第8話


 銀色の髪の毛の美しい少女、カーラとはまた違った儚い美を体現して見せる少女を目の前に思わず見惚れた、だが、少女の美しさ以上に俺にはどうしても気になることがあった。   

 それは、彼女の頭にまるでもやしのような触覚が生えているということだ。

 怪しい、怪しすぎてもはや今すぐにでもこの場から立ち去りたいのだが、俺の目に映るこの銀髪美少女を前に、俺は何とか一つのイベントでも発生させたくてたまらなかった。

 それすなわち俺はこの美少女を五感すべてで感じ取ってみたくてたまらなかったのだ。

 この世のものとは思えない美しくも不思議な少女を前に、理性と戦いながら思わずその場で立ち止まっていると、彼女は俺のもとへと歩み寄ってきた。距離にして数センチまさかスリでもされるのかと身構えると彼女は俺をじっと見上げ小さな口をゆっくりと開いた。


「名前、いりませんか?」

「はぁ?」


 「名前いりませんか」そう尋ねてきた少女の質問の意味が分からなかった。マッチとかならまだしも名前なんて売られるなんて俺は一体どんな対応をしていいかがわからなかった。そんな状況にただただ立ち尽くしていると耳元でカーラが大声をあげた。


「あーっ、この子私に名前くれた人だっ」

「おいこらっ、いきなり大きな声を上げるんじゃないっ」


「ご、ごめんなさいでもこの子の事知ってるよ」

「なに、この少女を知っているのか?」


「うん、頭にぴょこぴょこしたかわいいのついてるからよーく覚えてる、この子私に名前くれた子だよ」

「確かに、頭に妙なものがついているな」


 こんな不思議な少女に出会おうものならば、そりゃアホの子カーラにも覚えてもらえるだろうが。それにしたってこの不思議な少女、どうして俺に名前を売りつけてこようとするのだろうか?

 どうにも怪しいもしやこれがうわさに聞く少女を使って馬鹿な大人から金をせしめるやり口か?


「お兄さん名前はいりませんか?」

「な、名前だと?」


「はい、今なら無料で差し上げます」

「無料?」


「はい」

「・・・・・・一ついいか?」


「なんですか?」

「どうして名前をいらないかと俺に聞くんだ、まるで俺の名前がないとでも思っているのか?」


 そうだ、普通に考えれば俺のような大人の男に名前がないなんてことは考えられないはずだ。

 まぁ、この少女が名前売りごっこというかわいいという言葉を百連呼しなくちゃいけないほどのごっこ遊びをしているのならば別だ、なんてことを考えているとカーラが俺の足に抱き着いてきた。


「えー、お兄さんって名前ないんでしょ」

「そうです、名前など無いといっておられたではないですか主様」


 カーラと悪魔図鑑は、まるで俺を貶めるために画策していたようにしか思えない。

 なんとも思い通りにならない展開であり、こいつらの言っていることは正しいが、こうも横やりを入れられるのは非常に腹が立つものだ。


「えぇい、黙っていろお前たち、俺は今この美しい少女と会話しているのだ、なぁ銀髪美少女お前もそう思わないか」

「名前はいりませんか?」

「・・・・・・こいつ」


 もはやロボットのように同じことしか言わないこの少女、そして相変わらず俺の質問に対して、まともに返答してくれるやつはこの世界に存在しないのだろうかと、思わずため息が出た。


「名前いりませんか」

「あれか、お前は名前売りを商売にしているのか?」


「はい」

「ほぉ、ではその商売とやらに付き合おうじゃないか、ぜひとも私に名をくれないか」

「少し待ってください」


 そういうと銀髪少女は俺の事をじろじろと凝視してきた。


 そして体のあらゆるところを眺めた後、今度は体をべたべたとさわってきた。まぁ美少女に触ってもらえるのは実に良い・・・・・・じゃなくて、悪い気分ではないからおとなしくしていると、彼女は満足した様子を見せた後ゆっくり頷いた。

 さて一体どんな名前をつけてくれるのかとても楽しみだ。


「もう思いついたのか?」

「はい」


「じゃあ教えてくれ」

「カオナというのはどうでしょう」


「カ、カオナ?」

「はい、カオナですあなたにはカオナという名前がとてもお似合いです」

「ふむ、カオナか」


 耳になじむとてもシンプルな名前だ、個人的には全然悪くない名前に思わず感心した。この銀髪美少女、名前売りを商売にしているだけの技量はあるということなのだろうか。


「とてもお似合いの名前ですよ主様、ぜひとも名前をいただきましょう」

「そうだよお兄さんもらおう、もらおう」


「いや、まぁそうだな確かに悪くはないがその前にお前は一体何者なんだ銀髪美少女」

「私?」


「あぁそうだ、突然現れてまるで図ったかのように俺に名前をくれるだなんて、どうにも納得いかん」

「私は姓名判断師、人に名前を授ける仕事」


「セイメイハンダンシ?」

「うん」


「まさか、姓名判断師というのは空想上の職業じゃないのか?」

「実在します」


 どうにもこうにも運命的すぎる遭遇に俺は納得できなかった。


 だが名前がもらえることと、その名前が妙に気に入ってしまったことから、俺はもはや銀髪少女が誰であろうとどうでもよくなってきた。

 わざわざ確かめるかのように聞いておいてなんだが目の前のかわいい少女の前に、そんな他愛のない疑問などどうでもよかった事に今更ながら気づいてしまった。


「そうか、姓名判断師はいたのか」

「はい」


「よぉし、じゃあ名前をくれた代金を支払おう、いくらだ?」

「お代はいりません、あなたの名前を付けたのは私の使命なので」


「使命?」

「使命とはその名の通り使命です、なのでお代はいりません」

「ふむ、しかしな、このままお前をタダかえすわけにはいかない」


 そう、借りを作りたくないだとかそういうちんけな思考はまったくもってない。

 だが、こうして優しさを受け取ったのならばそれはやはり何かしらの形で返したいというのが俺の信条だ。そう思い何かお礼をできないものかと悩んでいると、誰かの腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。


「ん、一体だれの腹の虫が鳴いている?」

「わ、私じゃない」


 恥ずかしそうに否定するカーラはどこか安っぽい演技をしているように見えた。


「別に誰もお前だといっていないだろう」

「勿論私でもありません」


「当然ご存じだ悪魔図鑑、冗談はよせ」

「すみません」

「となると、腹が減っているのはお前か」

 

 銀髪少女は空腹を見抜かれたのが恥ずかしいのか、少しうつむいた様子で恥ずかしそうに首を横に振っていた。だが、彼女の両手は腹部に充てられており、それはまるでお腹の音を隠すかのようであった。


 その様子に、俺はすかさずローラの持っている紙袋からアップルパイを一つ取り出した。


「よぉし、このアップルパイをやろうこれで腹を満たすんだ」

「お、お代はいりません、使命ですので」


 かたくなに使命とやらにこだわる少女、こういうところも強情でかわいいし謙虚なところは非常にポイントが高い。

 ここでいうポイントというのは俺の中に存在する個人的採点方法から絞りだされるものだが、今はそんな事どうでもいい、とにかくこの少女はなかなかに良い子だ。


「いいか姓名判断師の少女よ、人とは互いに尊重しあって生きるものだお前は俺に名前をくれて心の空腹を満たしてくれた。

 だから俺はお前の体の空腹を満たしてやるといっているんだ、素直に受け取ってくれないか銀髪美少女よ」


「・・・・・・あなたがそこまで言うのであれば、いただきます」

「あぁ受け取れ」

「いただきます」


 アップルパイを上げることでブーブー言っているカーラが背中に乗って暴れ始めたが、そんな奴はほっといて俺は銀髪美少女にアップルパイを渡した。

 すると彼女は少し口角を上げたように見えた。それが天使にふさわしき風貌であり俺は思わず銀髪少女に触れたくなった。だがそれを止めるかのようにカーラが俺の服をちぎれんばかりにひっぱってきた。


「ちょっとぉ、あのアップルパイってやつ私のじゃないの?」

「お前にはチョココロネがあるだろう」


「そうだけど、あれも食べたかった」

「うるさい、帰ったらリンゴをやるからそれで我慢しろ」


「えっ、ほんと?」

「勿論だ」

「じゃあいいよ」


 リンゴ一つで納得させることに成功したが、それにしても俺はこいつと出会ってから妙に騒がしくなった、こんなにもうるさくて騒がしい日はここで目を覚ましてから初めてだ。

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