第9話
これまでの静寂の反動ともいわんばかりの日常に、俺は少し不安を感じていた。
昨日はローラと悪魔図鑑に出会い今日は朝っぱらから名前をくれる少女に出会うときた。いくら天使のような者たちと出会えたとしても、静かな日常がこうも急変すると不安になるのは誰もが感じることだろう。
もうこうなったらここにいる銀髪少女も養い、ハーレムでも形成してやろうかと思っていると、先ほどまでいたはずの銀髪美少女が俺の元からいなくなっていた事に気付いた。
周りを見渡してもそれらしき美少女は見当たらなかった。
「おい悪魔図鑑、さっきの銀髪美少女はどうした」
「彼女ならアップルパイをもらった後嬉しそうにどこかへ行きましたよ」
「そうか、彼女は嬉しそうだったか」
「えぇ、それはそれはとてもうれしそうな顔をしていましたよ、よほどアップルパイが好きなのでしょう」
「そうなのかもしれないな」
なんだか不思議な出会いだったが、これ以上面倒ごとが増えそうにないと思うと俺は不思議と安心した。これもすべてここでの半月の生活から生まれたものなのだろうが
「ねぇねぇカオナ」
「ん?」
カーラが先ほどもらったばかりの名前を口にした。名前をもらったばかりという事もあってか、少し反応が遅れつつカーラを見ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。
「なんだ、何がそんなに面白いんだローラ」
「ううん、なんでもない」
「じゃあどうして名前を呼んだんだ?」
「ふふふ、呼んでみただけだよ、カオナ」
妙にうれしそうなローラ、こういう様子だけ見ればこいつが悪魔で吸血姫とかいう存在であることは信じられない。
だが、こいつは人を自在に操ることのできるとんでもない少女だ、それこそ大人になっちまえば人の一生を奪うことすらできる奴に育ってしまう可能性も秘めている。
そう考えると、小さいうちから教育しつくしてまっとうな大人にしてやるべきなのかもしれないと、そう思えてくる。
「おいカーラ」
「え、何?」
「さっさと帰るぞ、もう用事などないんだからな」
「えーっ」
「えーっ、とはなんだ帰るぞ」
「やだ、こないだの噴水でチョロネココ食べる」
「チョココロネだ」
カーラは首をかしげながらつぶやいていた。かわいい、かわいすぎる、どうすれば子のかわいいやつをこのかわいい状態で保存できるだろうか。なんならこの時間だけを何度かループさせる能力とかを身に着けたいものだ。
そうすればこのやり取りを何度か繰り返し悶絶した後、元の世界へと戻せばいいだけなのだ。くそ、こんなものを見せられてしまっては俺はもう噴水広場に行きたくなってしまうじゃないか。
「もういいわかった、じゃあ噴水広場に行くとするか」
「うん、行くっ」
どうせ暇だし構わないか、それにポケットにはちょうど最近お気に入りの短編集が入っている。
それを読みながら噴水広場で適当に過ごすのも悪くない、そう思い俺はカーラと共に噴水広場へと向かった。
広場は相変わらず人気がなく静かでとても落ち着ける場所だった。
だが、そんな落ち着ける場所と入ったもののこの場所で一人ぼっちになったことはなく、必ず誰か一人がこの広場で暇を持て余している。
それがどこのどいつかなんてのはわからず、毎日訪れるような奴は俺くらいだ。
そんな、一人になることのできないこの不思議な場所がどこか気に食わなかったり、どこか安心できたりと微妙な思いをさせてくれているのだが、どうやら今日はそんな微妙なものではなくはっきりと不安な気持ちにさせる者がいた。
それはこの自然あふれる噴水広場の爽やかな景観にそぐわぬ赤毛の女だった。頭には三角帽子と背中には黒いマントだ、靴は茶色いブーツを履いているようで、サイズがあっていないのか少しぶかぶかとしているようにも見えた。
あんな髪色をしたやつはここにきてから見たことがない、いわゆる初めて見た部類だ。
緑やら青やらとおかしな髪色を見たことはあったが、さすがに赤は見たことなかった。そんな物珍しい女を発見した俺はなぜか噴水の近くで立ち尽くす赤髪の女に見とれた。
隣のローラがチョココロネと戦うかのように食事している様を横目に、やはり気になる赤髪の女を見ていると、女は突然叫んだ。
よく聞き取れないような叫び声発声したかと思うとその叫びと共に噴水が勢いよく吹き出した。まるでマジックショーでも見ているような光景に驚きはしたが、近くにある時計を見て納得した。
時刻は10時、そういえばこの時間帯になるといつも噴水が高く上がるのだった。しかし、あの赤髪の女はまるで分っていたかのような叫び声だった。
もしやいつもここにきている常連だったりしただろうか、いやそれにしてはあんな目立つ奴を見逃すわけがない。
そう思いかなり気になる赤髪の女を見つめていると何やら声が聞こえてきた。
「ふっふっふ、今日もわしは絶好調よ」
不穏すぎるセリフ、それは間違いなく赤髪の女によるものだろうが、それにしたってずいぶんとおかしな言葉だ。
おまけに一人称が「わし」だ、こんな奴と関わり合いになろうものなら俺は魔女の仲間か使い魔にでも疑われかねない。
それに、どうにもこうにもカーラや悪魔図鑑と出会ってから妙な出会いが続いている。さっきも姓名判断師の少女に出会ったばかりだし、ここは変なイベント起こす前にここから退散すべきだろうか?
いや、それともこのおかしなイベントを傍観して暇つぶしすべきだろうか?
そんな二択で悩んでいると赤髪の女は突然俺の方を向いた。まるで俺の気配を察知したかのような動きに思わず戸惑ったが、俺以上に驚いていたのはむこうの方だった。
「なぁっ」
再び聞こえてくる奇声、赤髪の女は驚いた様子で俺を見つめてきた。そして、そのまま俺のもとへと近づいてきた。
警戒した様子で近づいてくると俺をじろじろと見渡し、最後の確認とでも言いたげに俺の頭へと視線を移すと再び奇声をあげた。
「ひゃぁっ」
「おい、いきなり大きな声を出すな」
身なりはおかしな奴だが反応そのものは一般人と何ら変わりはないようだ。
「か、かかか、顔がないっ」
「・・・・・・」
ただ、もはや見慣れた反応ではあるがここまでオーバーな奴は初めてだ。
俺が知っている反応は大概俺を一目見るとびくっとして目を逸らすか、ひそひそと「顔がない、まるで悪魔だ」という言葉を吐く反応だけだ。
それくらい人間というものは驚くことに関して鈍感であり、妖怪が絶滅した理由が分かった気分になっていたものだ。
だが目の前にいる赤髪の女は違う、目を見開き、少しうるんだ瞳で俺を捉えている。その無様な姿に思わずかわいさを見出した俺であったが、隣でチョココロネと戦うカーラには敵わない様だ。
そんなことを思っていると、赤髪の女は突然平静を装い始めた。
「ふ、ふんそうか、そなたもまたわしと同じ境遇の者といったところか」
「なに?」
「失われた頭部をもつ男、ふふふ、なかなかに面白いぞ」
「おい、何を言っている」
「我が名はマージョルカ・ヌエ・ケリドーエンお前と同じく魔の者だ、それも最上級のなーっ」
自らを魔の者と称する「マージョルカ・ヌエ・ケリドーエン」略してマヌケの登場に、俺はすぐさま悪魔図鑑を彼女に投げつけた。
すると投げつけた悪魔図鑑はローラの時のように触手を出すわけでもなく、普通にぶつかり地面に無残に落下した。
「ひゃぁ、な、何をするっ」
「そうですよ主様、一体全体どういうつもりで私を彼女に投げつけたのです?」
悪魔図鑑は怒った様子で俺のもとへ飛んで帰ってきた。いつもよりはばたく回数が多めのところが怒っている証なのだろう。
しかしどうして触手が発現しなかったのだろう、こいつは今まさに魔の者といって見せたぞ。
「にゃぁぁぁ、本が喋ったっ」
なにやら本を投げつけられたことによる驚きから、今度は悪魔図鑑が喋ったことに関して驚きを見せるマヌケは、さながらリアクション芸人だ。
まぁこれだけ驚いてもらえるとなんだこっちまでうれしくなってしまうのは不思議だが、それにしてもこいつは悪魔じゃないのか。
「なんだ悪魔図鑑、こいつは悪魔じゃないのか?」
「違います、それに私は主様に悪魔は皆幼いと申したはずですっ」
「あぁ、そうだったな」
「だったら彼女がもう幼くなく、悪魔でないことはわかるでしょう?」
確かに体つきから察するに、もうすでに少女を脱し女性の体をしている。出るところは出ているし、ひっこむところは引っ込んでいる。要するに土偶のような体型をしている。
「そうか、だがこいつが魔の者だと言うものだからついな」
「違いますっ」
悪魔図鑑が怒って否定したところで赤髪の女が突然「違わないっ」と叫んだ。
一体どうしたのだろうと彼女を見ると赤髪の女は涙目になっていた。全く、感情の起伏が激しいのは女らしいといえば女らしいかもしれないが、このままヒステリックな感じにでもなろうものなら俺は今すぐにでもここから逃げ出してやるぞ。
「わ、わしは偉大なる魔女じゃ、魔の者に決まっているであろう」
「「は?」」
思わず悪魔図鑑を声をそろえてしまったが、だれが聞いてもこの反応をしてしまうだろう。
魔女、こいつの言葉を信じるならば俺は少しだけ嬉しい、なぜならこの世界へとやってきて半月、魔女たるものに遭遇していないからだ。
それこそ、どこからともなく火を起こして見せたり、雷やら水やら風やら、とにかく魔法に代表的なものを見たくてたまらなかったし、なんなら弟子にでもなってみたかった。
だが、こいつの言っていることが嘘なのであれば、俺はこれ以上中二病には付き合ってられん、そんなのに付き合えるのは、同年代の奴かこいつの事を性的に見るような狂った万年発情期野郎にしか無理だということだ。
それに、こいつと会話しているとさらに面倒ごとが増える気がする。
イベントが盛りだくさんで嬉しいのは確かだが、こいつによって俺の平穏が脅かされそうな気がしてならない。ただでさえカーラという爆弾を抱えているのにこれ以上厄介なものは抱え込みたくない、こいつらだけで充分だ。
「そうかそうか、おまえは魔女だったのか」
「そうじゃ、恐れおののいたか失われた頭部をもつ男よ、それに喋る本まで、ふふふ、ようやくわしにも仲間が現れたというわけだな」
何やら勝手に仲間にされてしまっているようだが、ここは相手のペースにのまれるわけにはいかない。
「そうか、じゃあ帰るか」
「え?」
「じゃあなマヌケな魔女」
「ま、待つのじゃ失われし頭部をもつ男っ」
回りくどい言い方でイライラするが、今ここでこいつに名前でも教えようものなら、今後もこいつとの関係が続くような気がしてならない。ここは名も名乗らず心も開かずが正解だ。厄介ごとなどカーラと悪魔図鑑だけでいい。
「なんだ、何か用でもあるのか?」
「い、いや用はないのだがもう少し話でもと思ってな」
「話だと?」
「あ、あぁ話をしようじゃないか」
「ほぉ、お前は顔のない俺のような奴を話がしたいというのか、あれか、おちょくるつもりか、ん?」
「違う、せっかく仲間に出会えたのだ、おちょくるなんてそんなことするわけないだろう、絶対にするものかっ」
やけに言い切るマヌケ、しかも「フンスッ」という擬音が聞こえてきそうなくらいの気合の入り様だ、よほど正義感が強くまじめな奴なのだろう。
「それで、仲間とはどういうことだ?」
「わしは、さっき言った通り魔女だ。だから、同じく魔の者同士仲よくしようではないか、失われた頭部をもつ男よ」
「すまない、俺はごっこ遊びに付き合ってやれるほど寛大な人間ではないんでな」
「ごっこ遊びではないぞ、わしはそんな滑稽なものではないし、ちゃんとしたれっきとした魔女じゃ」
この女ずいぶんと真剣な様子で語るじゃないか。確かにこの異世界で悪魔がいるのであれば魔女だっているかもしれない。
だが、魔女というやつはつまるところ魔の者というわけだ。そして、俺が手にしている悪魔図鑑は要するにそういうやつらが絶滅し再びこの世に復活している最中。
つまり、その悪魔図鑑がこいつに反応していないところを見る限り、こいつが魔女じゃないことは確定している。
それどころか中二病であることも確定しているというおまけつきだ。
こんな分かりきった面倒な奴にかまうほど俺はバカじゃない、変に優しくするとヤンデレやらなんやらに変貌して、最後には包丁で刺されちまうような結末になりかねん。やはり、ここは強引にでも逃げるべきだ。
「それでだな失われた頭部をもつ男よ、わしと一緒に少し話でも」
「さぁて、そろそろ家に帰ろうか」
「えっ」
「全く、いつまでチョココロネと戦っているんだお前は、もう家に帰るぞカーラ」
俺はマヌケの事など無視をして帰り支度を始めることにした。若干かわいそうではあるが仕方がない。お前のように可憐で中二病の女ならこの都にいる男共がほっておかないだろう、わざわざ俺が相手にしてやることはない。
「むー、だってこれ食べるの難しいもん、カオナも食べてみればわかるよ」
「バカだなローラ、そいつはまず握りつぶして中に入っているチョコをすべて飲み干すんだ、そしてそのあとパンを食べるのがマナーだそんなことも知らないのか?」
「はえー、そんな食べ方するんだ」
「・・・・・・何を言う、嘘に決まっているだろう」
「え、嘘っ」
「当然だ」
「嘘つきはドロボーの始まりなんだけど、どうして嘘つくの」
「お前のような少女がどうしてそんな言葉を知っている、それに俺はそんな汚い食べ方をするなよと注意したかっただけだ」
「そうなんだ」
「あぁ、お前はさっき俺が言ったような食べ方をしかねんからな」
「し、しないし変なこと言わないで」
「変なことじゃない、俺はそれなりのマナーをお前に叩き込むつもりだ今日からちゃんと覚えるんだぞカーラ」
「マナー?」
「あぁ、そうだこれから家に帰ってお前を徹底的に教育し素晴らしき天使のような女性に・・・・・・」
そう、帰って平和に教育的に過ごそうとしていたのだが、俺の大切な服を引っ張ってくるやつが邪魔をしてくるようだ。
今にもちぎれんばかりに引っ張ってくるやつは紛れもなく自称魔女っ娘の「マヌケ」だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます