死地

 僕が調合したアイテム【炸裂弾】が弾けてモンスターたちに突き刺さる。怯んだモンスターたちはエクレールの雷に焼かれていく。

 その威力を目の当たりにし、僕が補助する必要がないのではないかと思えてくる。しかし、隙を作らないためにも動かなければ。僕が怯めばそこが穴となる。守りに入ればエクレールが余計な力を使うことになるし、それはアイリスさんの負担に直結する。

 僕が『穴』になってはならない。攻めに出て、逆にモンスターを怯ませるくらいでないと突破口は開けないだろう。


 僕は【強化薬】を飲んだ。一時的に、飛躍的に身体能力を向上させるアイテムだ。これを使用した後は全身筋肉痛になるだろう。でも、今この場を切り抜けられなければすべてが終わるんだ。筋肉痛くらい些細なことだ。

 アイリスさんがハンマーを振るうたび、エクレールが雷を放つたび、モンスターはその数を減らしていく。

 これならいける。上へ続く階段の道も開けそうだ。僕は少し安堵した。



 ──しかし。



 希望は容易く反転する。

 顔を出したのは絶望。


 戦況をひと吠えでひっくり返す存在が、地響きを立てて現れる。


「──ヒュドラ!? うそでしょ!?」


 巨大な。それは。巨大な蛇。九つの首を持つ、大蛇。

 黒いぬるりとした体表を光らせて、紅い瞳で僕たちを見下ろしている。

 【上級冒険者】がパーティを組んでやっと倒せるようなバケモノだ。


 僕の足が勝手に震えだす。歯ががちがちと鳴っている。

 僕は認識の甘さを呪った。こんな恐ろしいモンスターがいるなんて。ヘルハウンドに対処できたことで、少しだけ芽生えた自信のようなものは消し飛んだ。あんなことで『壁』を乗り超えられた気がしていたなんて……僕は馬鹿だ。


「エクレール……階段への道を開くことだけに専念して。わたしはあいつをひきつける」

「わかった! 一気にいくよ! でも、力ごっそりもらうことになるけど」

「かまわない! あんなバカでかいやつ、あの階段通れないでしょ! 逃げるが勝ち!」

 白銀が、閃光が、それぞれの方向に散った。


 どうして。どうしてアイリスさんは……あんな恐ろしいモンスターに向かっていけるんだ。

「アレンちゃん! アタシのあとをついてきてっ!」


 閃光が奔った道には炎の轍。


 足よ、動け。頭よ、働け。僕ができることを……やるんだ。


 僕が勇気を振り絞ろうとしたその時。更なる絶望が僕たちの前に立ちはだかった。


 ──ヘルハウンド。それも、今までよりもはるかに大きい個体。その体毛のところどころから炎が迸る。まだ距離があるのに、肌が焦げるような熱さを感じる。


「げげっ! 【フェンリル種】!? やばばー」

 エクレールが怯んでいることが見て取れた。

 こいつには雷が通じない。手持ちのアイテムでこいつに効きそうなアイテムは……。


 僕の思考よりも速く、ヘルハウンドが跳躍してくる。

「こんのぉっ!」

 エクレールが雷の盾でヘルハウンドの爪を弾く。

「雷の速度に勝てるわけないっての! でも、どうしよーこれ」

 他のモンスターたちも僕を取り囲んでいる。


 この場を切り抜けられるアイテムは、ない。

 手持ちのアイテムを調合できれば……何か……。それはないものねだりだ。ここにはアイテムを調合できる設備も道具もない。

 状況やモンスターに応じて効果的にアイテムを使うための考える時間も余裕もない。手持ちのアイテムをすべて闇雲に使う。それしか僕にできることはない。


 僕は汗に濡れた左手を道具カバンに入れた。

 

 ──バチン。


 何かが弾けるような音と痛みが、僕の手に響いた。

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