第11話

 さてさて、いったいどんな魔法いやトリックを見せてくれるのやら。

 おおよそこいつは本物の魔女でも何でもないから、適当なトリックを見せるだけだろうが、隣で目を輝かせているカーラの気持ちをつぶすわけにもいかないからな、野暮な横やりは刺さずに傍観してやろう。


「今からこの指先に火をともすのじゃ、よーく見ているのじゃ」

「うんっ」


 何やらどや顔を決めるヌエは特に気合を入れるわえでもなく、見せつけている人差し指からまるでライターで火をつけたかのように指に火がついた。

 それは蝋燭のようにきれいな灯であり、その光景に心が安らぐわけはなく、ただただあっけにとられてしまった。


「ふっふっふ、これはわしに授けられし魔力の百兆分の一の力じゃ」

「すごいすごい、見てみてカオナ、魔女さんの指から火が出てるよ」


 確かにすごい、何よりこいつがこんなにも高等なマジックを見せられることが信じられない。いったいどうやってこいつは指に炎をともしているのだろう、そう思うと俺は思わずヌエの手を握ってしまっていた。


「ななな、突然どうしたのじゃカオナ」

「いやお前、これはどうやってこの炎を出しているんだ」


「無論魔法じゃ」

「ま、魔法?」


「そうじゃ」

「まて、お前はただの人間のはずだ、そんなお前がどうしてこんなものを使える、まさかこの世界には魔法を使える人間が普通にいるのか」


「おいカオナ、突然どうしたのじゃ」

「もしそうなのであれば俺に今すぐその魔法学校のありかを教えるんだ、年齢詐称でも何でもして、俺はこの異世界での憧れ生活を満喫してみたい。これはすかした俺の内なる希望であり夢であったりするんだっ、頼むヌエ、魔法学校に推薦書を書いてくれっ」


「お、落ち着くのじゃ、突然どうしたのじゃカオナ」

「はっ」


 思わず我を失った俺にヌエが苦笑いしながら距離を取っていた。


「さっきから何を言っておるのじゃ」

「あ、あぁすまんついおかしくなってしまったようだ」


 思わず変なことを口走ってしまった。これもあまりにもおかしな光景を目の当たりにしてしまったせいなのだろうが、少し落ち着かなくてはならないな。


「全く、ちなみにだがこんなことが出来るのは妾だけじゃ、それに普通の人間には魔法なんて使えないのじゃ」

「なにっ」


「どうしてそんなに驚いておるのじゃカオナ、これは誰もが知っていることじゃ」

「そ、そうか魔法はお前にしか使えないのか」

「そうじゃ」


 残念だ、もしも俺のような顔がないというだけで、それ以外は普通な俺にも魔法が使えるようになるかと思ったが、そう上手くはいかないようだ。


「ねぇ、魔女さんはどうやって火を出したの?」

「ん、無論魔法じゃ」


「すごーい、魔法って私にもできる?」

「すまない、さっきも言ったがこれは魔の者である妾にのみ与えられた特別な力なのじゃ、そなたには扱えぬ」


「ふぇ、すごいんだね魔女さん」

「そ、そうだろう、妾はすごいのじゃ、そなたはなかなか見る目のある美少女じゃ誉めてやろう」


 ヌエはカーラの頭をなでなですると、緩んだ笑顔を見せた。この二人のほほえましい状況をしばし楽しんだ後、俺はヌエが見せたトリックとは思えぬ指先の炎について考えていた。

 それこそ、指先の炎を見る前は適当なトリックで子どもだましでもするのだろうと思っていたが、いざ見てみると自然に発火する指先に度肝を抜かれる始末。この世界にきてから一番の驚愕に俺はヌエに絡みたくて仕方なかった。


「おいヌエ、少しいいか」

「ぬ、なんじゃカオナ」


「お前、その指先にともる火は一体どんなトリックなんだ」

「トリック?何のことかわからぬが美少女に褒められた手前少しくらいサービスしてやろうかの」


 そうしてヌエは五本の指すべてに炎をともして見せた。しかもまるで色鉛筆のように五本の指すべてが様々な色を表現しながら燃え揺らいでいた。その光景はとても美しくそして俺の中にある謎がさらに深まった。


「なんだと」

「ふっふっふ、驚いたかカオナよこれぞ魔の者である証じゃ」


「きれーい、凄い魔女だよカオナ」

「無論だ、わしは偉大なる魔女マージョルカ・ヌエ・ケリドーエンだからなーっはっはっは」


「マーマルカヌケリドーン?」

「ヌ、ヌエで構わんヌエと呼ぶのじゃ」


「うんヌエちゃん、私カーラよろしくね」

「カーラというのかよい名だ、わしと同じくらい良い名だ」


 もはや、どうにもこうにも説明がつかない状況の中あの無防備な素手から繰り出される五色の炎が俺には理解できなかった。

 それこそあいつの手が最新式の義手か何かで最新テクノロジーのおかげで指先から炎を出すことができるとかなら納得できるが、どうにもそういう風には見えない。


 その疑問を俺は手にしている悪魔図鑑に尋ねることにした、こいつが言うにヌエは悪魔でも何でもないらしい。

 だが目の前で繰り広げられているのは明らかに普通の人間には見えぬものばかり、これはもうヌエが悪魔か何かとしか言いようがない状況だ。


「おい悪魔図鑑こいつはただの人間じゃなかったのか?」

「はい、そうだと思うのですが」


「そうだと思うじゃない、お前はあの光景を見てまだ人間とでもいえるのか?」

「何かのトリックかもしれません」


「いや無理だ、あんな指先だけに蝋燭のように火を出すなんてことできるわけがない、しかもあいつの手ではいまだに火がともり続けているんだぞ、そこらのマジシャンが一瞬だけ大きな火を出すのとはレベルが違いすぎる」

「そういわれましても」


「そもそも魔女っていうのは悪魔の部類に入るのだろう、だったらあいつは悪魔なんじゃあないのか?」

「それはわかりません」


「はぁ?」

「私は記憶を失っていますので魔女が悪魔なのかどうかはわかりません、カーラ様のようにキャプチャーすればそれ相応の記憶が戻るのですが、それでも彼女が悪魔だという確信にはつながらないと思います」


「ふん、全く使えない図鑑だな、だがあいつは間違いなく悪魔じゃないということはお前のその体が証明しているのだろう」

「はい、悪魔なら私の体が敏感に反応しますからそれは確かです、なので彼女は悪魔ではないと思われます」


「なるほどな」

「ちなみに私がどのように反応するかというと、ある部分がそそり立ってしまうのです、それはもうビンビンと、その反応があれば悪魔が近いということになります」


「・・・・・・何を言っているんだお前は、そんなことはどうでもいい、それよりもあの火はどういうわけなんだ。どうしてもあれが気になって仕方がない」

「あのぉ、私は分かりませんといっているのですが」


「そうか」

「はい」


「そうだったな」

「はい、しかし綺麗ですねずっと眺めていたいものです」


「何がずっと見ていたいだ、お前は一度本という身なりをあらためたほうがいい」

「どういう意味ですか」


「本とは知の象徴だ、だから無知なお前にその恰好は不相応だといいたいんだ」

「失礼な人ですね主様、こう見えて私は記憶喪失なのです、もう少しいたわるべきかと思うのですが」


「ふん、知ったことか、俺はお気に入りの本でもない限りいたわるつもりはない」

「あんまりですね、ため息が出ます」


 とにかく突如として現れた敵意のない魔女のヌエ、こいつが本物の魔女だったとするならば、ここにいる悪魔図鑑はポンコツ、あるいはヌエがはったり魔女のどちらかだ。

 どちらかというと悪魔図鑑の方を信じてやらんこともないが、ヌエも信じたくなってしまうほど見事なものを見せている。もはや双方が俺を惑わす状況の中、ヌエは五本の指にともした火を相変わらずローラに見せつけていた。


「おいヌエ、ちょっといいか?」

「む、なんじゃカオナそなたもわしの七魔法に興味津々か?」


「あぁ、だからおまえとじっくり話がしたいのだが」

「お、おぉ、そうじゃったそうじゃった話の続きをしようではないか同士よ」


「そうだな、ぜひとも詳しく話がしたいからどこか店にでも入らないか」

「店、店とはつまりレストランということか?」


「なんだ、レストランに行きたいのか?」

「い、行きたいっ」


「ならそこに行こう、そこでじっくり話そうじゃないか」

「勿論じゃっ」


「よしじゃあ、行こう」

「あっでも」


「なんだヌエ、どうかしたのか?」

「わ、わしはレストランに行っても何かを注文できるようなお金は持ち合わせていないのじゃ」


 そんな言い方をされちゃ奢ってやりたくなってしまうだろうこの魔女っ娘め、こいつはこの発言を計算で言っているのか、それとも天然で言っているのか一体どっちだ。まぁおそらく後者だとは思うがこういう時女、特に幼い女というものは得をするものだな。


「構うな、常識の範囲内なら好きなものを食べさせてやる、行くぞ」

「ほ、本当かっ」


「あぁ」

「もしかしてカオナはリッチなのか?」


「金持ちといいたいならそうだろう、だが俺が努力して得た金ではない」

「まさか盗人なのかそなた、魔の者としては悪くないのだがあまりそういう悪事に手を出すのは良くないと思うのだが」


「違う、ちょっとしたあれだ・・・・・・あんまり詮索しない方が身のためだぞヌエ」

「む、さすが魔の者だけあってかっこいい言葉を使うなカオナよ」


 どこがかっこいいのかまるで分らんが、終始笑顔で嬉しそうなヌエは楽しそうに俺についてきた。そうしてひょんなことからレストランに到着すると多少変な目で見られつつも店内へと案内された。

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