第10話
「ま、待てと言っておるのじゃ、話を聞くのじゃ」
「おいおい服を引っ張るんじゃない、見ての通りこいつはとても高価なものなんだぞ、もしも破こうものなら、それ相応の対価を支払ってもらわなくてはならないのだがどうする?」
脅しをかけるとマヌケはすぐに手を放し、その反動でその場でしりもちをついた。
「わひゃ、ごめんなさいお金はないから弁償は出来ないのじゃ」
「ふん、それでどうして待ってほしいんだ?」
「話をしたくて、その・・・・・・」
「話?」
「そうじゃ」
しつこいほどに話にこだわってくるが、ここまでこだわられると一体どんな話をしたいのかが気になってきた。
「お前は一体どんな会話をしようというのだ、この俺と」
「それはだな、その、同じ魔の者として友好を築きたいというか、そのわかるじゃろ?」
指と指をつんつんしながら俺とちらちらと見つめてくるマヌケ、そんなに俺のような奴と会話したい上に友好関係を結びたいとは。
この世界にきてからというもの一度も言われたことがないだけにこのマヌケに俄然興味がわいてきた。
「そうか、じゃあ少しだけ会話に付き合ってやろうマヌケ」
「マヌケっ?」
「・・・・・・あぁ、しまった、つい口がすべってしまった様だ」
口を滑らせたことは悪く思っている、そして目の前のマヌケは怒りをあらわにしているのか、顔を髪の色と同じくらいに紅潮させていた。そして勢いよく立ち上がり詰め寄ってきた。
「マママ、マヌケではないわしはマージョルカ・ヌエ・ケリドーエンじゃ、幼き頃の忌まわしきあだ名を言うでないっ」
「なんだ、小さいころのあだ名はマヌケだったのか」
「そうじゃっ、そんな事よりわしのことはヌエと呼べ、二度とマヌケと呼ぶなぁっ」
「そうか、悪かったなヌエ、悪気はなかったんだ」
「本当かっ」
「あぁ本当だ」
息を荒げるヌエだったが、徐々にその呼吸を整え落ち着いた様子を見せるようになった。しかし、この怒り様は幼いころに相当嫌な思い出があったのだろう、まぁ小さい頃からこんな調子だったのなら仕方のないことかもしれないが、それにしたって不憫だ、あまりにも残念過ぎるぞヌエ。
「ふぬぅ、同じ魔の者として許すとしてやるのじゃ」
「あぁ、ありがとう」
怒っていたと思ったら今度はうれしそうな顔をしながら許してくれる始末、なんともかわいいしぐさではあるがあまりにもちょろすぎる。
「それで、そなたの名前は何なのじゃ、さっきからわしばかり名乗っているではないか」
「・・・・・・」
「お、おい名前を教えるのじゃ」
「・・・・・・」
「そ、そなたの名前を教えていただきたいのじゃが?」
突如現れた自称魔女のヌエとの関係を築こうか築かまいか悩んでいると、彼女は申し訳なさそうに俺に問いかけてきた。
幼き頃の嫌な思い出でも浮かんだのだろうか、妙に顔色をうかがいながら話しかけてくるこいつは悪いやつではなさそうだ。そう思うと、せっかく名前を手に入れた手前もあって、ついつい名乗りたくなってしまった。
「カオナだ」
「おぉ、カオナというのか」
自己紹介というのは思いのほか気持ちの良いものだ。古くは武士が自らの名を名乗りながら先陣を切ったと聞くが、その理由がどこかわかるかもしれない、なんというか気分が高揚する気持ちでいっぱいだ。
「あぁ、カオナという」
「ふふん良い名じゃカオナ、わしの次に良い名じゃ」
「そうか、ありがとうなヌエ」
「うむ、それでカオナよ先ほどの話なのじゃが」
「あぁそうだな、会話を楽しもうじゃないかヌエ、俺も色々と聞いてみたいことがある」
「ほ、本当かっ」
「本当だ」
「じゃ、じゃあまずはその喋る本と話がしたいのじゃっ」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。だが今の言葉は俺の耳がなにかしらの影響を受けて変な風に聞いてしまっただけだろう。なにしろ俺と話をしたいといってきた奴だ、そんな奴がそんなことを言うはずがないじゃないか。
「おいお前は、今なんて言った?」
「だ、だからその喋る本と話がしたいのじゃ、えへへ」
どうやら聞き間違いでないことに気付いた。そして俺の不機嫌になった顔は誰からも見ることはできず目の前のヌエは何も察することもなくキラキラ、ワクワク、ウキウキとした目で俺に訴えかけてきている。
よぉし、こいつのキラキラを宇宙の彼方へと吹き飛ばしてヌエ座にでもしてやろうじゃないか。
「あぁそうか、お前はこの本とお喋りがしたいのか」
「う、うむ」
「そうかぁ・・・・・」
「そうじゃ、そんな珍しいものは初めて見たのじゃ、ぜひとも話してみたいのじゃ」
「ほぉ」
「なっ、なっ、早くおしゃべりを」
「だめだっ」
「え?」
「ダメだといったんだ二度も言わせるなこの思わせぶりっ娘がぁっ」
「ど、どうしてダメなのじゃ、あと、思わせぶりっ娘とはなんじゃ?」
「いいか、おまえは俺と話したいといっただろう」
「そ、そうじゃ」
「だろう、だとしたら今の一言目はおかしい。今のは俺との会話が目的ではなくまるでこの喋る本と会話してみたかっただけとは、何とも侮辱的な言葉だ、だからこそ俺はダメだといっているんだ」
「いや、決してそういうつもりではなくてだな」
「そぉら、俺と喋りたいんだろう早く話題を出してみろ自称魔女のヌエよ、俺と話がしたかったのだろうっ」
「ま、まぁそなたとも話してみたかったから構わないのだが」
「・・・・・・そうか、それで?」
「単刀直入に言うとな、わしと友達になってほしいのじゃ」
「は?」
「わしはここにきてまだ日が浅い、その上普通の人間ではなく魔の者でもある、だから友達になってくれる人を探していたのじゃ」
「友達が欲しいのかお前」
「う、うむ、小さいころはわしが魔女だと明かすまで仲の良い友達もいたのじゃが、魔女だと公言するようになってからは友達などできたこともない、だからな友達が欲しいのじゃ、具体的には魔の者の友達が欲しいのじゃ」
なんともけなげな願いだ、しかし俺だってここにいるカーラや悪魔図鑑と知り合って間もないし、こいつらの事なんて全然知っているわけじゃない。
それなのにまた新しい奴が現れるなんてのは俺にとっては迷惑この上ない、やはりここは早いところ逃げ出すべきだろうか?
「そうか、しかし友達なら魔の者でなくてもかまわないんじゃないのか?」
「い、いや魔の者でないとだめだ、裏切られる可能性がある」
「裏切り、何か経験があるのか?」
「あぁ、思い出すのも忌々しいが、わしは幼き頃に人間どもにひどい仕打ちを受けているのじゃ」
「どんな仕打ちだ」
「魔女狩りごっこというものだ」
「魔女狩りごっこだとっ」
「あぁ、奴らはわしを見かけると決まって木の枝や石を投げつけていじめてきたのじゃ、しかもわしが魔女だとわかる前までは仲良くしてくれていた者たちまでもじゃ、あれは二度と忘れられんのじゃ」
「なるほど、小さいころから苦労していたんだなお前は」
「そうじゃ、喋り方が変だとか怖いとか挙句の果てには大人からも蔑んだ眼で見られるようになったのじゃ」
当然だといってやろうとしていた時、ようやくチョココロネとの戦闘を終えたカーラが俺の足に抱き着いてきた。そしてナマケモノか何かのようにじりじりとよじ登ってきたかと思えば俺の肩まで登ってきた。
ふん、こんなかわいい奴のためならばいくらだって木になってやらんでもない、実にいい気分だ。
「ねぇねぇカオナ、この赤い人誰?」
「ん、あぁこいつはな」
俺が言うまでもなくヌエは不気味に笑い始めた、どうやら今日三度目となる自己紹介を決め込むらしい。帽子を少し深くかぶり、不思議なポーズまで決めたヌエはとても楽しそうに見えた。
「ふっふっふ、わしはマージョルカ・ヌエ・ケリドーエン、偉大なる魔女じゃ」
「魔女?」
「そうだ、驚いただろう美少女よ」
「すごい、魔女って本当にいるんだ」
「当然じゃ美少女よ、わしは偉大なる魔女なのじゃ」
「じゃあじゃあ魔法を見せて」
「む?」
「教会のシスターが怯えながら言ってたよ魔女は恐ろしい魔法を使えるって、ふふふ、怯えるシスターはとても面白かったなぁ」
興味深い会話を聞きながら、邪悪な笑いを見せるカーラに驚きつつも、気になるのは魔法の事だった。
「そうか、しかし俺も魔法は見てみたいな、こんな世界に来たのだから魔法くらいは目にしておかないと思っていたところだ」
「ふっふっふ、そなたらの期待はありがたく受け取るが、残念ながら魔法はそうやすやすと見せるわけにはいかないのじゃ」
「どうしてだ、ここにいる少女が見たいといっているんだ、見せてやってもいいだろう、それが大人の役目ってやつだろう?子どもには最大限の優しさをしてやるのが大人のサービス精神じゃないのか?」
「わしはまだ子どもじゃ」
「子ども?」
「そうじゃ、14歳の子どもじゃ」
「おいおい嘘をつくのはよしてくれヌエお前のような中学生がいるわけないだろう」
「いや、嘘ではなくてだな、本当に子どもなのじゃ」
「まぁ、こんなことを言うのはあれだがお前のそのボディは到底14歳のものとは思えない、何よりそのバストやヒップが14の少女とはかけ離れすぎている。
いいか、これは決して邪な目でお前を見ているというわけでなく純粋にお前という存在を観察した結果の発言だ、分かってくれるな」
「ず、ずいぶんと言い訳がましいが、どんな体型をしておろうがわしは子どもなのじゃ、だから大人のサービスはしてやれないのじゃ」
大人のサービスだと?まったくこいつはけしからん女だ、こんな所を兵士にでも見つかってしまえば俺はどうあがいても牢獄行きだ。それを考えて言葉選びをしてもらいたいものだ。
そして、そのおかしな言葉選びのせいで俺は自然とあたりを見渡したが兵士の姿はなかった。
「どうしカオナ、何を挙動不審になっておるのじゃ」
「別になんでもない、それよりお前が14歳というのは信じられん、何か証拠でも見せてみろ」
「証拠と言われてもそんなものはないのじゃ」
「そーか、だったらお前は年齢詐称というやつだな、本当は34だとかそれくらいの年齢だろう」
「ち、違うのじゃ妾をバカにするでない、妾は14歳じゃ」
「だから証拠を見せろと言っているんだ」
「証拠なんてないのじゃ」
まぁ、14歳の体には思えないが精神年齢だけならばそう見えなくもない。年相応といったところだ。
「証拠がないんじゃなぁ、そうだどこか学校に通っていたりしないのか、このあたりの子どもたちは皆学校に通っているぞ、学生証を見せてみろ」
「な、失くしたのじゃ」
「は?」
「失くしたから証明できないのじゃって言ってるのじゃ」
「おいおい、失くしたそれがどれだけ重要なものか知らないのか」
「そ、そんなの知らないのじゃ」
「いいか、人間にとって証明できる何かってのは必要最低限のものなんだそれを持っていないとなると、この広い世の中生きていけないぞ?」
「そんなの知らないのじゃ、それよりもそなたはどうなのじゃそなたはいくつなのじゃ」
「俺は年齢不詳だ」
真実を伝えるとヌエはやたらと驚いた。
「ね、年齢不詳っ?」
「あぁ、そうだ年齢の事など分からん」
「本当か?」
「あぁ目が覚めたらこんな体をしていて知らない場所にいたんだ、まぁあえて年齢を言うのであれば俺は生後6ヶ月といったところだろうか」
「む、むぐぐ生後6ヶ月とな」
「でもまぁ、魔の者にとって年齢なんてのは関係ないからな、それよりも魔女であるお前がそんなに年齢を気にするのはやはりお前はもしかしてただの人間なんじゃないのか」
俺の言葉にヌエはハッとした様子を見せた。それはまるで自分自身が魔の者であることを否定していたことに気付いたようであり俺は思わず笑いが込み上げてきた。
「ち、違うわしも年齢不詳じゃ」
「ふーん、まぁどうでもいいがとにかく魔法を見せてもらおうか」
「む、むぐぐだからそれは」
「どうした、まさかはったり魔女なんかじゃあないだろうな」
「はったりなんかじゃないのじゃ、そんなに言うなら少しだけ魔法を見せてやるのじゃ」
「おぉ、よかったなカーラ、この魔女さんが魔法を見せてくれるみたいだぞ」
「いえーい、早く見せろぉ」
「ふふん、本当に少しだけだからな」
断っていた割にまんざらでもなさそうなヌエ、こんなことならはじめから見せてくれればいいものをこいつは一体何が引っ掛かって魔法を使うことを拒んでいたのだろうか?
「よし、じゃあ見せてくれヌエ」
「よろしい、ではわしの指先を見るが良い二人とも」
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