第19話

 カーラの捜索を最優先に考えた俺はとりあえず街中を歩いていた。


 どこへ行ってしまったかわからないカーラの捜索にあたり、俺の所有物である悪魔図鑑の悪魔センサーもといスピンを頼りに捜索を進めていた。

 この調子ならそのうちカーラに行き着くのは間違いないだろう、あいつを見つけてさっさとミーコ奪還作戦を開始せねばならない。


 だが、ここにきて俺を阻む厄介な奴が現れた、それは先ほど俺をひどい目に合わせたヌエの登場である。

 一体何しに現れたのかと半ばうんざりしながら彼女を見ていると、奴は真剣な表情をしながら近づいてきたかと思うと、突然俺のズボンをぎゅっと握ってきた。


「カオナよ話があるのじゃ」

「やめろ、皺になるじゃないか」


「カオナよ手伝ってほしいのじゃ」

「俺は今それどころではない、それにさっきはお前のせいで女兵士に追いかけられたから、お前とは当分関わりあいたくもない、あとズボンから手をはなせ、皺になるといっている」


 だが、離せという言葉を無視するかのようにヌエは手の力を強めた。


「そ、そんなこと言うでない、ぜひとも手助けしてほしいのじゃ」

「だから俺は今それどころではないといっているだろう」


「わしもそれどころではないのじゃ、話だけでも聞いてほしいのじゃ」

「話は聞いてやる、だが歩きながら話せ立ち話している余裕はないからな」

「う、うむ」


 何を真剣な顔しているのかはわからないが、顔を見る限り本当に困った様子でありどことなく口数も少ないように感じた。


「で、話ってのは一体何なんだ?」

「うむ、実はさっきのジョンヌ孤児院に見覚えのある者がいたのじゃ」


「なんだ幼馴染でも見つけたのか、それとも生き別れた兄でも見つけたのか?」

「わしに幼馴染も兄もいないっ」


 ヌエは聞きなれぬ大声を張り上げると、真剣な瞳で俺を見つめてきた。その赤い瞳はまるで燃え盛っているかのようにぎらついており、俺は浮ついてひねくれた心を落ち着けることにした。


「そうか、一体だれを見つけたんだ?」

「黒いローブを着た女じゃ」


「黒いローブの女、そいつがどうかしたのか?」

「あの女、わしの町を恐怖で陥れた憎き異端の魔女、マージョンヌの一員なのじゃ」


 ヌエにとっては相当重要な奴なのだろうが、全く無関係な俺にとってそんな発見は大したことではない。だが、こんな話をするためだけに真剣な表情をし、さらには俺のズボンにしわを作り出すほどの事をしたと言う訳か。


「そうか、それは大変だなヌエ、まぁ俺には全く関係ないがな」

「とっても大変なのじゃ、だからカオナも手伝ってほしいのじゃ」


「無理だ、俺はカーラを探さなきゃならない。そもそも俺の手を借りるとは何事だ、お前は偉大なる魔女マージョルカ・ヌエ・ケリドーエンなのだろう」

「わしに肉弾戦はできないのじゃ」


「なんだお前、昨日会ったばかりの男に突撃して死んで来いとでも言いたいのか?」

「そ、そこまでは言っていないのだが、わしが偉大なる魔法を使うまでの時間稼ぎをしてもらいたいのじゃ」


「おい、俺の顔がないからってそんな裏方役を頼もうとか思っていないだろうな」

「そ、そんなことは思っておらぬ」


「その言葉が本当だといいが、それはそれとしてお前に手伝う暇はない、他の奴を頼るんだな」

「わしに頼れる人などおらんのじゃ」


「心配するな、この近くにマニア街と呼ばれるところがある、そこでちょいと男にでも話しかけでもすれば何でも願いを聞いてくれる奴が手に入るぞ。

 お前のその容姿ならば確実だ、まぁ足で踏んでくれとかママになってくれとか言われるかもしれないがその辺は頑張るんだな」

「い、いらぬっ、わしは魔の者にしか興味がないのじゃ」


「贅沢な奴だなマニア街の奴らも魔の者と変わらないと思うぞ」

「人間なんて信用できないのじゃ」


「かといってお前の言う魔の者なんてのはもっと信用できないと思うが」

「し、信用できるのじゃ魔の者はみな仲間なのじゃ」


「仲間というのは初対面から仲間ということなのか?」

「う、うむ」


「俺の事もそう思っているのか?」

「勿論じゃ、カオナに関しては最上級の仲間といっていい、なんたってわしにハンバーグを食べさせてくれたからな」


 この調子だとそのうち悪い大人に騙されかねない。まぁ、こいつの事だから自慢の魔法とやらで何とかできるかもしれないが、それにしたって危なっかしい。


「お前の先が思いやられる」

「む、どういう意味じゃ?」

「わからなくていい、とにかくおまえの用事は後で俺はカーラを見つけに行く、行くぞ悪魔図鑑」


 そう思い立った矢先、今度は悪魔図鑑が俺の足を止めるような言葉を発した。


「あららららら?」


 気の抜けるような言葉を発した悪魔図鑑に俺は思わずため息が出た。


「おいなんだ、らしくない声を上げるな悪魔図鑑」

「すみません」


「どうした、気でも触れたか?」

「いいえ、気は確かなのですが少し問題が発生しまして」


「どういうことだ?」

「非常に申し上げにくいのですが、カーラ様の気配がきえてしまいました」


「なにっ」

「考えられる原因としては何か結界に妨害されているか、もしくはあまりにも遠い場所へ行ってしまった可能性があります」


「冷静に分析するのは好感を持てるが、その結界というのは一体どういうことだ」

「結界とはつまり、悪魔を封じる力が働いたということだと思われます」


「悪魔を封じる力?」

「はい、そもそも今の世界は魔がうち滅ぼされ悪魔が転生を迎えている時期です。なので、この世界ではすでに悪魔のようなものに対する対処方が確立されているのです。それはつまり、聖教会のような都にとって重要となりうる場所には強く施されていることになります、おそらくですが、そのどれかの結界内に入ったかと思われます」


「じゃあお前はその結界を前に役立たずということか?」

「はい」


「こいつは驚きだ、俺はどうやら呪われているらしい」

「呪いだと、一体何の話をしておるのじゃカオナ」


「さっきから言っているだろう、俺はカーラを探しているんだっ」

「む、カーラはどこかへ行ってしまったのか?」


「あぁ、面倒な奴だ全く」

「ふむ、わしの用事も大切だがカーラの事も心配じゃな」


 カーラの心配をし始めるヌエに俺は少し驚いた、まさかこんなやつにも慈愛の心を持っていたのか。


「お前にもそんな心があるのだな、育ちは悪くない様だな」

「勿論じゃ、魔女とは強く優しい心を持っているものなのじゃ」


「ほぉ、いい心がけだなヌエお前こそが真の魔女だ」

「も、もちろんじゃわらわらこそが偉大なるマージョルカ・ヌエ・ケリド・・・・・・」


相変わらず長ったらしい自己紹介を横目に俺は本題を進めることにした。


「しかしどうしたものか、この悪魔図鑑が一層使えなくなってしまうとなるとローラを探し出すのは困難を極めるぞ」

「申し訳ありません」


「気にするな悪魔図鑑、お前は俺の枕になるか家事をこなしてくれればいい、使い物にならないことは最初から分かっている」

「そうでしたか」


 ここでヌエが俺のもとに構って構ってと子どもの様に歩み寄ってきた。


「こ、こら無視をするでないぞカオナ」

「無視をしているわけではない、お前の自己紹介よりもカーラが大事だといっているんだ」

「そ、それはそうなのだが、うむカオナの言うことが正しいのじゃ」


 怒ったり悲しんだりと、いちいち感情表現が豊かなのはいいがその自己紹介をする癖は改めた方がいい。

 しかし困った、カーラを見つける手段が絶たれた今どう動けばいいかわからない。完全に悪魔図鑑だよりにしていた俺も悪かったとはいえばそうなのだが、こうなってしまえばやみくもに都を探し回るしかないのかもしれない。


 幸運なことに昨日ハンバーグをおごり借りを作ったヌエもいる、こいつにカーラの捜索でも頼めば多少は役に立つかもしれん。そう思い、腹の虫を鳴らしながら両手で腹をさすっているヌエに提案を持ち掛ける事にした。


「おいヌエ」

「む、なんじゃ」

「カーラを探すのを手伝ってはくれないか」


 俺の頼みにヌエは怪しく笑い始めた。


「ふっふっふ、わしに不可能はないぞカオナ、その依頼しかと承るのじゃ」

「そうか、じゃあ頼むぞ」


「だがその前に」

「なぁんだ」


「カオナにはわしの要求ものんでもらいたいのじゃ」

「要求というのはじょんぬ孤児院の事か?」


「そうじゃ」

「・・・・・・面倒だが考慮しよう、もちろんカーラが見つかったらの話だがな」


「うむ、では始めるぞ」

「あぁ」


 さて、この偉大なる魔女はどんな方法でカーラを探し出してくれるのだろうか見ものだな。


「カーラを探せばよいのだな」

「そうだ」


「分かったのじゃ、いでよチビ達」

「チビ?」


 ヌエの掛け声とともにどこからともなく火の粉が現れた、それらはなぜか「ピーピー」泣きながら現れるとまるでペットのようにヌエにじゃれついた。見たところ目や口に見えるものも存在しておりそれはもう奇妙な火の粉だった。


「これこれくすぐったいぞチビ達」

「おいヌエ、なんだその可愛すぎる奴らは、妖精か?」


「妖精とはなかなかに鋭いなカオナ、何を隠そうここにいるチビ達はわしの友達であり頼れる火の妖精さんなのじゃ」

「火の妖精なんてものがいるのか」


「勿論じゃ、ちなみにチビとは「小さな火」でチビというのじゃ」

「そうか、それでそのチビ達と一体どうするつもりなんだ」


「チビ達はとても賢いのじゃ、だからカーラの特徴を伝えてこの都中を探し回ってもらうのじゃ」

「妖精は頭がいいのものなのか」


「勿論じゃ、さぁカオナ、カーラの特徴を事細かに説明するのじゃ」

「あぁ任せろ」


「うむ」

「いいか、ローラの髪色は金それもただの金ではない、まるで自ら発光しているんじゃないかと思うくらいの美しき金色だ。

 肌は白くきめ細やかで、かつ柔らかみを感じさせる絶妙なものだ。目はぱっちり二重のクリクリおメメだ。

 声は透き通るのような高い声で笑う時はプププと小ばかにしたようなかわいい笑い方をし、あとは頭に黒い猫耳帽子を被っているはずだ、ちなみにその帽子は俺がカーラにやったものでな、そいつをプレゼントした時はそれはもう嬉しそうな顔をしていたものだ、それから鉱物は甘いものでな、それはもう」


「も、もうよいのじゃカオナッ」


 ヌエは俺の言葉を遮り、顔をしかめていた。何か機嫌を悪くさせるようなことでもしただろうか?


「なんだ、たったこれだけの事で見つけられるというのか」

「う、うむ」

「もう少し説明した方がいいんじゃないのか?チビ達もそう思わないか?」


 俺の提案に、目の前のヌエとチビ達は皆そろえて顔を横に振った。どうやら俺一人が熱くなりすぎていたようだ。


「ふむ、だがせめて匂いくらいは嗅いでおいたほうがいいんじゃないのか?」

「匂い?」

「あぁ、ローラの匂いがついたタオルだ、あいつは昨日これを抱きしめながら寝ていてな、とても甘い香りがするぞ」


 俺はすかさずそんなものを取り出すと、ヌエが神妙な顔つきで俺を見つめてきた。


「・・・・・・」

「どうして黙る、早く受け取れ」


「カオナは変態なのか?」

「何を言うっ、匂いを頼りに捜索するというのは基本だろうが、それを変態などとお前は俺を馬鹿にするつもりかっ」


「そ、それは犬での捜索のことで人は匂いを頼りに捜索などできないのじゃ」

「いやできる、俺ならできるね」


「う、うむ、まぁとりあえずチビたちにも匂いを覚えさせるのじゃ、多少は役に立つかもしれぬのじゃ」

「あぁ、そうするんだな」


 そうして俺はチビたちにローラの匂いを覚えさせた。しばらくクンカクンカした後、チビたちは「ピャー」という奇妙な声を上げながらヌエに群がった。


「よしよし、では頼むのじゃチビ達それいけっ」

「ピャー」


 奇怪な声を上げたチビとやらはどこかへ飛んで行ってしまった。見とれてしまうような光景に俺はしばらく空に飛んでいくチビ達を見送った。


「おいヌエ」

「なんじゃ」


「あのチビとかいうのは本当に信頼できるのか」

「勿論じゃ、チビ達はこの都中に散らばったのじゃ、これで隅から隅まで探しつくしカーラをあっという間に見つけることができるのじゃ」


「そいつは便利だ、なら俺たちは動き回ることなくじっとしていてもかまわないな」

「そうだな妾のチビ達はとても優秀だからな、あっという間に戻ってきてカーラの場所を知らせてくれるのじゃ」


 だったらそのチビ達を使ってはした金でも集めたらいいだろうに、この都ならそこら中に金が落っこちているだろう。まぁ、そんなちんけな真似をこのヌエは考えもつかないのだろう。

 そうしてしばらく帰ってきたチビ達はなぜか悲しそうな顔をしながらヌエの三角帽子に逃げるように入り込んでいった。


「なんだ、まるでいじめられた子どもの用に帰ってきたな」

「う、うむどうしたのだろうか、いつもなら元気よく妾に報告してくれるというのに」


「嫌な予感がするな、大丈夫なのか?」

「ふむふむなになに、どこをどう探しても見つからなかったとな」


「役立たずめっ」

「ま、待つのじゃ、まだ報告があるのじゃ」


「なんだ」

「うむ、なんでも結界が張られているところにカーラの匂いを感じらしいのじゃ」


「結界だと?」

「そうみたいなのじゃ、そのせいで中まで確認することができなかったみたいなのじゃ」


「やはり結界というのがネックか、まったく面倒なことばかりだな」

「場所は・・・・・・ジョンヌ孤児院なのじゃっ」


「何っ、カーラまでもがあの孤児院につかまっているってのか」

「そうみたいなのじゃ、チビがそういってるのじゃ」


「信じてやるから行くぞヌエ、カーラとミーコという二大天使を誘拐した大罪を償わせてやる」

「おぉ、中々格好いいのじゃカオナ、わしも続くのじゃ」


 ちょうどジョンヌ孤児院とは反対側へと来ていた俺たちは急いでマージョンヌ孤児院へと向かうことにした。

 向かう途中、俺のスピードについてこられなかったヌエはずっこけていたがそんな奴にかまっていられない、今すぐにでも孤児院に侵入して二人の天使を奪還しなければならない。


 とにもかくにもすべてはあのマージョンヌ孤児院とかいう場所が悪かったということで、やはり最初あった時から気にくわなかったあの笑顔の奇妙な黒いローブの女を思い返していた。

 今思い返しても腹が立つその顔は全速力で走る足のスピードをさらに早めてくれた。


 そうして走り切った俺は孤児院へと到着した。たどり着いたところでいざ侵入しようと試みていると、どこからか俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。何者かとあたりを見渡すと、そこには燃える箒に乗ったヌエが楽しそうに手を振りながら俺の元までやってきていた。


「な、なんだとっ」


 そのあまりにもファンタジー感あふれる登場に思わず感動しているといつもながらのどや顔で箒から飛び降りた。

 そして燃える箒はヌエが指を鳴らすことであっという間に消えうせた、炎を操るだけでなくそんな便利魔法まで扱えるとは、つくづく魔法を扱えないという事実が残念でならない。

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