第1部 冒険者たち
第1章 おじさん冒険者の旅立ち
出会い
今日は運がいい日だ。
でも、僕は知っている。いいことばかりは続かないと。いいことの後には必ずといっていいほど『落とし穴』がある。僕はそれを知っているからこそ、慎重でいられた。だからここまで大きな怪我なく冒険者を続けてこられたんだ。
「でも、これは想定していなかったなぁ」
まさかこんな初級ダンジョンに隠し部屋があって、そこにこんな強そうなモンスターがいるだなんて。
それはオオカミに似ていたけれど、その体躯はオオカミよりもふた回りほど大きいだろうか。そいつはナイフのように鋭い牙をむき出しに唸っていた。
逃げなきゃ。そう思っても足が動かない。
恐怖で息が詰まって胸が苦しい。全身に冷たい汗が噴き出しているのがわかる。
背を向けて逃げ出した瞬間、僕はこのモンスターに食いちぎられるだろう。
では戦う? 僕の攻撃はかわされ、次の瞬間には喉笛を嚙みちぎられるだろう。
死のイメージしか湧いてこない。どうする……と考える間もなく、モンスターは飛びかかってきた。僕は慌てて、右手に持っていた剣をモンスターめがけて薙ぎ払う。 モンスターはそれをかわし、僕の右腕をひっかいて、再び距離をとった。
痛みに剣を落としそうになる。血が地面に滴り落ちる。恐怖と緊張からか、傷の見た目ほど痛みは感じない。
一瞬でも気を抜けば即死。気を抜かなくとも
ここが僕の……冒険の終わりか。ここで終わってしまうのか。やっと、念願の冒険者になれたのに。
モンスターは右足をひいた。
──来る。
僕は飛びかかってくるモンスターに向かって、一歩を踏み出していた。
「少しは度胸あるのね。腰が引けてるけど」
モンスターの代わりに、その声が飛んできた。そのモンスターはというと、首を綺麗に落されて、僕の目の前で霧散した。
「ヘルハウンド。こんな練習用のダンジョンにいていいモンスターじゃないわね。これはギルドに報告しなきゃ。貴方、怪我は大丈夫?」
「へ? あ、ああ……大丈夫」
思わず、見惚れてしまっていた。
白金の髪は、光に当たっていないにも拘わらず、さらりと輝いて見える。
まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたかのように。彼女はそこに立っていた。
「この傷は……大丈夫じゃないわね。毒までもっていたのね、あいつ。ほら、これを飲みなさい。傷の回復だけじゃなく毒も消してくれる万能薬よ」
「あ、ありがとう」
僕は差し出された万能薬を飲んだ。これは苦い。
「貴方も……冒険者よね? 近くの町まで案内してくれないかしら。実は道に迷ってしまって」
それで、たまたま見つけたダンジョンに足を踏み入れたというわけだった。そこにいるであろう冒険者をあてにして。僕はそれに救われた。
「あれ……貴方、どこかで会ったことあったかしら?」
「え? いや……ないと思います」
「そうよね。ごめんなさい、変なこと言って。名乗るのが遅れました。わたしはアイリス。貴方と同じ冒険者よ」
「あ、は、はい。僕はアレン……です」
「それではアレンさん。少しの間、お世話になりますね」
僕はこれまた想像していなかった。
彼女とはここより長い時間、一緒に行動を共にすることになるなんて。
そう。
僕の本当の『冒険』はこの時から始まったのだった。
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