第14話

 俺はすかさず家の中に入り中を確認することにした。家の中は特に変化がなく盗人が入ったような跡は見られなかった。

 だが安心はできない、もしかすると相手はプロで痕跡も残さず俺の財産を奪い去っていった可能性もある。そんな不安が心臓の鼓動を跳ね上げ、それと共に俺の脳は「無事であってくれ」という言葉で一杯になった。


 これまでの生活で唯一の救いはあの金銀財宝があったおかげだ、あれがなければ俺はそれこそ魔の者にでもなり果ててあらゆる場所で犯罪を貸していた可能性もあった。

 俺が今こうして、それなりの精神状態で過ごせてきたのもこの金があっての事だ、それがもし盗賊によって盗まれたとあってはこれから先の俺の人生が真っ暗になってしまう。

 

 そんな先の見えない生活を塑像してしまうほど焦っている俺は、すかさず地下にある保管庫へと向かった。地下の保管庫にはこの世界へとやってきたときの初期装備とでも言える金銀財宝があるところだ。もしもの話これがなくなっていたとすればそれすなわちゲームオーバーだ。

 だが俺だってそんな簡単にゲームオーバーになるわけにはいかない、嫌な予感がするとはいえセキュリティに関していえば、かなり手の込んだものを施していたし、なんなら都一番のセキュリティといっても過言ではないほどに仕上げたつもりだ。


 しかし心配ではある、それこそ今まさにその保管庫のカギが開錠されようとされているのではないだろうか?

 不安と恐怖と焦りが入り混じる中、保管庫へとたどり着くと目を疑うような光景があった。勿論俺は自からの体の事など信用していない、だからなんどもなんども目がある場所をこすりパチクリさせて目の前の光景を何度も見直した。


 だが、何度繰り返し目をこすり瞬きしようとも無残にも開かれた保管庫の扉と、あたりに散らばる大量の鍵が転がる景色は変わらない。

 そんな光景にまるで足かせでもつけられたような重たい足取りで保管庫の中へと入ると、そこにあったはずの金銀財宝が見事になくなっていることに気付いた。


 そう、昨日まではあんなに光輝いていた金銀財宝が今はもぬけの殻、ただの薄暗い倉庫に変わり果てていた。

 あまりにも衝撃的な光景にただただ立ち尽くしていると、俺の背後から悪魔図鑑がパタパタと飛んできた。そして何もない倉庫をふらふらと見渡す様子を見せた。そうしてあらかた見終えた悪魔図鑑は俺のもとへとやってきた。


「主様、ここに金銀財宝があったのですか?」

「あ、あぁ」

 

「そうですか、ではどうやら空き巣に入られたようですね主様」

「そんなことはわかりきっていることを言うなっ」


 思わず大声を出すと、遅れてやってきたのかカーラが「キャッ」というかわいらしい声を上げた。


「ど、どうしたのカオナ」

「どうしたもこうしたもない、こんなこと、こんなことがあっていいはずがないっ」


「主様、まさかとは思いますけど主様はその金持ちっぷりを外でひけらかしたりはしていなかったですか?」

「バカなっ、俺がそんな無様な真似をすると思っているのかお前は?」


「ですが、その割には今日の朝私に自慢されていたように思えたのですが?」

「あ、あれは違うんだ、あれはちょっとうぬぼれていただけなんだ、お前のような奴になら多少見栄を張ってもいいと俺の中で判断しただけで、普段はあんな無様はさらさない、そうあの時は俺の気まぐれが発動してしまったのだ」


「無意識的にそういったことをされているとかはありませんか?」

「いやない、基本的に人と会話することなく過ごしていたし、さっきは見栄を張ったが本当は質素な生活を心がけていた」


「本当ですか?」

「勿論だ、最低限の食料やら生活必需品をそろえるだけの質素な生活だ、あとは本を買うくらいだ」


「ではどうして?」

「ありえない、なぜこんなことになるんだおかしい、おかしすぎるっ」


 最悪だ、これはカーラや悪魔図鑑が俺のもとへとやってきたことにより起こった弊害だ、間違いなくそうに違いない。

 だが、確固たる証拠もないわけでありこんな妄想はあまりにおこちゃますぎるから言葉にはしない、だがその代わりといっては何だが俺はカーラに歩み寄り、その白く柔らかいダイフクのようなほっぺたをつまんだ。


「ふぇ、何するのカオナ」

「いいから大人しくしているんだカーラ」


「どうしてほっぺたを触るの?」

「黙っているんだカーラ」


「どうしたのカオナ突然?」

「お前のこの柔らかいもので俺の中にあるストレスを存分に発散しているのだ」


「ストレス?」

「あぁ、そうだ俺はものすごくストレスを感じている」


「顔がわからないからカオナがどんな気持ちなのかわからないよ」

「悲しい気持ちだ、こんなことになるとは予想していたが、本当にこんなことになるとは思っていなかったこの野郎」


「悲しいのカオナ?」

「あぁ、悲しい」


 悲しいに決まっている、こんなにも金というものが俺の心を満たしてくれていたのかと、自分でも驚いてしまうほどに悲しい思いでいっぱいだ、もはやそのストレスのせいで俺は目の前にいる美しきカーラ相手に幼児退行したくなってしまっている。


 あぁ、どうせ顔がないのだからどんな表情をしてもこいつに何を悟られるわけでもない、自然にカーラの胸元に頭でも寄せればわけもわからず俺を抱擁してくれるだろうか?


 そんな、小さな子ども相手によからぬことを考えていると、まるで俺の心を見透かしたかのようにローラが「よしよし」とまるで慰めるかのような言葉をつぶやいた。そして俺の右手をすりすりと撫でながら慈愛に満ちた顔をし始めた。


「よしよし、大丈夫だよカオナ私がいるよ」

「・・・・・・」


 絶句した。よもやこんな少女によしよしされる日が来るものかと思いもしなかっただけに、しばらくそのよしよしに身をゆだねた後俺はすぐにカーラの手をふりはらった。気分は悪くないがこれ以上やられると俺は俺でなくなってしまう気がするからダメだ。


「あ、あれ?」


「カーラ、お前はだまって頬を差し出せばいいと言っているだろう、こんな教えを教会で習わなかったか?」

「教え?」


「右の頬をふにゃられたのであれば、左の頬もふにゃられなさいと」

「え、私教会嫌いだから知らないよっ、教えとか知らないよ」


 教会嫌いのローラは相変わらずだ、そしてそんな事よりもこのイベント続きの不運続きがあまりにも俺を不安にさせていた。

 この半月はとても平和で都になじむことぐらいが悩みの種だった、それがどういうわけか昨日からおかしなものへと変貌しているそれも急速にだ。

 それは紛れもなくここにいるカーラと悪魔図鑑にあったが故の変化であることはもう疑いようのない事実であろう。


 しかし、だからといって安易にこいつらのせいにはできない悪いのはこのマイホームに侵入した盗賊の仕業だであり憎むべきは盗賊ただ一つ。

 そうわかっている、盗賊が割るのはわかってはいるのだが今のストレスフルな俺はローラのほっぺたをもちもちと触って癒しを感じることでした発散できない。


 そして頭の中で込み上げてくる悪魔図鑑の甘い誘惑の調べ「悪魔図鑑を完成させればなんでも願い事が叶います」その言葉が俺の頭に思い出され何度も繰り返しこだましている。 


「くそっ、俺はどうあがいてもお前を完成させるべきなのか悪魔図鑑っ」

「突然どうされたのですか主様」


「こんなことになってしまっては俺はもう平穏な生活を送ることができないといっているんだ」

「そうですね、お金はとても大切なものです」


「そうだ、だからお前を完成させて大金持ちになって再び平穏な生活を取り戻すべきかと悩んでいるんだっ」

「それは主様の決断一つです、完成させるもさせないも主様次第ですが私としてはぜひとも完成していただきたく思っています」


 最初に会話した時からずいぶんと俺の悪魔図鑑完成にこだわるこいつは一体どういうつもりなのだろうか?


「・・・・・・その心は?」

「それは初めて説明した時も申しましたように、この本の所持者となったものに転生した悪魔の導き手となり、良き悪魔へと導く使命が課せられます主様にはそうなっていただきたいと思っているのです」


「悪魔の導き手」

「私には主様が良き導き手になれると思っています、そして私が完成した時すべての悪魔は主様の導きによって世界を素晴らしきものへと変貌させると信じています」


 悪魔を導き世界を素晴らしきものへと変貌させるか。


 それは要するに俺がダークサイドの人間でありその素晴らしき世界ってのは悪魔を成長させ、世界で支配を繰り広げ人間ども支配下に置くことが、ここでいう素晴らしいの定義という事なのだろうか?

 いや、それよりも目の前にいるこの喋る悪魔図鑑とやらは本当に見る目がない、俺のような奴をまるで選ばれた者のようにたきつけるなんて本当に不愉快でしかない。


「お前の眼は節穴だな悪魔図鑑」

「節穴?」


「あぁそうだ、一日二日の関係であろうともお前なら俺という存在のはよくわかったはずだ、そんな奴に悪魔の導き手に向いているなどとよく言えるな、それとも俺だからこそ幼い悪魔をひねくれて成長させられるとでも思ったのか?」

「主様の思考は置いておいて、私の直感はビンビンに言ってます」


「直感?」

「はい、ビンビンです主様は素晴らしき導き手になる素質を感じます」


 何がビンビンだ、一体どこでそんな言葉を覚えたのかわからないがとにかく俺にそんな選択肢を与えるなんてこいつも相当に嫌な奴だ。これじゃあまるで、俺がこいつに誘導されてこの使命を全うしなければいけないみたいじゃないか。


 だがしかし、この最悪の状況の中でこいつがここにいるということはまるで誰かに仕組まれているようにも思えてしまう。

 やはりこいつには何か裏があって、どこかの誰かがこの忌々しい悪魔図鑑を完成させたくて俺の家に盗賊を送り込み果ては顔のない社会不適合者な俺を果てない悪魔図鑑完成の旅へと向かわせるための策だったりしないだろうか。

 いや、そうだとしたら俺は何が何でもその策に逆らってやりたい、だが逆らったところで俺はこれからどうすればいい


「ぐぐぐ」

「どうされました主様?」


「何でもない」

「ですがずいぶんと顔色が悪そうな声を」


「顔色が悪そうな声だと、そんなもの俺の顔色を見てから言うんだな」

「そうですね」


 何でもないことはない、俺は今まさに人生の岐路に立たされている。大げさに考えすぎているかもしれないが、俺にとって初期装備である金銀財宝がなくなったことはかなり痛い。

 しかも、その対応策がここにいる悪魔図鑑を完成させるという途方もなさそうに思える最悪の手段だ。


 これならこの都で仕事でも探して・・・・・・いやそれはだめだ、もう二度とあんな就職活動なんて理不尽な行為をしてやるものか。

 顔がなくたって持ち前の真面目さでどこか雇ってもらえるとか思っていたあの頃の俺をぶっ殺してやりたい。

 真面目とかそういう理由であいつらは雇わないんだ糞野郎どもが。 


 しかし、働けないとなったら金が枯渇してゆくゆくは大変な目にあってしまう。くそ、考えれば考えるほどこの目の前にぶら下がる悪魔図鑑完成という餌が魅力的に見えて仕方がない。やはりこうなるしかないのだろうか、これが俺に課せられた使命というのだろうか?

 もはや考えるのもうっとおしく思える状況の中、悪魔図鑑はうっとおしく俺のもとへと飛んできた。


「なんだっ、邪魔だぞ」

「すみません主様、ですがあまり長い間黙ってしまわれますとカーラ様が不安で泣きそうになっています」


 カーラを見るとなんだか不安に満ちた顔で俺を見ていた。こいつもこいつだ、なんだって俺のような奴になつき挙句の果てにはそんな顔して俺の事を心配してくれる。

 お前とは昨日会ったばかりのたった一日だけの関係じゃないか、それがこんな顔で俺を見てくるなんてのはまったくもって気に食わない。


「わかっている、俺はこんなことでグズグズするような腐ったやつじゃない、すぐに夕食の準備をして気持ちをリセットする」

「あっ、お夕飯の準備するのカオナ?」


「そうだお夕飯だカーラ、今日はとっとと食事を済ませて明日に備えるぞ」

「うんっ、明日も一緒に散歩したい」


 散歩、こいつの脳内はやはり子どもあるいはイヌレベルだな。


「それで、明日からどうなさるのですか主様?」

「決まっているだろう、こうなってしまったからにはお前を完成させることを第一とすることに決めた」

「かしこまりました」


 とにもかくにも一気に物語が進み始めたかのような怒涛のイベント、これじゃ本当にローラや悪魔図鑑との出会いがこの物語の鍵だったかのようだ。

 まるで、誰かのシナリオ通りの様な状況にかなり不満を感じつつ、俺はこれまでにない疲労を感じていた。


 異世界へとやってきてから妙に居心地の良い環境が用意されていたから、何かしらのしっぺ返しのがあるとは思っていたが、まさか初期装備である金銀財宝があっという間に盗まれるとは思っていなかった。

 それにセキュリティ面で言えば相当に気を使っていたし、金庫の愛しき南京錠たちがあっという間に開錠されるなんてのも思ってなかった・・・・・・だが、保険のへそくりだけは盗賊にも見つけられなかったのは幸いだった。


 これがあれば本当に最低限の生活だけはしていけるかもしれない。


 これがいわゆる神のいたずらとかいうやつなのかもしれない。ただ、いたずらにしちゃやりすぎに思えるし、まるで悪魔図鑑を完成させろと言わんばかりの天罰、いや違う、これは神ではなく悪魔図鑑を完成させたい、どこぞの魔王の怨念だったりするのかもしれない。

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