「争いを生む人とは?」

「なあ、後輩くん、人はどうして争うと思うかい?」

「今日はまたなかなかな話題ですね」

 人はどうして争うのか。確かに人類の命題みたいなところはある。人は争い続けているわけで、その一方で平和を訴えているのも常だ。

「人が争う理由に、思想というものがある。わかりやすいところだと、人種によるものも、結局は思想なわけだしね」

「ああ、確かにそうか。至上主義、というものですよね」

 確かに思想関連は問題が起こりやすいイメージがある。それもあって、近寄りがたいとさえ思ってしまう。

「ちなみにだが、後輩くんは何かこの思想を大事にしているというものはあるかい?」

「いえ、特にないです」

「なるほど。それじゃあ思想が原因で何か問題に巻き込まれたこととかは? 後輩くんが何か知っているのなら、その話も聞いてみたいしね」

 思想によるトラブルか。僕自身は特段何かに固執していることもないし、そういうものは巻き込まれると面倒だと思ってるから、近寄らないようにしているぐらいだ。

「そうですね、たぶんないです」

「まあ、後輩くんはそういうのには縁がなさそうだからね。だけどそうだね、実際に、ある思想を主張している人たちに関してどう感じるかな」

 思想を持っている人に対して、か。思想が争いの原因になっている、なりやすいというのは納得できるし、実際そうだと思う。

「そうですね、やっぱりあまり近寄りがたい、と思います。なんというか、怖いというか、そういう感じでしょうか」

「まあ、確かにそう思っている人も実際多いだろうね。それにそう思っている人たちは、基本的に思想を強く持っている人たちとはあまり関りがないんだろう」

 確かに僕は関りがない。この十数年間、意識することなく生きてきたが、周りにそういうことを言ってくる人はいない。

「だがね、実際はそういうわけでもないんだ。ある思想を名乗っている人が必ずしも近寄りがたい存在、というわけでもないんだ。そして本当に争いの元になる人間というのは思想そのものが原因じゃないんだ。その思想を持っているから争いになるんじゃなくて、その思想を強制しようとするのが本当はいけないんだ。そう、実際は思想の有無じゃなくて、強制するかしないかなんだよ。言ってしまえば、人はその二つに分けられる」

「なるほど、確かに思想そのものが悪とかではないかもしれませんね」

 確かに本当に怖いのは、思想じゃなくて、それを強制しようしてくる人の方だ。この思想だからではない、ということか。

「ああ、そうそう、思想は本当に関係ないんだ。思想どうこうではなく、強制している人間、というのが実に厄介なものでね。強制する側が思想を持っているような人でも、無意味な争いが起こる。そういう人たちは基本的に、そういう思想を持たせないように強制してくる。その思想は間違っている、その考えは間違っている、だからそういうことを掲げる人全員が危険な人たち、ってね。盲点になりやすいけど、思想を強制してくる人も危ないけど、それを持たないことを強制する人たちも同じように危ないんだ」

「……そういえば、そうですね。確かにそう考えれば、思想は関係ないです」

 気付かなかった。自分のように特別なそういうものを持っていない人たちは、安全だろうと、どことなく思ってしまっていた。思想を掲げていない自分は平気だと思わんばかりに。だけどそういうことではなかった。本当に危ないのは人の考えを無理に変えようとすることなのか。

「そうそう、それとこれって結構面倒な部分があってね。どこからどこまではセーフなのかって話さ。例えば思想を強制しようとしている人がいて、その対象になっている人がいたとしよう。もしその人を助けようとして、それを止めたいとしよう。だけどそれは思想を持たないことを強制しているんじゃないかって、話さ」

「確かに止めに行って、相手からそう言われたら、途端に自分が悪者っぽくなってしまいそうです……」

 なんというか、どことなく怪しい宗教に勧誘されている人を助けているような光景を想像する。その時にそういう風に責められると、自分だったら狼狽えて引いてしまいそうだ。

「これはね、何個かパターンがあると思うけど、まず第一に人の人格を否定していればアウトだろうね。この思想を持っている、いないは人としていけないとか。だからこの思想をした方がいい、っていうものだね。自分の中で完結させられないものは、人に迷惑をかけているわけだから、いけないよね。あとはそうだね、自己紹介とか、そういった言う事が決まっている時に、思想の話をし出したらいけないよね。でもまあ、強制しようとしてくる人は、所かまわずその話をしようとして来るから、ありえない話でもないんだ」

「その、それは怖いですね。だけど、なんとなくわかりました。思想を持っている人も、強制をして来なければ、近寄りがたいとかないんですね。確かに友達でも、このゲームをしろよ、って強制してくる人は正直面倒ですもんね」

 強制ということで、身近なことを思い出す。だけどそう考えると、思想とかは人の芯に関わることだからこそ大きなトラブルとかになりやすいけど、それ以外の部分でも強制するとなると、不和の元になりかねないということだ。自分自身がそういうことを普段してしまっているかわからないが、今後は気を付けなくてはいけないと思った。

「そういうことだね。それをしていない、普通じゃない人に強制するのはトラブルの元、ということさ。まあ、基本的には思想と言った、人の大事な部分は強制しない方がいいって話だね。そして、そのために人の人格を否定することはしてはいけないっていうのも大事」

「そうですね。争いは人にとって大切な要素を人に強制させたり、否定したりすることから始まるわけですね」

「そうだね。強制ってだけだと範囲が広いから、大切な要素をっていうのも必要だ。誤解を招くようなのもいけないからね」

 確かに無意味な争いを無くすためには大切だ。

「みんながそういう風に思えばいいんですけどね」

「まあ、この考え自体も強制する気はないさ。言っても聞かない人とかもいるし、それこそしなくてもいい諍いを生むだけだよ」

 先輩はそういうと、喋り終えたように口を閉ざす。確かにそうである。……しかし、そう考えるとそのような争いが絶えることはないんだろうか。そしてそのような考えを持っているであろう先輩は、何物にも影響されないのだろうな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る