第18話
そしてその建物の「ジョンヌ孤児院」という文字が書かれており、どうやらこの留置所のような場所が孤児院らしい。こんなところにミーコを押し込むなんてことあの女兵士はまさに外道。
「あの女兵士め、本当にこんなところにミーコをぶち込む気か」
「ジョンヌ孤児院・・・・・・」
俺の隣にいるヌエは何やら考え込む様子を見せていた。いつになく真剣な表情ではあるが、その幼き顔立ちがまるで緊迫感を与えず、むしろプンプン怒っているように見えなくもない、とてもかわいらしいものとなっていた。
「・・・・・・」
「む、何を見ているのじゃカオナ、わしの顔に何かついているのか?」
よくもまぁ俺が見ているとわかるものだ、
「いや、お前の顔についているのはかわいい目と鼻と口だけだ」
「な、なんじゃ突然かわいいとかなんじゃ」
「なんじゃもんじゃもない、あまり大きな声を出すな、バレるだろう」
「むぐ、すまぬ」
ご丁寧にも自らの手で口をふさぎながらそういったヌエはコソコソと身を縮めた。そうして俺たちは女兵士の動向を確認していると、女兵士は門を通りジョンヌ孤児院へと入っていった。
孤児院の指揮に入ってすぐ孤児院の職員らしき女が現れた。それはチラシ配りをしていた黒いローブの女同様ローブを身にまとっていた。
さすがにフードまではかぶっていなかったが恰好はあの女と変わらぬものだった。こんなにも怪しいやつらに平然とミーコを預けられるものかと、憤る拳を抑えながらその一部始終を見つめていると、隣のヌエが大声を上げた。
「あぁーーーっ」
「な、なんなんだ一体っ」
突如として大声を上げる隣のヌエ、俺はすぐさまヌエの口をふさいた。
だが、何を思ったのかじたばたと暴れるヌエはもうどうにも止まらない様子だった。そして間違いなく聞こえたであろうヌエの悲鳴を察してか、女兵士がガチャガチャとやってくると、俺の目の前で躊躇なく剣を抜いて見せた。
「強制わいせつの現行犯で逮捕します、おとなしく捕まるのであればこの剣の餌食にならずに済みますよ顔のないおじさん」
「ふ、ふざけるな俺は何もしていない」
「いいえしています、私を尾行した挙句、その場で少女の口を塞ぎ乱暴しています」
「こ、これにはわけがあるんだ」
「問答無用っ」
「くそっ」
女兵士は躊躇なく俺に向かって剣を振り下ろしてきた。
俺はとんでもない容疑をかけられた挙句、女兵士から一目散に逃げることにした。ヌエの事などどうでもいい、そもそもあいつのせいでこんなことになったのだからもうあいつの事など知ったこっちゃない。
そんな身の危険すら感じる中、俺は一目散に逃げ出した。逃げ足に自信のある俺は、一度も後ろを振り返ることなくただひたすらに走り続けた。
相手は鎧を身にまとった兵士だ、軽装の俺の走力にかなうはずもなく追いかけてくることなど不可能だとは思うが、何が起こるかわからないこの世界、俺はただひたすら走り続けた後もういきがもたないところで、ようやく後ろを振り返ると、そこには誰も追いかけてくる姿がないことに気付いた。
その誰もいないことに安心した俺はすぐに足を緩めてその場で息を整えることにした。
「はぁはぁ、ひどい目にあった」
「本当ですね、ちなみに主様一言よろしいですか?」
「あぁ、なんだ?」
「主様が脱兎のごとく逃げ出した瞬間から女兵士さんは主様を追いかけることすらしていませんでしたが、どうしてこんなところまで一度も振り返ることなく走り続けていたのですか?そんなにあの女兵士さんが怖いのですか?」
「なに、初めから追いかけてきていなかっただと・・・・・・」
「はい、おそらくあの鎧では追いかけることは無理だと判断されたのでしょう、悔しそうな顔をしながら主様の背中を見つめていましたよ」
「どうしてそれを俺に伝えない」
「とても必死に走っておられたので言えませんでした、それにこう見えても私は人が頑張っている姿を見るのがとても好きなのです、だからつい主様の必死な姿を見てしまいました」
「本のくせに、なんて趣味を持っているんだお前は」
「申し訳ありません」
「まぁいい、いろいろ計画は狂ったがとにかくミーコは俺たちの手に取り戻す、そしてお前に登録してひとつでも多くお前を完成に近づけてやる」
「その心意気素晴らしいですよ主様、がんばりましょう」
すべてはミーコのためそして失われた金のためだ。不本意であるが金がなくなった今俺に残されたのはこの本当に信じてよいのかわからない何でも願いが叶う本のみ、本当なら静かに異世界生活を楽しみたいところではあるがこうなってしまっては仕方がない。
苦しい未来が待っているかもしれないが悪魔図鑑を完成させることで多少の暇つぶしとしようじゃないか。
そう思い、息を整えるのもそこそこにミーコ奪還への準備を整えるために家に戻ってくると中は妙に静かだった。
まさかとは思いリビングへと向かうと、そこにはパンやフルーツの食い散らかした後と誰もいないリビング。そこにカーラの姿はなくまさにもぬけの殻、二度目の空き巣にでも入られたかのような状況だった。
「どういうことだっ、カーラまでいなくなっているぞっ」
「本当ですね、どこかへ行ってしまったのでしょうか?」
「くそっ、あれほど家でじっとしていろといったのに、しかもこの家に縛り付けておくための食材もすべてなくなっている、どんだけ食うんだあいつはっ」
「幼魔は食いしん坊です、魔力消費が激しいともっと食べるそうです」
「くそったれ、やはりあいつは孤児院にでも送るか、そうだミーコとカーラを交換しておけばミーコを孤児院から奪還してもばれないんじゃないか、どうだ悪魔図鑑、この作戦は?」
「・・・・・・」
目はない、だが奴は間違いなく俺にジトっとした目を向けているに違いない、いや、もはやそんな目が俺には見えた。
「わ、分かっているカーラをそんな邪険にするわけないだろう、冗談を言っただけだ」
「そうですかそれを聞いて安心しました、そうでなければ今すぐにでも兵士さんに主様の悪事を通報するところでした」
「悪事とは何のことだかわからんな」
「女児誘拐です」
「なんだと、俺はそんなことしていないっ」
「カーラ様がいるということはそういうことです、たとえそれがカーラ様の意思だとしても周囲はそう感じません、世間様からすれば主様は女児誘拐の犯人にしか見えないのです」
「おい、お前は本当に俺を主だと思っているのか、ずいぶんな口ぶりじゃないかさっきから」
「私は主様の所有物です、所有物である私の主は主様ですなので主様の事を主様と思っているのは間違いありません」
「くそ、何をわけのわからんことを、しかしだめだ一度休憩しよう悪魔図鑑」
「悠長ですね」
「悠長ではない、せっかく家に戻ってきたんだ。それなりに準備を整えてからカーラを迎えに行くのだ、それにあいつならどこに行ったって自慢の能力でどんな困難も切り抜けられるはずだ」
「しかし、カーラ様はまだ幼いのですよ、もし何かあれば彼女は危険な目にあうかもしれません」
「ひとつ言うが悪魔図鑑」
「はい」
「そんな事言ってもどうしようもないことはどうしようもないのだ、お前がカーラの居場所をそのスピンで探知してくれるならまだしも、やみくもに走り回っても無駄なだけだ。ゆっくり準備を整えてから出る、俺に従え、いいな」
「分かりました、主様のご命令通りに」
「よろしい」
リビングは食べ散らかされたパンやフルーツの山、そしてどこから見つけてきたのかペンでの落書きがたくさんされており、自らの似顔絵らしきものや本、それから顔のない珍妙な生物までが床やら壁やらに書かれておりさながら廃墟と化していた。
まったく、散らかしすぎる奴はしつけが必要だが、この床や壁にえがかれている絵は実に素晴らしい、こいつを描いている時のカーラはきっと寝そべりながら足をぶらぶらさせたり、ニコニコとした笑顔で楽しそうに書いていたのだろう。
まぁ、それにしてもよくもまぁこれだけ散らかしたものだ、カーラをとっ捕まえて帰ってきたら掃除のイロハを教えて、みだりにモノを散らかさないように教育せねばならんな、このままだと悪魔まっしぐらだ。
「よし、片付けるか」
「はい、私もお手伝いいたします」
「は?」
「何か不思議なことでも言いましたでしょうか?」
「お前に俺の手伝いができるというのか?」
「勿論です、掃除なら私にもできますよ」
「ぷふっ、ふっははは、本ごときのお前がどのようにして俺の手伝いをしてくれるというのだ、歩き回り転げまわるだけで床の掃除してくれる犬猫ならまだしも、ただの本に一体何ができるというのだ悪魔図鑑よっ」
最大限にバカにして見せると、悪魔図鑑はじっと黙ったまま、食べかすや食器で散らかるテーブルへと向かった。
「どうした、お前は一体どんな手伝いとやらを見せてくれるのだ」
「この散らかった部屋を片付ければよいのですね」
「あぁ、それはそうだがお前に一体何ができる?」
「見ていてください」
すると、悪魔図鑑は勢いよく開きどこからともなく多くの触手をひねり出した。それはカーラをキャプチャーするときに使ったであろう触手であり、それを用いてのお片づけはおよそこの世の者とは思えなかった。
「お、お前なんだその珍妙なお片づけは」
「珍妙、確かにそうかもしれませんがこの触手は主様のお役に立つと思います」
確かに、その数多の触手たちは散らかったものをあっという間に片づけている。しかもその正確無比な動きは見るものすべてを魅了する者であろう、現にこの俺でさえこの触手の便利さに感動している所だ。
そうして悪魔図鑑によるお片づけが行われた室内はあっという間に綺麗になっており、むしろ今までよりも少し綺麗になっているように見えた。
まさかこの悪魔図鑑にこんな便利な機能がついているとは知らなかった俺はこれまでの非礼を詫びてやろうと思った。
「悪魔図鑑」
「はい、なんでしょう主様」
「お前はすごいやつだったんだな」
「そうでしょうか、これくらいは朝飯前といったところでしょう、特に凄いことをしていないと思うのですが」
「いや、謙遜する必要はないぞ悪魔図鑑、お前には本という名称よりも家政婦という役職の方が似合っているんじゃないか」
「私は本です」
「いや、そんなことわかっているが、お前にそんな力があったとは驚きだ」
「基本的には幼魔をキャプチャーもとい識別するための者ですので戦闘能力はありませんし魔法が出せるわけでもありません、しかし人が手を動かすかそれ以上の細かな動きは可能です」
「ほぉー」
「はい」
「便利だな、褒めてやる」
「初めて褒められたような気がします、ありがとうございます」
あの触手があれば孤児院に簡単に忍び込めるし、遠くからミーコを連れ去ることもできるんじゃないだろうか、おまけにスピンには探知機能までついているし、こいつはかなり便利な奴だな。
「あぁ、それよりもこれからの事だ、俺は何としてでもあの孤児院からミーコを救い出しキャプチャーして見せる」
「お手伝いいたします」
「あぁ、そこで一つ疑問なんだが悪魔図鑑」
「はい」
「幼魔っていうのはこの世にどれくらいいるもんなんだ」
「分かりません」
「またそれか、お前の口癖だなそのわかりませんというのは」
「完成していた私ならともかく記憶を失ってしまった私にとって幼魔という存在を伝えること。
そして私が完成すれば願いをなんでも叶えることができるということは伝えることしかできないのです、それ以外の事については一般常識くらいの知識くらいしかありません」
「そうか、この都にはカーラやミーコといった幼魔がたくさんいたりするのか?」
「現在の所この都には二つの反応しか感じられません」
「じゃあ、ミーコをキャプチャーし終えれば自ずと俺たちはこの都を出るってことになるのか?」
「そうですね、主様が本当に悪魔図鑑の完成、つまり幼魔たちの導き手になってくれるのであればの話ですが」
「そうか」
「はい」
「遠回しにこの異世界一周旅行でもしろって言っているようなものだぞ」
「そうですね、ですがそれはとても素晴らしいことだと思います」
「俺はこの都でゆっくり生活できればそれで良かったんだ、異世界一周なんざやってられるか」
「この都以外の場所を見てみたいとは思いませんか?」
「・・・・・・」
「その沈黙はつまり主様はこの広い世界に飛び出してみたい気持ちが少しでもあるという判断でよろしいのでしょうか?」
「お前がたきつけておいてその言い草か、つくづくお前というやつが気に食わん、いくらその触手が便利だったとしてもな」
「そうですか」
「しかし、お前の言うことが本当ならもうこの都にはいる必要がないというわけだ」
「そうなります、各地ですでに幼魔たちは目覚めているでしょう、その中にはすでに頭角を現し悪魔としての本領を発揮する者も多くいると思われます」
「幼いうちからこの世界に影響を及ぼすというのか?」
「はい、現にカーラ様はすでに力を使いこなしています、もしもカーラ様が何者かにそそのかされて支配の権化にでもなっていようものならば、きっとカーラ様は最上級悪魔としてこの世界に君臨することは間違いなかったと思われます」
「恐ろしくも愚かな話だな、あのように美しき幼女をそんな支配欲にまみれた道を歩ませるのか」
「はい、すでに幼魔が生まれてからずいぶん経っていますから、主様がこの都で過ごした平穏の半年間というものの間にも世界は大きく変わっている可能性があります」
「なんだ、俺がさぼっていたせいでこの世界が幼魔の支配下にでもなるって言いたいのか?」
「そうですとは言い切れませんがその可能性はないとは限りません、しかしあまり悠長にしておられますと悪魔図鑑の完成が難しくなると思われます」
相変わらず平然とやばいことを言ってのけるものだ。俺は今からこの悪魔図鑑を完成させるために世界中を歩き回らなきゃならないのか、しかもこんな本片手に二人旅だ。
いや、この際カーラやミーコを連れて世界旅行なんてのはどうだろうか、ふむ、それならば多少は楽しい旅になるかもしれん。
この都でビクビク怯えながらローラやミーコと過ごす寄りもその方がいいんじゃないだろうか、そうすればいつでもどこでも天使のような幼女と輝かしい生活を送れる。
あぁそうだ、そもそもこんなうっとしい兵士共がうろつく都なんざいる必要はなかったのだ、とっとと外に飛び出して適当に過ごしている方が平穏な生活言えるんじゃないか?
「ふむ、まぁ悪くないかもしれないな、異世界一周旅行」
「なんと素晴らしいお言葉、決心がつかれたのですね」
「まぁな、ここの兵士共にもずいぶんと嫌われているみたいだし、かといって近隣の住人とうまくやっているわけでもない、ここにもう未練などない」
「やはり顔がないとうまくやっていけないのですか?」
「いいや、心あるものは俺を少しでも理解しようとしてくれた、だが大衆は大衆をもってでしか動かない、故に俺はここでうまくやっていけなかったのだ」
「かわいそうですね」
「ふん、本に同情されるとは思ってなかったぞ、実に気分が悪い」
「すみません」
「とにかく、ローラ捜索の件とミーコ奪還の件、この二つは絶対条件だ、いくぞ悪魔図鑑」
そうして俺はまずカーラの捜索へと乗り出すことにした。
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