第17話

 眠ったミーコをキャプチャーすべく家へと帰る途中、特に悪魔図鑑と雑談するわけでもなく黙々と歩いていると。

 昨日、ヌエから聞かされていたマージョンヌという闇の組織の事を思い返していた。そしてそのことを思わず口に出していた。


「なぁ悪魔図鑑」

「何でしょう、まだ愛を語られるのですか?」


「違う」

「ではなんですか?」


「さっきの黒いローブの女どう思う?」

「どう思うといわれましてもとても美しい女性としか言いようがありません、あとは恰好が常人のそれとはかけ離れていると思いますが」


「そうだな、恰好だけ見れば変質者だ」

「はい、あの方がどうかされたのですか?」


「いや、昨日ヌエから聞かされていたマージョンヌというのが引っかかっていてな」

「そういえば、黒いローブの女性はジョンヌ孤児院というところの方でしたね」


「そうだ、これはヌエが言っていることが本当なのかそれとも偶然の産物なのか、そのどちらなのかということで俺の頭が混乱している」

「偶然にしてはずいぶんと出来すぎていると思いますが」


「そうだな、昨日の今日でこの状況だ、しかもヌエが言うにはマージョンヌとかいう闇の組織は子どもをどうにかしちまうっていう話だ。

 孤児院という名目で子どもを集めてどうにかするにはもってこいの場所だろうな」

「では、あの孤児院では何かしらの事が起きているということですか?」


「あくまでも考えられるというだけだ、それに普通に孤児院だということもあるから確定はできん」

「では、ヌエ様には伝えないのですか?」


「何故ヌエが出てくる」

「ヌエ様はマージョンヌという闇の組織を追っておられるのではないのですか」


「知らん、もしそうだとしても俺はもうあいつにはかかわらないだろう」

「どうしてですか?」


「非日常の運び屋にかかわるつもりはない、俺はカーラやお前の事で手一杯なんだ、これ以上面倒は増やしたくないものだ」

「なるほど、ですがその運び屋は今日も元気に主様に会いに来たようですよ」

「なに?」


 目の前には嬉しそうに俺のもとへと走ってくるヌエの姿があった、恰好が恰好なだけにすぐに見つけられたというか、よくもまぁそんな恰好で平然と生きていられるものだ。


「おーいカオナ―、こんにちはなのじゃー」

「くそ、なんであいつがここにいるんだ」


 関わり合いになりたくない俺はすかさず顔を隠したが、こんなこと意味がないというのは顔を隠した直後に気付いた。


「主様、顔がない主様が顔を隠しても全く意味がないのはわかっておられますか?」

「わ、分かっている癖のようなものだ」


 そしてその癖をあざ笑うかのようにヌエが心配そうに顔を覗き込んできた。


「カオナ、顔なぞ隠してどうしたのじゃ?」

「隠していたわけじゃない虫が飛んできたからビビっただけだ」


「そうなのか」

「あぁ、ところでお前は俺に何の用だ、ちなみに俺はお前に用などない」


「べ、別に用はないのだがカオナを見つけたものだから嬉しくてな」

「嬉しい、また飯をおごってもらえるとでも思っているのか、卑しいやつめ」


「ち、違うのじゃ、そんな低俗な女じゃないのじゃ」

「冗談だ、それでなにか用か?」


「だ、だからそなたに会えてうれしいと言っておるのじゃ」

「ほぉ」


 俺に好意を抱くとはおかしな奴だ。そう思いながらもいもじした様子のヌエを見ていると何やらガチャガチャとうるさい音を立てながら俺たちのもとへと駆け寄ってくる女兵士が目に入った。


「こらー、待ちなさいはったり魔女娘」


 女兵士の登場にヌエは大げさに体を跳ね上げ驚いて見せた。


「ななっ、兵士がやって来たのじゃ助けてカオナッ」

「兵士だと?」


 すかさず俺の背後へと隠れるヌエ、そしてやってくる女兵士は俺のもとへとやってくると真っ先に俺の事を見つめてきた。

 目的はヌエのはずなのに俺という存在はそれを上回る危険性を持っているとでもいうのだろうか?


「あら、顔のないおじさんじゃない」

「ど、どうも兵士さん」

「えぇどうも、あら背中におぶったかわいいお嬢さんどうしたのかしら」


 そして真っ先に俺の背後にいるミーコに目を付けた女兵士はすかさず顔つきを厳しいものへと変えた。おそらくだが誘拐か何かと勘違いされているのかもしれない。


「あぁこの子はその・・・・・・」

「なに、この子はなに?」


「ま、迷子だそうで、えぇ」

「迷子かそれは大変ねぇ、保護してくれたの?」


「はい」

「そう、じゃあ最近できたっていうジョンヌ孤児院へ送り届けようかしら」

「おい、お前今なんて言った?」


 聞き間違えじゃなければこいつはあのうさん臭いところに連れて行くといった。もしもそれが本当ならば俺は力ずくでもミーコを守り抜けねばならん。


「お前?それ私に言ってるの?」

「あ、違う兵士さん、さっきなんて言いました?」


「ジョンヌ孤児院よ、最近できた孤児院らしくて多くの子どもを預かってくれているとても素晴らしい場所なのよ。

 都には聖教会がたくさんあるけれど孤児院ができたおかげで教会の方もかなり助かっているとの話もよく聞くわ、だからそこに送り届けようかと思ってね、あそこは迷子の受け入れもしているのよ」

「そ、そうなんですか」

「えぇ、ってなわけでこの子はそこに連れてくことにするわ」


 そういうと女兵士は俺からミーコを奪い取ろうとしてきた。その動きに俺はすかさず女兵士と距離をとった。


「ちょ、ちょっと待ていきなりなんなんですかっ」

「ん、なにって、その子を孤児院に届けようと思っていただけよ、むしろあなたこそこの迷子に何か用でもあるの?」

「あ、いや」


 用はある、用はあるのだがそんなことを口にできるようなことじゃない。それに今まさに家に連れ帰ろうとしていたなんてことがばれようものならそれはバッドエンドでしかない。


「はぁ、言っとくけど顔のないお兄さんの事は良く知ってるよ、あなたに娘や妹なんていないでしょ」

「えぇ」


「勿論養子が取れないことくらい私でもわかるわ、だってあなた独身で一人暮らしだものねぇ、調べはとっくの昔についているもの」

「はい、よくご存じで兵士さん」


「えぇ、じゃあこの子は孤児院に連れてくわよ、迷子で困っているならお父さんとお母さんが心配しているだろうからね」

「いや待て」

「待て?お兄さん誘拐未遂で逮捕しようか?」


 つくづく隙のない女兵士だ。いや、俺に隙がありすぎるだけなのだが、それにしても徹底的にに仕事に注力するできる女だ。


「いや、それは困ります」

「そ、じゃあ連れてくからね」


「あの」

「まだ何か?」


「兵士さんのところで預かるとかそういうのはないんですか、新しくできた孤児院というのはあまり信用できないというかなんというか」

「悪いけど兵士は子どもの面倒見るような訓練は積んでないわ、だからちゃんと子どもは子どもを預かる場所に連れて行くなりして、専門的に対応してもらう方がいいのよ」


「そうですか」

「えぇ、じゃあありがとうね顔のないお兄さん、その子は私が預かるわ」

「はい」


 そうして俺は愛しき天使ミーコをガチャガチャうるさい女兵士へと手渡した。そして女兵士はミーコを抱きかかえたあと俺の背中に隠れているヌエへと目を向けた。


「あと背中に隠れてる魔女娘、今度公園で寝泊まりしようものなら都からつまみ出すからね、わかった?」

「ご、ごめんなさいなのじゃ」


 公園に寝泊まりとは、自称14歳の女がいったいどんな生活をしているのやら。まさか人目もはばからず噴水で水浴びとかしていないだろうな。いや、今はそんな事よりもミーコが寝てしまっているのがなんともいじらしい。

 もし起きていて「やだ、お兄ちゃんといるの」なんて事を言ってもらえたなら少しは違う未来が見えたかもしれないのに、全くここにいる兵士は余計なときによく働く無能ばかりだなこのやろう。


「それじゃあね、さようなら」

「えぇ、さようなら」

 

 ここに来た目的はヌエだろうにどうしてこんなことになってしまったのやら、すべての責任はこのヌエのせいだということだ。そう思っていると悪魔図鑑が声をあげた。


「主様、ミーコ様が連れていかれてしまいましたね」

「あぁ、不覚だ」


「これも急がば回れの教訓通りですか」

「嫌味な本め、もう少しましな言葉をかけられないのか?」


「嫌味でしたでしょうか?」

「どうでもいい、とにかく俺は今日必ずジョンヌ孤児院へ侵入しミーコを取り返す事に決めた」


「ですが、そんなことをしたら主様は本当に誘拐犯として逮捕されてしまいますよ」

「そうかもしれんな、だがあのままでは俺にとってもお前にとってもよろしくないだろう、違うか?」


「それはそうですね、悪魔図鑑を完成させるために彼女のキャプチャーは絶対条件です、しかし主様が捕まっては元も子もありませんよ」

「やるしかないんだ、それ以外の方法はない、それに逃げ足には自信がある顔もないからバレない」


 そう心に決めたころ、ようやく俺の背後から出てきたヌエはニコニコ嬉しそうに俺の正面へと立った。相変わらず図体の割に大きな態度のヌエは偉そうにふんぞり返っていた。


「いやー助かったのじゃカオナ、恩にきるのじゃ」

「しかしどうするべきか、まずはマージョンヌ孤児院の場所を知らなければいけないな、今すぐあの女兵士の後でもつけるか」


「お、おいカオナ聞いておるのか?」

「それに孤児院に侵入するためには開錠道具も必要になるだろうし脱出用の道具も必要だ。それにミーコが素直に孤児院でおとなしくしているのかというのも問題だ、あいつはカーラと同じ幼魔だから逃げ出す可能性だってある」


「おい、聞いておるのかといっておるのじゃカオナ」

「・・・・・・」


 わざわざ返答している余裕のない俺の事などかまわず、ヌエは俺の目の前で必死に視界にでも入ろうとピョンピョン飛び跳ねていた。


「んっ、こらっ、聞いておるのかとっ、聞いておるのじゃっ」

「なんだお前は、一体俺に何の用事が合って話しかけてきている」


 面倒くさいが返事をしてやると、過度に驚いた様子のヌエはしばらく呆然とした後むっとした顔で俺をにらみつけてきた。


「た、助かったとお礼を言っておるのじゃっ」

「そんな小さなことは気にしなくてもいい、それより連れていかれたミーコの方が問題だから黙っていろ」


「む、ミーコとは誰じゃカオナ?」

「ミーコはミーコだ、お前のせいで女兵士に連れていかれたあの美しき幼女の事だ」


「そうか、そういえば今日はカーラは一緒じゃないのか?」

「カーラは家でお留守番だ」


「お留守番か、それでカオナはそのミーコというのとはどういう関係なのじゃ」

「関係?」


「うむ、それほど必死に考えるということはそれなりの関係性があるのであろう、もしや妹がいたのか?」

「そうだな、ミーコとはさっき会ったばかりだ」


「え?」

「ちなみに、お前が昨日会ったカーラもおとといあったばかりだ」


「へ?」

「関係性を聞かれてもまだ知り合ったばかりの知人といったところだろうか、まぁそうとしか言いようがないな、それがどうかしたか」


「カオナはどうして知り合ったばかりの小さな女の子を連れまわしているのじゃ?しかも家で留守番とは、一体どういう?」

「・・・・・・」


 ヌエは黙って俺の事を見つめてきた。その目はどこか冷めた様子が感じられるものだった。

 もしかすると俺はまずいことを言ってしまったのかもしれない、目の前の魔女娘ヌエは頭のいかれた奴だから、ついつい本音で喋ってしまっていたが、こいつの表情を見るからに、それなりの常識が俺を非難せよと訴えかけているのではなかろうか。


「か、カオナもしやそなたは」

「な、なんだ」


「ロリコンなのかっ」

「ふ、ふざけるなっ、だれがロリコンだっ」


「しかし、小さな女の子を連れまわすというのは小さな男の子や女の子でもない限りおかしな話ではないのか?」

「おかしくない、何が悪いというのだ」


「わ、悪くないのか?」

「あぁそうだ、お前は何者かに洗脳されているようだな、大人の男と思われる奴と幼女が一緒に歩いていたとしても、なんらおかしなことはない、世間一般の皆さんからしてみれば仲睦まじい親子に見えるものだ」


「しかし、カオナの見た目でそれはないと思うのじゃ、お化けと小さな女の子なのじゃ」

「顔など関係ない、とにかく俺はミーコの事が心配でならんからあの女兵士をつける」


「ま、待つのじゃわしも一緒に行くのじゃ」

「飯はおごらんぞ」


「誰もそんな事頼んでいないのじゃっ」

「ふん、ならいいがお前にとって何の得もない尾行だぞ、見つかればお前はあの女兵士に都からつまみ出されるかもしれないぞ」


「ふふん、もしそうなったとしても妾の偉大なる魔法で蹴散らしてくれようなのじゃ」

「ほぉそいつは頼もしいな」


 頼もしいがさっきの様子だとそんな事本当にできるかどうかが怪しいところだ。


 まぁ、そんなこんなでヌエまでもが付き添う形で女兵士を追跡することになった俺たちは、コソリコソリとミーコを連れて行った女兵士の後をつけた。 

 そうしておそらく感づかれることなく女兵士を尾行すること数分、女兵士はとある場所へとたどり着いた、たどり着いた場所は大きな壁と門が特徴的な建物だった。

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