ダンジョンへ

 夢を見ていた。

 

 僕は巨大な何かと対峙している。

 あれは──ドラゴンだ。世界最強のモンスター。


 ドラゴンが咆哮すると、大地が、大気が震えた。ドラゴンの鋭い視線が僕の心を貫き、全身を委縮させる。

 それでも。僕は折れた剣を握りしめた。そして一歩を踏み出す。


 勝てるわけがないのに、どうして僕は立ち向かうのだろう。

 

 そうだ。

 僕は思い出した。

 立ち向かわなければならない理由があった。


 僕は思い出した。

 だから僕は、ドラゴンに向かっていった。




「アレンさん? 何ぼーっとしてるの」

「あ、いや。何でもないです」

 アイリスさんは怪訝そうに僕を見ている。

 なんだったんだろう、昨晩見たあの夢は。何だか……何かを思い出しそうで思い出せない、もどかしい感じがする。

「それで、あのダンジョンはこっちだったかしら」

「あ、いえ。逆方向です……」

「あらそう」

 アイリスさんは持っている地図がさかさまなのに気づき、何事もなかったような表情でそれを丸めた。


「やっぱり貴方に道案内をお願いするわ」

「は、はい」

 一度行ったことあるんだからそんなに簡単に迷わない! なんてことを言っていたアイリスさんだったけれど、この分だとどこにたどり着いていたものだかわかったものではない。

 しかしこのアイリスさん、なんと【上級冒険者】である。それも最上級の【特級冒険者】に限りなく近い実力を持っているのだとか。

 そんなアイリスさんと低レベルの僕とパーティを組ませて、ダンジョンの調査クエストを『依頼』するなんて、ゴッツさんも人が悪い。

 考えてみれば僕にとっては初めてのパーティ。ゴッツさんは僕に経験を積ませたかったのかもしれないけれど、アイリスさんにとっては迷惑な話でしかないだろうなぁ。気まずい。


「ところでアレンさん。最近冒険者になったって話……本当なの?」

 いきなりアイリスさんは切り出してきた。僕が自分の身の上を話すと、アイリスさんは何とも複雑な表情をした。

「……大変だったのね。でも、冒険者としてやっていくのは考えた方がいいわ」

 それは他の冒険者からも、あのギルドマスターのゴッツさんからも散々言われてきた。40歳から冒険者になるには遅すぎるし、冒険者としての才能がない。それでも僕は──。


「すべて覚悟の上って顔ね。でも、想いだけでは超えられない壁があることを冒険者なら知っておくことね」


「……それでも僕は、あきらめない」


「え? あ、到着したのね」

 いつの間にか僕たちはダンジョンの前まで来ていた。僕のつぶやきはアイリスさんには聞こえなかったようだ。


 ダンジョンの雰囲気くうきが違う。流れてくる空気は冷たくまとわりついてくる。闇に引きずり込まれそうな感覚。いつもこのダンジョンに来ている僕は、普段との違いに気が付いた。

「さっさと調査しましょ。どうせ何もないでしょうけど」

 アイリスさんはささっとダンジョンに入って行ってしまった。僕は慌ててその背を追いかける。

 

 ダンジョンの中は、見た目は何も変化がなかった。しかしなんだろう、この違和感は。

「アレンさん、あの隠し部屋ってどこらへんだったかしら」

「あ、この奥です」

 そういえばよくアイリスさんはあの隠し部屋までたどり着けたなと思う。あ、そうか。方向音痴だからきっと、思いもよらぬ方向に……。僕は色々な幸運に助けられたんだなと改めて感じた。


「……これは……」

 アイリスさんの表情が変わった。

 僕たちが最初に出会ったあの場所は、異質なものとなっていた。黒い水晶のようなものが至るところから飛び出していて、鈍い光を放っている。みたことのない鉱石だった。綺麗と思うよりも不気味だと感じる。

「下の階層に続く階段があるわ。あの時にはなかったはずなのに。これは【拡張】?」


 女神様はすでに攻略されてしまったダンジョンを【拡張】させることによって、冒険者に新たな”楽しみ”を提供することがあるという。大体は、そのダンジョンの近くのギルドに何らかの方法で【通達】がくるものらしい。しかし今回のこの拡張に関して言えば、それがなかった。

 女神さまの気まぐれか、それとも別の何かの要因か。


「とにかく、下の階層に行ってみましょう。危険があればすぐに帰還。無理はしないこと。いいわね」

「は、はい」


 僕たちは階段を降りていく。

 足を踏み出す度に背筋がざわつく。


 階段は深く、深く。まるで深淵の闇に、僕たちは飲み込まれていくかのようだった。

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