第7話
まったくもって朝から災難続きだとため息交じりに玄関を飛び出すと、玄関前には黒いローブを羽織った女が立っていた。
こんな朝早くからどうしてこの場所にいるものかと、少し警戒しながらカーラを抱き寄せると、そいつはなぜか笑顔を振りまいてきた。
「おはようございまし」
「まし?」
おまけに変な挨拶までしてきた黒いローブの女は最高にヤバイ雰囲気を漂わせていた。こいつは俺よりもヤバイそう思える相手に思わず体に力が入った。
「えぇ、おはようございまし」
「お、おはようございます、何か御用ですか?」
「えぇ、あらかわいい娘さんですねぇ、おいくつですか?」
「おい何の用だと言っているのか聞いているんだババ、いやなんの用ですかお姉さん」
「え、あの、今ババって言いませんでした?」
「な、何を言っているんですか、今日はババロアを作ろうって思っていただけですよ、つい口に出しちゃいました、いやぁお恥ずかしい」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ、そうです最近ババロア作りにはまってるんですよ」
危ないあぶない、ついついこの成熟した女の事をババアといいそうになってしまった。運の良いことに寸前のところで口が止まったが、危うく最後のアが出てしまうところだった。もしも言っていたならばそれはもう大変なことになっていただろう。
「ねぇババロアって何?」
「ババロアってのはとてもおいしいものだ、そんなことも知らないとはカーラはなんと愚か者よ」
「愚かじゃないっ、でもそれ食べてみたい」
「あぁわかったわかった、じゃあ俺たちはこれからから出かけますから営業はまた今度にしてもらえますかバ、お姉さん」
「いえいえ、営業というわけではありませんのよパパさん、っていうかバお姉さんってなんです?」
「噛んだだけだですよ、それよりパパさんとは俺に言っているんですか?」
「えぇ、お二人は親子なんですよね」
「何を言っている俺は」
と、ここで俺は重大なミスを犯しかけていることに気付いた。そう、それはこんなところでこんな幼女と一緒にいるこの状況。この状況でもしもパパでないことがあったとしたら今度こそ俺は本当に牢屋から出てこれないことになりかねない。
「お、俺はなんですか?」
「・・・・・・いや、その」
「あの、あなたは一体?」
「パパパ、パパに決まっているだろ何言っているんですか、おかしなことを言わないでくださいよ」
「あ、あはぁ、そうですよねこんな小さなお嬢さんと一緒に暮らしておられる方がパパ以外の何者であっていいはずがありませんものねぇ、おほほほほ」
「そ、そのとーりだぁ、実に素晴らしい洞察力だお姉さん、ではパパである俺はこれから娘とお出かけするので失礼します」
もうこんな心臓に悪いことはやってられんと、カーラの手を引いてとっとと商店街へと向かおうとしていると黒いローブの女が俺を引き留めてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいパパさん」
「なんなんだお前は、いい加減にしないとそろそろ俺も敬語の限界を迎えそうだぞっ」
「あと少しだけ待ってくださいパパさん、このチラシだけでも貰っていただけませんか?」
「チラシ?」
「はい」
そうして手渡してきたのは「ジョンヌ教会孤児院」と書かれた一枚の紙、どうやら孤児院ができるらしく、目の前の黒いローブの女は笑顔でよろしくお願いしますといってきた。
孤児院の人間がこんなにも怪しい格好で来るものかと思ったが、面倒ごとに首を突っ込まないためにすることにした。
「これを俺に渡して一体何の意味があるというんですか?」
「いえ、身寄りのない子どもや恵まれない子どもを見かけたらぜひこちらのジョンヌ孤児院にと思いまして」
「これは都が拠点とする聖教会とは違ったものなんですか?」
「聖教会?そんなうす汚れた場所と一緒にしないでいただきたいですねっ」
目の前の黒いローブの女は鋭い目つきで俺をにらんできた。かと思いきや慌てた様子で嘘くさい笑顔を作り上げた。全く持っておかしな奴だ、これ以上関わり合いにならない方がいい。
「あ、いえ、おほほほほ、失礼しましたわそれではよろしくお願いしますね、かわいいお嬢さんとパパさん」
「あっ、おいっ」
何とも嘘くさくも思える笑顔に疑問を抱きつつ、奇妙なチラシを渡してきた女はそそくさと俺の元から去っていった。
その背中を見送った後俺は再びジョンヌ教会孤児院とやらのチラシを眺めた。何とも胡散臭いチラシなうえ孤児を見つけたら届けろだなんて。
おまけに聖教会にはかなり敵対している様子だし、黒いローブを来てチラシ配りをするような痛いやつらだ、俺の平穏な生活の妨げにならに事を願うばかりだ。
「お兄さんその紙なぁに?」
もしかするとあの女に連れ去られていたかもしれない孤児といっても過言ではないカーラがやってきた。
「あぁ、お前を預けるところが見つかって喜んでいたんだ」
「えっ、私預けられるのっ」
「あぁそうだ、ここに預かってもらえばお前は俺といるよりいい暮らしができるかもしれんぞ、甘いパンもたくさん食べさせてもらえるかもしれない」
「あっ、どうせ教会に連れて行くんでしょ、私教会嫌い」
「似たようなところだ、お前のように出所のわからん幼女にはぴったりの場所だ、今から連れて行ってやろう」
「なんでっ、今から甘いパン買いに行くんじゃなかったの?」
「そんな予定は俺の気まぐれの前には無意味だ」
「ふんっ、別に連れて行ってもいいけど私すぐにお兄さんの元に戻ってくるから」
「ど、どうして俺のところに戻ってくる必要があるんだ、俺がお前に何をした」
「だって教会にいる人嫌な人ばっかりだし、その点お兄さんは優しいからお兄さんのそばにいるのが正解だって私の直感が言ってる」
「なんだ、その口ぶりだと教会にいたことがあるみたいだな」
「入ってすぐに脱走したよ、だって黒いお化けみたいな人たち私を変な目で見るんだもん」
「黒いお化け?」
「うん、シミタ―とかいう人」
「その物騒な言葉をどこで覚えた、シスターだろう?」
「そうそれっ、あの人嫌い」
「シスターを嫌うなんて、とんでもない奴だ、俺はとんだリトルギャングを拾ってしまったかもしれんな」
「トリギャングってなに?」
「・・・・・・とりあえずパンを買ってとっとと帰るぞ」
「え、うん」
そうして俺はパンを買いに街へと繰り出した。その道すがらさっきの黒いローブの女が、俺を見たにもかかわらず平然と挨拶や会話をしてきた事に俺はこの町での認知度が高まってきているのだろうかと、疑問を抱きつつも少し安心していた。
この調子でこの街に溶け込み平和な生活を続けていくことができるのを切に願うばかりだ。奇妙な出会いもあったが俺はいつもと変わらぬ街並みを歩きながら通いなれているパン屋へと向かった。
通いなれているとはいえ、パン屋の店主と仲がいいわけではない。だから、いつものようにさらっとパンでも買って帰ろうとしているとカーラが大きな声を上げた。
「わー、すごくおいしそう、こんなにたくさんのパンがあるんだ」
「あぁそうだな、だがなカーラお前のそのうるさい声がとてつもなく迷惑になっているということに気付いてくれないか」
「ごめんなさい、でもとてもおいしそうだよ」
俺の忠告にカーラは素直に声を小さくした。
「もういい好きなのを選べ、それを買ったら家に帰るぞ」
「うん」
カーラはチョココロネとアップルパイを選んだ。バカみたいに食べきれない量を持ってこない辺り多少の頭脳を持ち合わせていることに驚いたが、余計な手間が省けるのは非常に良い事だ。
そうして、それらを会計に持って行くと、俺の時とは違いずいぶんと気前の良い笑顔の店主はニコニコと会計をこなしていた。
その様子に憎たらしさを感じながら会計を済ませると、カーラは嬉しそうに自分が選んだパンをうれしそうに持った。
そんな様子がなんとも新鮮というか、俺が初めてここでパンを買った時を思い出すようで自分で少し恥ずかしくなった。
そうして嬉しそうなカーラをみつめながら帰路についていると、ふと悪魔図鑑が話しかけてきた。
外だというのにお構いなく話しかけてくるこいつの精神を疑ったが、ちょうど人がいなかったこともあり俺は会話を続けることにした。
「どうした悪魔図鑑」
「主様はどのようにしてお金を稼いでおられるのですか?」
「なんだ、どうしてそんなことが気になるんだ」
「いえ、主様はどんな仕事をしているのかと思いまして、よもや主様のような頭のない人を雇ってくれるところがあるとは思えないくて」
「あぁ、それなら心配いらん」
「と、申しますと」
「俺は仕事はしていない、だがこうして腹をすかせた幼女にパンを買い与えることができる。なぜなら俺は働く必要のない大金持ちだからなーっはっはっは」
「それは本当ですか?」
「あぁ、それはもう眼が眩むほどの金銀財宝が俺にはある。それを目にしたら俺はあっという間にこの異世界で平和に暮らしていこうと決めたぞ。
勇者になって魔王をうちほろぼすなど金のないやつがすること、俺はこの有り余る財で存分にこの世界を楽しむと決めたのだ」
「なるほど、だからそれなりに良い身なりをしておられるのですね」
まぁ、金はあっても美少女との異世界冒険はいまだあきらめきれていないが。
「俺が着ているこのスーツは服屋で特注してもらったやつだ、こいつだけにはどうしてもこだわりたかったのでな」
「では働かなくてもお金に困ることはないと」
「あぁ、なんならお前のために最高級のブックカバーでも作ってやろうか?」
「いりません」
「そうか、そいつは賢明だな、もしも作れとせがんでいたならばすぐにでもお前をゴミ箱に投げ入れていたところだ」
「そうですか、しかし主様その金銀財宝とやらはまるで頭を失った代償のようですね」
「・・・・・・なんだと?」
「ですから、お金を得る代わりに頭を失ったといっているのです」
「ふむ、そういわれればそうかもしれないな、だがお前を悪魔で埋め尽くせば願いが一つ叶うのだろう」
「はい」
「それで世界一美しい頭でも願えば俺は大富豪かつ美人つまり最強の生物としてこの世界に君臨することが出来る、そう考えれば頭のないことなど取るに足らないことであり俺はつくづく恵まれている」
「それはそうですが主様は私の事など興味ないのでは?」
「あぁ、今はこの金を使って優雅に過ごすことの素晴らしさを満喫しているからな、顔なんざなくたってそれなりに暮らせるようになっている」
「では、やはり悪魔図鑑は完成させる気はないと」
「あぁ、なんなら俺の元から去ってもいいぞ、お前のような奴を必死こいて完成させたい奴らがそこらにはごまんといるだろうからな」
「いえ、私は主様の所有物ですので去りません」
「ずいぶんと強情だな、何故俺にこだわる」
「あなたが私の主にふさわしい人だからです」
「何を根拠にそんなことを・・・・・・まぁいい、とりあえず今日は家でゆっくりと本を読みながら紅茶を飲む」
なんだか不気味な言葉を聞いてしまったが、とにかく今日も優雅な生活を送ろうと思っていると、俺たちの前に一人の少女が現れた。
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