第5話

「よろしいのですか主様?」

「何か文句でもあるのか悪魔辞典」


「いえ、ただ随分と大事そうにおぶって帰っていらしたので大切なお方なのかと」

「いいか悪魔辞典とやら、もしもお前が俺の所有物とい張るのなら覚えておけ」


「はい」

「俺は気まぐれという言葉が大好きだっ」


「気まぐれ、ですか?」

「あぁそうだ、気まぐれというのはいかなる状況においてもその時の気分によって行動するということだ。そして、それはつまり何物にも縛られない最も自由で運命的な行動なのだ。

 つまり、今日この天使か悪魔かわからんが、結局悪魔だったこの少女を連れ込んだのは、気まぐれによる運命だということだ。それを大事そうにだとか、何とかっていう表現で人の心を見抜いたような言葉を発するのはやめろ、分かったか?」


「分かりました、つまり吸血姫とは運命的な出会いをしたというわけですね」

「あぁ、そうだ実に運命的だったぞ、噴水のあるベンチでサンドイッチを食べていたら突然この少女が俺のもとへとやってきたのだ、こんな顔のない俺にだぞ、それを運命的と言わずしてどう言うっ」


「それは、とても運命的ですね」

「あぁ、つまりこれまでのいきさつは決して俺の意思ではなく運命的なものなのだ」


「分かりました、主様がそういうのであればそうに違いありません、主様と吸血姫は運命的に出会った」

「あぁ、それより悪魔辞典」


「なんでしょう」

「最後に聞きたいんだが、その吸血姫というのはどういう意味だ?」


「端的に申し上げますと、悪魔の中には多くの吸血一族がいます、その中でも最も位の高い吸血族が吸血姫なのです」

「吸血一族?」


「その名の通り血をすする悪魔の事です、先ほどの吸血姫のページに記されていたはずですが」

「ふーん、そうかさすがは異世界だ、それくらいの生き物は普通に存在するといことだな」


「はい、私のページ数を見ればお分かりと思いますがこの世の悪魔の種類はかなりの数があるとされています」

「そうかそうか、面白い話だな悪魔図鑑」


「そうですか、喜んでいただけたなら今後とも私を・・・・・・」

「だが、俺にはもう必要のないイベントだな」


「と、いいますと?」

「俺はロリコンになる気はないし、悪魔を集めて教育してやるつもりもない、頭だってなくても何ら問題はない生活を手に入れることができた。

 つまり、俺はここでの平穏な生活を心ゆくまで満喫する、だからお前らは俺の生活には不必要と判断した。そして、この気まぐれな思考によりお前たちをこの家から放り出すことに、たった今気まぐれで決めた」


「「えっ」」


 見事にシンクロした反応を見せた少女と悪魔図鑑は驚いた様子だった。そうして、俺はすぐさま少女を抱え上げ、そして手に持っている悪魔図鑑を家から優しく放り出した。

 放り出した際に少女がかわいらしい悲鳴を上げたが、それはそれとして俺は別れのあいさつでもしてやることにした。


「じゃあなお前ら、悪魔同士仲良くやるんだぞ、俺はこれからおいしいパスタでも作って食べることに決めたんだ、じゃあな」

「ちょ、ちょっと待ってお兄さんっ」

「いや待てないな、俺の愛しき胃袋が悲鳴を上げているから、早く助けてやらないといけないんだ、じゃあな」


 俺は扉を閉めてがっちりとカギを占めた。カギを占めた後、玄関をトントンとかわいらしい音を立てている音が聞こえたが、俺はすぐに夕食の準備に取り掛かることにした。

 そうしてご機嫌に料理の準備をしている途中、突如として大きな物音が家に鳴り響いた。それは間違いなく玄関の方から聞こえており、俺はすぐに玄関へと向かった。


 すると、玄関では扉が破壊されそうなほどたたかれている様子が見受けられ、俺は恐るおそる玄関の扉を開いた。すると、そこには先ほどの少女の姿があり悪魔図鑑を大切に抱きながらを俺を見上げてきた。


「なんだ、せっかく自由の身にしてやったというのにまた戻ってきたのか?」

「兵士さん、この人悪魔だから捕まえて」

「あぁん?」


 少女の発言と共に、俺の家に大量の兵士達がなだれ込んできた。そして、あっという間に俺は押さえつけられ、両手両足を手錠で拘束された。


「な、なにぃっ、どうしてこの平穏なマイホームに兵士共がっ」

「よぉお兄さん、ようやく正体現したんだってな」


 俺を真っ先に押さえつけてきた中年髭面の兵士はそういった。俺につかみかかりながら荒々しい息を吐きかけてくる野郎は俺の気分を最底辺に落としてきた。


「ど、どういうことだ、これは一体何の冗談だ貴様らっ」

「いやいや、この子から聞いたよ、あんた悪魔なんだってな」


「ち、違う、誤解だっ」

「いやいや、誤解も何もあんた顔がないじゃないか、そんなやつが普通の人間なわけないだろう、毎日監視してたかいがあったぜ」


「ち、違う、これは生まれつきこういう体質なんだ、それに私は何も悪いことをしていないだろうっ」

「いんや、あんたは悪いこともしちまったんだよ」


「なにっ、どういうことだ」

「ここにいる子が無理やり家に連れ込まれたっていうんだ、これは立派な誘拐っていうんだよ」


「な、なにぃーっ」

「ふふーん、お兄さんが私に意地悪するからだよ、兵士さんに捕まえてもらっちゃうもんね」


 まるでやってやったとでも言いたげな様子の少女は偉そうにふんぞり返っていた。


「この悪魔がぁっ、とっちめてやるっ」

「ほらほら、暴れんとおとなしく捕まりな、そしたら痛い思いはさせないさ。まぁ、つかまった後何されるかはわからんけどなぁ」


「ちょ、ちょっと待て、俺はこう見えても真面目に生きてきたんだ、それをこの少女の一言で逮捕するというのか?」

「あぁ、この子の言うことは絶対だからなお兄さん」


 絶対、その言葉に違和感を感じた。あんなみすぼらしい少女の言うことに、それほどまでの影響力があるとは思えないし、どちらかというと無いに等しいはずだ。

 そもそも、俺を押さえつける兵士たちはどこか様子がおかしい、そして、それはもしかすると、今まさにニタニタと笑う少女によるものかもしれないという事だ。


「どういうことだ、放せ兵士どもっ」 

「まぁ、観念してつかまってくれや、これでこの都がまた一つ平和になるよ」


「くっそぉ、どうしてこんなことに、許さんぞ」

「ふふふ、お兄さんが悪いんだよ」


 そうして、あっという間に牢獄と連れられてきてしまった俺は、乱暴に独房に入れられた。

 思いのほか清潔が保たれている牢獄は、俺が思い描いていた豚箱といったような感じではなかった。だが、それはそうとしても、こんなところに投獄されるなんてのは屈辱以外の他ならない。


 しかも、その原因があの幼女の不思議な力によって引き起こされたなんてことはもっと不快でしかない。いや、そもそも不思議な力を使ったか?


 いや、普通にあいつの嘘を兵士が信じただけかもしれないな。


 なんてことを考えつつ、何もすることがない牢獄での時間を過ごしていると、ふと目の前にいた監視役の兵士が立ち上がった。

 そして、そのまま監視という役目を忘れたかのようにふらふらとどこかへ行ってしまった。


 なんだか不気味な様子だったが、監視されないだけましだと思い一息ついていると、パタパタという聞き覚えのある足音が聞こえてきた。

 一体誰が来たのだろうかと暗がりを見つめていると、そこにはおびえた顔をした少女と悪魔図鑑がいた。


 本にしてはずいぶんと大きい悪魔図鑑を、大切そうにぎゅっと抱えてやってきた少女はあたりをきょろきょろ見渡しながら挙動不審気味にしていた。

 そんな姿は、やはり年相応というか天使というかなんというか、だがそんな俺の思いをよそに悪魔図鑑が声を上げた。


「主様、気分はいかがですか」

「最悪だな、お前らと出会ってしまったばかりに、こんな牢屋にぶち込まれることになるとは夢にも思わなかった」


「ねぇねぇおにいさん、ここ薄暗くて怖いよ、早く出よ」


 突拍子もなく悪気のない言葉に俺は一瞬で無い頭に血が上った感覚を覚えた。


「俺は、お前にぶち込まれたんだぁっ、それを分かって言っているのかっ」


 たまらず声を荒げると、少女は体を跳ね上げおびえた様子を見せた。


「わぁっ、びっくりするから大きな声はやめてよっ」

「ふんっ」


「あ、あと、私は悪魔じゃないもんっ」

「もうそのやり取りは十分だ、それよりお前らどうやってここに入ってきた」


「吸血姫は一時的に対象を操ることのできる力をもっています、それによりここに侵入するのに苦労はしませんでした」

「そ、そいつはずいぶんと便利な能力だな、そんな能力があるのかその少女には」


 なるほど、兵士たちがおかしな様子だったのはすべてこいつのせいだったというわけだ・・・・・・全く、末恐ろしい少女だ。


「はい、ですが効力はもって数分といったところです」

「十分すぎる能力だ、こんな少女がそんな力を持っているなんて悪魔というやつは相当に、厄介な生き物らしい」


「はい、この幼さでこの力ですので、これが成長すればどのようなことになるかは、賢い主様ならお分かりになると思われます」

「あぁ、分かるとも、それよりもお前たちがここに来たという事は、ここから出しくれたりするんだろうな?」


「うん、今鍵開けるね」

「いえ、少しお待ちくださいカーラ様」


 カーラ、悪魔図鑑は確かにそういった。それは間違いなく俺に向けられたものではないだろう、となるとあの少女の名前の事だろうか?いやいや、そんな事よりもどうしてこの悪魔図鑑は会場をこばむのだ?


「カーラ?カーラとはそこの少女の事か悪魔図鑑」

「はい、ここまでの道中に名前を教えていただきました。主様とは違い非常にスムーズに名前を教えていただきとても気分が良かったです」


「そうか、本であるお前の機嫌など分かりもしないが良かったじゃないか」

「あ、そういえばお兄さんには名前言ってなかった」


「あぁ、そうだな」

「カーラだよ、よろしくね」


「そうか」

「私の大切な名前だよ」

「カーラ様、自己紹介もよろしいのですが話を戻しましょう」


 会話をぶったぎるのが得意な悪魔図鑑は俺の事などかまいもせずにカーラに話しかけた。


「主様は幼いカーラ様を見捨て、しかも悪魔図鑑である私を乱暴に捨てる始末、このような男を果たして簡単に許してよいのでしょうか?」

「え、でもここは暗くて怖いよ、早く帰らないと」


「しかしカーラ様はあの男、いえ主様に乱暴されたのですよ」

「おい、その言い方はよせ、俺は乱暴なんてしていないじゃないか。あと、俺をあの男といったな悪魔図鑑」


「いいえ主様、悪魔辞典この目でしかと見ました、主様はカーラ様を乱暴に家から追いだしました」

「お前には目なんてないだろう、それから、ずいぶんな口ぶりだな悪魔図鑑、一体いつからお前はそんなに偉くなったんだ?」


「目はあります、認識できないだけでこの悪魔辞典には目があります、主様だって頭がないにも関わらずあるではありませんか、それと一緒です」

「お前、俺をバカにしているのか?」


「いいえ、さぁどうされますかカーラ様?」

「え、でもお兄さんって本当は優しくて私の事を天使って言ってくれる人だよ、だからいつまでもここにいるのはかわいそうだよ、だからえっとえっと、どうしたらいいの図鑑ちゃん」


 どうやら少女は自分がやった事に対して多少なりとも罪悪感を覚えている様子だった。その様子がどこか愛おしく見えた。


「・・・・・・カーラ様にお任せします、少しおしゃべりが過ぎました」

「ふんっ、そうだ、ずいぶんな口ぶりだったぞ悪魔図鑑、さっきまでは主様とか言っていたくせに、そこの男と言ってみたり、本のくせにやたらと喋ってみたり、出しゃばりすぎだ」


「む、カーラ様やはりこの男はここにいるべきだと思うのですが」

「え、えぇー、でもやっぱりここは暗くて怖いよ、みんなで一緒に早く出よっ」


「ちょっと待て、お前ら」

「え、何お兄さん?」


「出るって言ってもな、ここから出たら俺は脱獄指名手配犯になってしまうじゃないか、主にお前のせいでな」

「だ、大丈夫だよ、言うこと聞いてくれるのはちょっとだけであとはみんな忘れちゃうから、だから今のうちに逃げれば大丈夫だよ」


「忘れる、どういうことだ?」

「カーラ様の力のおかげで、今回の逮捕劇に関連した兵士たちは、今頃、夢でも見ているかのように記憶のすべてが吹き飛んでいるのです。なので主様がここにいるのは逆におかしいのですよ」


「な、なんて便利な力だ、反則過ぎるだろう」

「そうですね」


「まぁいい、だったら今すぐそこに置いてあるカギでこの牢獄を開いてくれ」

「うん分かったよお兄さん」


 近くにおいてあった牢屋のカギで開けてもらい、自由の身になった俺はすぐにカーラを抱きかかえてとっとと牢屋から逃げ出すことにした。

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