが飛びかかってくる。
僕はカバンの中からよくわからない丸い球のようなアイテムを取り出して投げつけた。モンスターはそれをひょいっと回避する。しかし、なんと。そのアイテムはモンスターを『追尾』した。球が当たると、そのモンスターは動きを停止し、ぴくりとも動かなくなる。
「アレンちゃん、エグいアイテムもってるのね」
ヘルハウンドと交戦していたエクレールが僕のところに戻ってきて、息を切らせながら言った。
「エクレール……大丈夫?」
「……ダメ。雷がまるで効かない。少しでも怯んでくれればいいんだけど……」
雷の威力を高める方法があれば──。
僕たちを囲むモンスターの輪はどんどん小さくなっていく。
「一気にまとめて焼き払いたいところだけど……もう範囲攻撃ができないや。ごめんね、アレンちゃん」
エクレールの消耗は激しい。それはつまり、アイリスさんの魔力が尽きているということに他ならない。
ここからではアイリスさんの様子はよくわからないが、遠くから激しい音が何度も響き渡ってくる。
僕はカバンに手をやる。残るアイテムは……一個!? おかしい。数が合わない。そして手にしているのは……回復薬? ポーションのようだった。なんだか不思議な色をしている。
どうせ持っていたはずのアイテムではどうにもならない状況だ。これを投げて、おしまいだ。その直後、僕はモンスターたちに喰いちぎられることになるのだろう。
本来なら。
アイリスさんに助けられていなかったら昨日で終わっていた命だ。不思議と震えが止まる。諦めの境地なのか、それともただ恐怖でおかしくなったのか──僕はたぶん、笑っていた。
僕が投げたポーションが地面に落ちて割れる。
──時の流れが止まったかのようだった。
モンスターたちの視線がじっとそこに注がれる。
赤色。青色。緑色。三色の煙が一瞬にして周囲に充満する。
それを吸った瞬間、僕の全身が脱力した。モンスターたちも震えて、その場に崩れ落ちる。
ぽつり、ぽつりと水滴が落ちてきた。これは、雨?
「アレンさん! 離れるわよ!」
モンスターの輪に飛び込んできたアイリスさんが、僕を抱えて跳ぶ。あんな大きなハンマーも持っているのに、僕も抱えて跳べるなんて、すごい筋力だ。これが……【上級冒険者】。
「エクレール! ぶっぱなして!」
「おっけ~!!」
エクレールが雷を放つ。
勢いはない。しかし雷は、水に濡れた地面、そしてモンスターを伝って広範囲に流れていく。ヘルハウンドとヒュドラ以外のモンスターは、黒く霧散していった。
「グルルルルルル……」
ヘルハンドは口から泡を吐いて唸っている。苦しそうだ。
「アレンさん……一体何のアイテムを使ったの? あのバケモノ、かなり弱体化してるみたい……」
「じゃ、弱体化?」
理解できない状況が続いて、僕の頭は混乱している。何が起きているのか僕が聞きたいくらいだった。
「アイリス~、アタシもうだめー。帰る―」
「お疲れ様、エクレール」
エクレールは小さな光の球となって、アイリスさんの胸のあたりに吸い込まれていった。
ヒュドラは周囲の煙を警戒して、その場から動けずにいる。ヘルハウンドも完全に動きを止めている。これなら、逃げ切れる。アイリスさんは僕を抱えたまま走り出した。
──ブオン──
鼓膜を揺らす、鈍い響きがめまいをもたらした。
すぐそこにあった階段が遠ざかっていく。この空洞が、空間が『拡張』されたかのようだった。
中央にある巨大なモノ……あれは、黒い水晶?
それはにぶい光を放ちはじめたことで、その姿を薄闇の中にはっきりと映し出していた。
黒い水晶から、鉤爪のある巨大な手が出てくる。明らかにその水晶よりも大きな存在が這い出てきている。
「あの黒い石は……魔石よ。邪悪なモンスターを生み出す、【魔王の因子】」
「……魔王の因子!?」
僕たちは現れたモンスターを呆然と見上げた。
それは、昨晩の夢、そのままに。いや、実物の迫力はもっと凄まじいものがあった。
──ドラゴン。
世界、最強。
ドラゴンが咆哮する。地面が、空気が割れんばかりに震える。僕の身体の骨が軋んで痛む。ドラゴンの鋭い視線が僕の心を貫く。僕は腰を抜かしてしまう。涙が溢れて止まらない。
「黒い個体。……こんなところで再会できるなんてね」
アイリスさんの、ハンマーを持つ手に力が入るのがわかった。
ドラゴンは少し目を細めた。何だか、笑っているように見えた。
「……消えた!?」
ドラゴンの姿が消えた。
おぞましい叫び声に振り返ると、なんとドラゴンがヒュドラに噛みついていた。
「ヒュドラを……喰らってる」
ドラゴンは次々とヒュドラの首を噛み千切ると、咀嚼もせずに飲み込んでいく。その度に、ドラゴンの身体は大きくなっていく。
瞬く間にヒュドラは喰いつくされ、さらに巨大になったドラゴンがゆっくりと僕たちの前にやってきた。
「ドラゴンなんかに負けない。わたしが目指す高みは、もっと先にあるんだから!」
アイリスさんが、地面を蹴った。ハンマーを振りかぶる。
ドラゴンがまた、少し目を細めた。
バチン。
ドラゴンの尻尾が、アイリスさんを弾き飛ばした。
声もなく、アイリスさんが地面に転がる。アイリスさんは意識を失ってしまったようだった。
ドラゴンがゆっくりと、アイリスさんに向かっていく。
僕は何もできず。動くこともできず。
ただ、その場で震えてうずくまっていた。
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