第16話

「ウジャらせる?」

「あぁ」


「しかし、とりあえずキャプチャーしないことには物事は進みませんのですが」

「それはわかっている、だがな悪魔図鑑、見ず知らずの人間に本を投げつけられ触手で手籠めしようものなら、あの少女は俺の事を嫌いになってしまうかもしれないだろう」


「そうかもしれませんね」

「だろう、もしそんなことになってしまったらせっかく俺が積み上げてきた優しいお兄ちゃんのレッテルがあっという間に剥がれ落ちてしまう、そんなことは断じて許さん」


「ですがカーラ様は何ともありませんでしたよ」

「あいつは別物だ、あいつはたまたま肝が据わっていたというかおバカだったというか、そういう感じだ」


「では、ちゃんとした説明をすれば問題ないのではありませんか?」

「説明?ふざけるのも大概にしろスピンを引っこ抜かれたいのか?」


「物騒なことを言わないでください」

「いいか悪魔図鑑、いきなり「お兄さんが君に本をぶつけて触手まみれにするんだけどいいかな?」なんて言ったらもっとあの少女に嫌われてしまうだろうがっ」


「では、主様はどうされるおつもりですか?」

「無論、彼女を家に連れ込むに決まっているだろう、それしかない」


「・・・・・・」

「ん、なんだどうして黙る悪魔図鑑、お前の取り柄はお喋りじゃなかったのか?」


「すみません私の眼は節穴でした」

「なんだ、どうした突然」


「まさか主様がそこまで糞ロリコンだとは私思ってもいませんでした軽蔑します。もうこの際ですからやはり兵士さんに捕まえてもらって牢獄で一生を過ごしてその間にパイプカットでもしてもらったり、何なら男に目覚めてしまうくらい兵士さんと濃密な時間を過ごしていただきたいです」

「おい、ずいぶんと早口で罵ってくれるな悪魔図鑑、俺が何かおかしなことを言ったか?」


「極論を申し上げますと、見知らぬ男に突然局部を見せられるだけか、家に連れ込まれてしまうかと言ったら、圧倒的に前者の方が安心するという事です」

「どんな極論だ、それに俺は優しく家に迎え入れておいしいお菓子とジュースをご馳走し、お腹がいっぱいになったところでウトウトしてきた彼女が眠りにおちたらお前を投げつけ、触手まみれにしようとしていたんだっ」


「それは本当ですか?」

「当り前だ、俺をなんだと思っている」


「顔がないことをいいことに平然と犯罪に手を染めるロリコンお化け」

「・・・・・・なんだと?」


 今すぐにでもこの悪魔図鑑のスピンを引っこ抜いたやろうかと打ち震えていると、先ほどまでベンチでメロンパンを食べていたであろう少女が俺のもとにやってきていた。彼女は口元に食べかすをつけながらじっと俺を見上げてきていた。


「お兄ちゃん、おいしかったごちそうさまなの」

「あぁ、おいしかったか?」


「とってもおいしかったの、ありがとうなの」

「気にするな、腹が減っている奴には食べるものをやるのが普通だ」


「お兄ちゃんは本当に優しいお化けなの」

「そうだ、それより俺はカオナという、カオナと呼んでくれればいい」


「カオナお兄ちゃん?」

「あぁ、そうだカオナお兄ちゃんでいいぞ」


 何なら連呼してくれてもかまわないくらい「カオナお兄ちゃん」という響きが心地よい。

 録音して寝る前に何度も聞きなおしながら眠りにつきたいものだ。あぁこの時ばかりは顔がなくてよかった、このにやけ面を誰かに見られようものならば俺は一生孤独に生きていくことになるだろう。


「じゃあ、ミーも自己紹介するの」

「名前を教えてくれるのか」


「うん、ミーはレア・ミーコっていうの」

「レアミーコ?」


「レア・ミーコ」

「そうか」


「うん、ここに来た時に知らない女の子につけてもらったの」

「まさか、もしかしてそれは銀色の髪をした少女の事じゃないか?」


「どうして知ってるの?」

「俺も彼女に名前を付けてもらったんだ」


「ミーとカオナお兄ちゃん一緒?」

「そうだ、一緒だ」

「・・・・・・一緒、ふへへ」


 初めて見せたわずかな笑顔は、目元がはっきり見えないせいで少し残念なものになった。だがそれでも素晴らしい笑顔であったことは俺の一生の宝物になるだろう。


「それでミーコは当てもなくここに来たのか」

「気付いたら知らない所にいて、それからここに来たの」


 どうやらミーコもまたカーラと同じように当てもなくこの場所へとたどり着いたようだ、悪魔が転生するということは幼い身体をもって生まれそして何も知らずに生きる運命でもあるのだろうか?


「そうか、大変だったな」

「うん、それでねカオナお兄ちゃん、カオナお兄ちゃんはここに住んでる人なの?」


「そうだ」

「あのねカオナお兄ちゃん、実は私・・・・・・」


「あ、あぁなんだ?」

「実は・・・・・・」


 この話の流れ、これはまるで俺が想像していた「お兄ちゃん私一人で寂しいの、だから私お兄ちゃんと一緒にいたいの」という素晴らしき生活が始まる流れにしか思えない。


 いや、そうに違いない、なんたって俺はさながら昔話の一説のようにいじめられている幼女を助け出しその上腹を空かす幼女にメロンパンまで恵んだ。

 間違いないこのまま俺はこのミーコと一緒に素晴らしき生活を満喫できる、そう思っていた矢先、ババ臭い声が聞こえてきた。


「あらあらまぁまぁ、これはいつぞやの素敵なお嬢様をお持ちのパパさんではありませんかぁ、おほほほほ」

「あぁん?」


 聞きたくもないのに聞こえてくるババくさい声に目を向けると、そこには黒いローブの女がいた。


「ご機嫌麗し、パパさん」

「おい誰だお前はっ、一体どういう理由があって俺に話しかけている無礼者がっ」


「え、あのちょっと、私ですよ私ジョンヌ孤児院のチラシを配っていた私ですよ」

「ジョンヌ孤児院?」


「はい」

「あぁ、あの新しくできるっていう孤児院の」


「はぁい、そうなんですぅ」

「それで孤児院のババ、じゃなくてお姉さんがどうしてここに?」


「えぇ、今日もチラシ配りをしていたところパパさんを見かけましたので」

「そうか」

「えぇ」


 ニコニコとした気味の悪い笑顔、どうにも年を重ねた女の笑顔というものはキナ臭くて仕方がない、一体どういう気持ちでこのような笑顔を振りまいているのやら。

 それに、この女は初めて会った時から俺と普通に会話してきていた、それもこの女の笑顔をさらに不気味にさせているのかもしれない。


「ん、パパさん突然黙りこくってどうかなされましたか?」

「いや、いきなりこんなことを聞くのもなんだが、あんたは俺の事が怖くないのか?」


「はて、どうしてそのように思われるのですか?」

「見ての通り俺には顔がない、これは他人にとってかなり不気味なものらしい、だからそう尋ねてみただけだ」


 俺の言葉に黒いローブの女は少し考えるそぶりを見せた後相変わらずの笑顔で俺に微笑みかけてきた。


「そうですねぇ、怖くはありませんよ」

「怖くない?」


「えぇ、私もっと恐ろしいものを知っていますから、顔がないくらいでは驚きもしません、うふふ」

「もっと恐ろしいもの?」


 俺の疑問に対し黒いローブの女は表情を崩すことなくニコニコと笑いながら黙っていた、まるで秘密で人を魅了するミステリアスな女といったところだろうか、とにかくそんな妙な空気の中ミーコが突然声を上げた。


「カオナお兄ちゃん、この人誰なの?」

「あぁミーコ、この人は知らない人だぞミーコ、あんまり目を合わせちゃダメだミーコ」


「分かったの」

「よしよしいい子だ、帰ったらおいしいプリンを食べさせてやろう」


「プリン?」

「あぁ、とても甘くてプルプルしてるすごくおいしい食べ物だ」

「プルプル?」


 プリンが何のことかわからない様子のミーコは首をかしげて口をぽかんと開けていた。だがプリンがどんなものか分からずとも食べ物という事だけで何か察したのかミーコはコクリとうなづいた。こんな姿もかわいいのかと感動していると黒いローブの女が絡んできた。


「あ、あのパパさん」

「なんだ」


「一応聞きますが、私たち顔見知りですよね」

「あぁそうかもしれない、だがこのように純真無垢な少女を教育に悪そうな人と関わらせたくないものでな」


 俺の一言に流石の黒いローブの女は眉をひそめた、どうやら笑顔だけじゃなくそれなりに感情表現ができる奴のようだ。

 まぁ、そうでなければお前の嘘くさい笑顔は、顔がない俺よりも気味が悪くて仕方がないからな、少し安心した。


「あ、あぁそうですか、それにしてもお二人も娘さんがいらしたのですねパパさん?」

「まぁそんなところだ」


「へぇ、かわいらいいお嬢さんが二人も・・・・・・」

「それがどうかしたか?」


「いいえ」

「そうか、じゃあ俺は帰る」


「あぁん、ちょっと待ってくださいパパさん」

「なんだ、もうチラシはいらないぞ変な勧誘もお断りだしこれから仲よくしようなんて言う言葉もいらない、それから個人の詮索はよしてくれ、兵士に突き出してやろうか?」


「違いますよ、パパさん」

「なんだ」


「お嬢様を連れてぜひジョンヌ孤児院へ遊びにいらしてくださいね」

「遊び?」

「えぇ、孤児院には多くの子どもたちがおります、なので娘さんと一緒にぜひ遊びにおいでください、お待ちしております」


 その言葉を言った後、黒いローブの女は俺の元から去っていった。相変わらず怪しい黒いローブの女が去って行ったあと、俺の足元にいたミーコはまるでコアラのように俺の足にしがみつきながら眠っていることに気付いた。


「なんてことだ、かわいすぎるっ」

「お腹が膨れて眠たくなったのでしょう、悪魔とはいえ彼女たちはまだ幼い幼魔ですから普通の子どもと変わらぬところもあるのでしょう」


 それなりに空気を読むことができる悪魔図鑑は黒いローブの女が去ったとたん喋りだした。


「そうか、だが都合がいいこれで難なく我が家に連れて帰れそうだ、ふふふ」

「・・・・・・」


「なんだ、どうして黙る悪魔図鑑」

「まさかあのメロンパンに睡眠薬などを仕込んではおられませんよね主様」


「ふざけるなっ、俺は見た通り愛と平和の使者だぞ、そんな姑息で外道な真似をすると思っているのかっ」

「そうですよね、もしそうだったとしたらと心配したまでです」


「ふん、子どもは食後に眠たくなるものだ」

「そうですか、お詳しいのですね」


「詳しわけではない、経験上の事を話したまでだ」

「経験上?」


「あぁ、あまりにも愛しき養子がほしかった頃、俺はただひたすらに子どもを観察するということを続けていてその時に知ったことだ。子どもは腹が満たされると眠たくなり、すぐに睡眠状態になってしまうのだ」

「そんなことをされていたのですか主様」


「あぁ、顔がないお陰で子どもを凝視しているということがばれずにじっくりと観察することができたぞ」

「そうですか、しかしどうしてそんなに養子がほしいのですか?」


「欲しがったらいけないというのか?」

「いえ、否定をしているわけではありませんが欲しい理由などがありましたら聞かせていただきたいと思いまして」


「簡単だ、金持ちで独身だったら養子をとるのが当り前だろう。まぁ今は金持ちではないがな、以前は強くそう願っていたものだ」

「それならば恋人を見つけてその方と愛の結晶なるものを育むという」


「ふざけるなっ」

「えっ?」


「ふざけるなといっているんだ悪魔図鑑、いいか悪魔図鑑お前はとんでもないことを口にした」

「あ、あの私にはわかりかねます、人間というものはそういうものではございませんか?」


「違う、断じて違う、いいか悪魔図鑑よく聞け」

「はい」


「俺は見ず知らずの者を愛したいのだ、そこに女との恋愛やらはいらん、とにもかくにも愛したいのだ」

「私には主様の言っていることがよくわかりませんし、その言葉は聞き捨てなりません」


「愛すなわち俺だ、愛がなければ俺を許容できない、俺を愛する事が出来るものはその者も愛だ、だがこの世にその愛が少なすぎる、故にお前は俺の今の言葉を理解できないのだろう」

「はい、全く分かりませんし暴論かと思えます」


「分からなくてもいい、だがお前が俺を愛することが出来た時その時はお前にも愛が宿っているのだろう」

「そうですね、相変わらず何を言っているのか分かりませんが主様がそう思われるのでしたらそうなのでしょう」


 何かもうこれ以上関わり合いになりたくないような返答をした悪魔図鑑に多少の不満を感じつつ、ちょうどよく眠りについてくれたミーコをおんぶし俺は家路につくことにした。

 本当ならもう少し愛について語ってやってもよかったがこいつの態度を見る限りこれ以上続けても独り言になるだけだろう。

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