第13話

 ハンバーグセットと同時に俺とカーラの分のドリンクも到着し、嬉しそうにメロンクリームソーダを飲んでいた。

 ヌエよほど腹が減っていたのだろう、一心不乱に食事の手をすすめた。そうしてヌエは半分ほどその食事を進めたころでようやく話の続きを喋り始めた。


「んぐっ、それで話の続きなのだが」

「あぁ、焦らずゆっくり話してくれればいい、時間ならある」


「うむ、まぁ何はともあれとにかく気をつけるべきは異端の魔女なのじゃ、わしが話したかったのはこの闇の勢力マージョンヌが世界でとんでもないことを繰り広げようとしているはずということを伝えたかったのじゃ」

「異端の魔女とはなんだ?」


「マージョンヌなのじゃ」

「マージョンヌ?」


「うむ、奴らは数の暴力で悪いことばかりする下衆な奴らじゃ、奴らは魔女という素晴らしき存在を汚す愚か者なのじゃ」

「はてマージョンヌ、どこかで聞いたことあるな?」


「本当かっ」

「いや、気のせいかもしれんが」


 マージョンヌマージョンヌ、あれ、そういえばこいつの名前もマージョンヌとかいう名前がついていたような。


「おいヌエ、お前のフルネームはなんだった?」

「妾の名はマージョルカ・ヌエ・ケリドーウェンじゃ、わしが言っているのはマージョンヌでマージョルカとは全くの別ものじゃ、間違えるでない」


「あぁ、お前はマージョルカで、闇の勢力とやらはマージョンヌというのか」

「そうじゃ、絶対に間違えてはいけないのじゃ」


 もはやどっちがどっちでもいい、なぜならこんな話俺には関係のない話だろうからな、それにこいつが言っていることが本当だという確信もないしただの中二病の妄想かもしれないということもある。半信半疑で聞かないことにはやってられない。


「ふむ、まぁマージョンヌどうこうはどうでもいい、それより俺はお前と魔法について語りたくてここにいるんだが、魔法について詳しく聞かせてくれないか」

「なんだカオナ、そなた魔法に興味があるのか?」


「あぁ」

「何が知りたいのじゃ?」


「さっきの指先にともる火はどうやっているんだ?」

「ん、あれは別に難しい話ではないのじゃ、指先に火をともそうと思えばともせるのじゃ」


 そういいながら人差し指でくるくると動かすヌエは自慢げだった。だが頬についているソースがその言葉を半分嘘に思わせた。


「お前の指を見せてくれないか」

「うむ、好きなだけ見るが良い、種も仕掛けもないのじゃ」


 俺はどうしても嘘くさいこいつの指に何か細工でもされていないものかとひたすら観察した。

 細い人差し指、きめ細かく美しい肌でできた指は女性らしい華奢なもので、この美しい指が何かの種を隠し持ち火をともすことができる細工があるようには思えなかった。


「おかしい、この指からどうやって火をともすことができるんだ」

「だから魔法といっているのじゃカオナ、もう一度見せようか?」


「あ、あぁこの状態のまま見せてくれ、俺がお前の指を握ったままだぞ、分かっているな?」

「う、うむなんだか恥ずかしいが出来ないことはない、ではいくのじゃ」


 細工なんて出来るわけがないだからこの状態でもしもまた火が灯るのであれば俺はもう確実に魔法を信じるしかない。

 だが、そんな世紀の大発見を前にヌエはいとも簡単にしかも「ほいっ」という掛け声とともにあたたかなそうなオレンジ色の火を指先にともして見せた。


 人差し指の先、少し間をあけて宙に浮かんだように灯るその火は間違いなくゆらゆらと燃えておりその火に手をかざすと確かに熱を感じた。


「どうじゃ、そろそろ信用してくれてもいいと思うのだが」

「あ、あぁ、信用せざるを得ないこいつは魔法以外の何物でもない」

「うむ、では人目があるからこの辺で・・・・・・」


 すかさず火を消したヌエはどや顔で俺を見つめてきた。その顔はいつもの俺なら憎たらしくて何かいたずらでもしてやりたいと思うのだが、今日ばかりはそうは思えない。

 尊敬と羨望のまなざしでヌエを見ることしかできなかった。

 異世界にきて約半年、ようやく出会えたふしぎ発見に俺は胸が高鳴りワクワクとしていた。平穏な生活を望み色々とあきらめかけていた俺にこんな出会いが訪れるとは思っていなかっただけに感動で涙がでそうになってきた。

 

「むっふっふ、随分と熱心に魔法について知りたがっているようだが、これは魔女であるわしにしかできないことでそなたには扱えぬものじゃ」

「なぁヌエ、どうしても魔女以外には魔法は使えないのか?」


「うむ」

「今後、何かしらの研究が進んでお前のように魔法が使われるようになるっていう未来は考えられないか?」


「わしは選ばれたものだからわしにしか使えないのじゃ」

「そうなのか、どうあがいても俺のような奴でも魔法は使えないってのか?もしかしたら何かの拍子で俺にだって魔法が使えるかもしれないじゃないか」


「つかえぬ、その証拠にそなたはどれほど願っても指先に火をともすことができないであろう」

「願えばできるのか」

「わしはそうしてるのじゃ」


 願えば魔法は使えるか、だが俺の場合どれだけ願っても体のどこかにあるかもしれない魔力を指先に送るイメージをしても指先に火がともることはない。

 かといって氷が出るわけでもないし電気が出るわけでもない。つまりこれはヌエが言う通り俺に魔法なんてものは使えないということなのかもしれない。

 本当なら魔法の学び方について聞いてみたかったのだが、そもそも魔法が使えないというのならそれはもう俺のささやかな夢は終わったも同然だ。


 それに魔法が使えるとは言ってもこいつが言っていることは相当やばい内容の話ばかりだ、闇の組織だか何だかわからんがファンタジーの醍醐味である魔法に関しての情報が得られないとなればこいつといる意味はもうない。


 むしろ、こいつといたらいろいろな厄介ごとが増えそうな気がしてならない、さっきは思わず魔法という存在にときめいてはみたが、冷静になって考えてみるとやはりこの平穏な生活が俺にはお似合いだということか。


「そうか、俺には魔法が使えないのか」

「残念だがそうじゃ、それにしてもこのハンバーグセットはとてもおいしいのじゃ、気に入ったのじゃ」


「そうか、まぁ暇つぶしもできたことだからここいらで俺たちは家に帰るとする、お前も変なことばかりやってないでおとなしく平穏な日々を過ごすことだな」

「えっ、もう帰るのかカオナよ」


「そうだ、お前には魔法を教わりたかったのだが俺には使えないというのが分かったのでな。いいものを見せてもらったのは感謝しているがそれ以外のことでお前に感謝することなどない。

 それに、これ以上お前のような奴とかかわっているとおかしなことに巻き込まれそうだ。だから、俺はとっとと家に帰って幸せな時間を過ごすことにする事に決めた」

「ま、待て」


「なんだ?」

「も、もう少しお話ししようではないか、わしはカオナと友達になりたいのじゃ、それに悪魔図鑑さんともお話をしたい」


「だめだもう帰る、魔法が使えないんじゃあ俺はいつもの日常に戻るまでだ」

「ま、待つのじゃ」


 今度は何かと思っているとヌエは恥ずかしげな表情をしながら俺をじっと見つめてきた。容姿だけは良いこの魔女っ娘に良い性格もついていれば魔法を使え無くても他生のお喋りはしてやるが言動がどうにも厄介すぎて一緒にいようとは思えん


「なんだ、まさかまだ腹が減っているとかいうんじゃないだろうな」

「ち、違うのじゃ」


「だったらなんだ」

「ご飯を食べさせてくれてありがとうなのじゃ、本当にご馳走様なのじゃ」


 礼儀だけは一応あるのか深々と頭を下げてくるヌエはちょいと頭のおかしな奴だが素直にいいやつに思えた。


「気にするな色々楽しませてもらったぞヌエ、また会えるといいな」

「う、うむまた会おうぞ同士よ」


 飯をおごり、すっかり自称魔女との会話に没頭してしまった俺たちはというと、寄り道することなく自宅付近へと戻ってきていた。

 今日は久々に他人との会話を楽しんだせいか、妙な疲れと現実離れした話をたくさん聞けたことによるおかしな満足感が入り混じり変な気分になっていた。


「今日はいろんなことがありすぎて疲れたな、これはあと数か月は家の中で本を読み漁りながら生きていても満足に生活していけそうだ」

「本がお好きなのですね主様は」


「あぁそうだ、本はいいぞ本は」

「そうですか、なんだか照れますね」


「何を照れている、おまえは違うぞ悪魔図鑑」

「どうしてです、私もれっきとした本ですよ」


「違う、俺の大好きな本は字で埋め尽くされていて、開くと別世界への扉が開かれ脳に素晴らしい刺激を与えてくれる最高のものだ。お前のように何も書いて無くておしゃべりなうるさいやつとは違う、本というものは物言わぬ饒舌なる存在なのだ」


「本当に失礼ですね主様、私は今までそのように扱われてきたことはありませんっ」

「ふん、お前にどんな過去があるのかは知らんが、過去にとらわれているようじゃあお前もまだまだだな、せっかく意思を持っているのだから新しい生き方を考えるべきだ、古い考えなぞ捨てろ」


「そういわれましても記憶がすべて戻ったわけではない私に新たな生き方は選べません」

「その口ぶりだと、まるで図鑑が埋まっていくごとに記憶が戻っていく様に聞こえるな」


「それは分かりませんが、カーラ様の例を考えるにそういう仕組みで間違いないと思われます」

「そうか、まぁ俺には関係ないことだ、俺はお前を完成させる事よりも一日一日を自らの欲望に従い平凡に生きていくことの方が重要だからな」


「そんな生活でよろしいのですか、暇つぶしに私を完成させた方が面白い毎日を過ごせると思いますよ」

「愚の骨頂だな、平凡な日常がいかに素晴らしいかを知らないのか。数多くの偉人たちは皆口をそろえて平凡な日々に憧れを抱いていたのを知らないのか?」


「それはつまり、平凡な日々こそどんな非日常よりも素晴らしいということなのですか」

「あぁそうさ、いつの時代も最も素晴らしい世界は何もない一日を過ごすことなんだ、だから今日はとても不幸な一日だった。いや、昨日から不幸の連続だ、俺の周りにやたらと不幸が訪れている、このままあでは 俺の平穏がつぶされてしまう」


「そうですね、今日はたくさんの出会いがあってとても楽しかったです」

「楽しくなどない」


「その割に主様は魔法にご執心だったように見えたのですが」

「別に・・・・・・魔法なんて使えなかったら何の意味もないだろう」


「ですが、とても楽しそうでしたよ」

「なんだお前は、まるで俺の顔が見えているかのような口ぶりだな、ん?」


「見えるわけがありません、だってあるはずのものが主様にはありませんから」

「ふん」


 最近目まぐるしく変化する日常のなか、俺の眼にはその変化にさらに拍車をかける光景が映りこんできた。そう、それは自宅玄関前で人だかりができているということだ。こんなことこの都にきてから初めてだ。


「なんだ、どうして俺の安息の地に下衆共がいる」

「本当ですね、何かあったのかもしれません」


 何かあっては困るそう思いながらすぐに下衆で群がる玄関へと駆け寄ると、玄関前に集まっていた下衆共は俺に気付いてその場からぞろぞろと離れて行ってしまった。

 そうして何をしていたのかわからない人たちを横目に、玄関へと目を向けると、そこには妙な張り紙がしてあった。


 それは白い紙にへったくそなカエルの絵が描かれており、子どものいたずらのようなものだった。どうやらこんなものを見るために俺の家に集まっていたようだ、全く迷惑この上ない。


「なんなんだこれは」

「カエルでしょうか、とてもかわいらしい絵ですね、もしかしてローラ様が出ていく時に張り紙されましたか?」


「ううん、私何もしてないよ図鑑ちゃん」

「ふん、何がかわいいものかこんないたずらをしやがってどこのどいつだこの野郎」


 そうして張り紙を引っぺがしびりびりに裂いてやろうと思っていると、突然近所に住むお隣さんから声をかけられた。


「な、なぁ兄さん」

「え、あぁお隣さん、どうかしましたか?」


 声をかけてきたお隣さんは、俺がここにきてからそれなりに気をかけてくれている優しいお隣さんだ、その人は眉をひそめながら俺の持っている張り紙を指さしてきた。


「そ、その張り紙の事だけどよ」

「あぁこれですか、どうやら子どもにいたずらをされてしまったみたいです、いやぁ困りました」


「な、何言ってるんだ、そいつは最近有名な盗人のシンボルだぜ」

「は?」


「なんでも最近名を挙げた盗人らしく、詳しいことはわかっていないらしいが被害にあったところには必ずへんてこなカエルの張り紙がされているらしいぜ」

「・・・・・・なんだと」


 その話が本当だとしたら、これは単なるいたずらでも何でもなくて俺の家が空き巣に入られ、挙句の果てには俺の唯一の特権である金銀財宝が失われている可能性が高くなる。

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