第3話

 互いに悲鳴を上げたが、俺はすぐに冷静になって少女の口をふさいだ。


 俺はすぐに「静かにしろ」と少女に耳打ちした後、ゆっくりと少女の口から手を離すと、少女は口をキュッと結んで黙っていてくれた。素直でいい子だ、それなりに理解力のある賢い子のようだ。


「よ、よしよしいい子だ、もう喋ってもいいぞ」

「ぷはっ」


「どうしてお前がここにいるんだ」

「なんでって、お兄さんこそどうして逃げたの」


「逃げるに決まっているだろう、なぜおまえと一緒に・・・・・・いや、そんな事よりもお前さっきの兵士はどうした」

「しらない」


 不敵な笑み、こんな少女があの屈強で粘着質な兵士を簡単に退けるとは思えない、そう思うと俺はこの少女がとてつもなく恐ろしく見えた。


「知らないじゃないだろう、ここの兵士はとりもちのように粘着質で、鬼のように強いやつらだ。そんな奴相手にお前の様な子どもが簡単に逃げられるわけがない」

「逃げれるよ」


「嘘をつくんじゃない」

「嘘じゃないよ、どうやったか知りたい?」


「ど、どういう意味だ?」

「お兄さん、私の目を見て」


「あぁん?」

「見て」


「なんだぁ?」

「とにかく見て、どうして兵士を追い払ってここに来れたのか説明してあげるよ」


 自信に満ち溢れた少女は自慢げな顔を見せつけてきた。その顔だけならば実にかわいらしいものであるが、どうにも態度が気に食わない。それにずいぶんとおかしなことをいう少女だ。


「面白い、じゃあその力とやらを見せてもらおうか」

「うん、じゃあ私の眼を見て」


「あぁ、しかしなぁ、俺はさっきからお前の目を見ているんだが、それはわかっているんだろうなぁ?」

「えぇっ?」


「しっかりとお前の目を俺の瞳がとらえている、分からないのか?」

「えっ、えっ、えぇっ?」


「しかし困ったものだ、顔がないという事はこの怒りに満ちた顔でお前を威嚇することもできないんだなぁ」

「そ、そうなんだ、お兄さんがどこ見てるかわかんなかったよ」


「いやばっちり見てる。お前の眼は実に綺麗な瞳だなぁ、本当なら天使のようだと言ってやりたいがお前の眼は悪魔的な美しさだ。いや、こういう場合はまがまがしいといった方がいいのだろうか?」

「あ、あれ怖くない?変にならない?」


「怖い?何を言っているのか全くわからんな、それに少女の目を見て怖がる奴なんざこの世にはいない、そんなのが怖いのはよほどの臆病者か、逮捕歴のあるロリコンくらいだろう」

「ロリコン?」


「そうだ、それよりも兵士を追い返した手段を見せてくれるんじゃなかったのか?」

「あ、それはそのね、私がじっと顔を見つめるとね、その人はね・・・・・・あれ、お兄さん顔がないよ?」


 いまさら顔がどうこうと言い始めた少女は、まさに愚の骨頂といったところだ。どうしてこんな奴がこの都で自由にくらせているのかが不思議だ。

 もしも、この少女の言う様に本当に兵士を簡単に追い払えるほどの不思議な力を有しているのなら、それは嘘じゃないのかもしれないが・・・・・・


 しかし、少女の様子を見る限りそんな力はどこにも感じられないし、それをうまく使いこなすだけの脳もないように思える。


「ふん、はったり少女か俺はもう帰るぞ」

「えぇ、どこ行くの?」


「帰るといえば決まっているだろう、それはつまり俺が唯一安らぎを得ることのできるマイホームの事だ」

「わ、私もつれてってください、お願いしますお兄さん、私一人で寂しいです」


「ふん、いまさら天使のふりしても無駄だ、お前の腹が真っ黒だってことはすでに分かりきっている。どうせ兵士たちから逃げられたのもその腹黒さのおかげだろう。

 まったく、幼いうちに厳しい世界で生きているとそういう生き方を身につけてしまったのだろう。だがな、俺にはそんなものは通用しないぞ、ふははははっ」

「え、私のお腹黒くないよ、ちゃんと綺麗にしてるもん」

「・・・・・・」


 ふにふにとした、白い柔らかそうなお腹を見せる少女はやはり愚か者だ。だが、その白い腹だけは評価しよう、実に綺麗な腹だ今すぐにでもほおずりでもしてやりたくてしかたがない・・・・・・もちろんしないがな。


「腹黒いという表現も知らないのか?」

「黒くないよっ」


「も、もういいこれまでの付き合いだ、どこかで幸せに暮らすんだな少女」

「いーやー、私もつれてけってくださいお兄さん」


 少女はまるでセミのように足にへばりついてきた。


「な、なんだこいつ、どうして俺に付きまとうっ」

「私もつれてけってください」


 相変わらずの言葉遣いはもう少しどうにかならないのか。いや、それよりもこの状況は非常にまずい、もしもこれが誰かの目にでも触れれば俺はその時点で終了だ。

 たとえそれが少女による一方的な被害を受けているとしても、この光景は圧倒的に俺に非があるようにしか見えないのだ。


「悪いが誘拐犯になりたくない、どこかに行きたいなら両親にピクニックにでも連れて行ってもらえばいいじゃないか」

「親なんていないっ」


「はぁっ?」

「親なんていないから、私を連れてけってくださいお兄さん」


「う、嘘は良くないぞ」

「嘘じゃないっ」


「いいや嘘だ、お前のようにかわいいやつがこの都でのうのうと暮らせるわけがない。そもそもこの都ではお前のような子どもは兵士につかまって教会送り、あるいはどこかの金持ちの養子にでもなってるはずだ」

「何言ってるかわからないっ」


「もしくは人さらいにでもあって、どこか知らない場所で換金されてるかの三択だ、いいか換金というのは、どこか知らない場所に閉じ込められる監禁ではないぞ、お前という存在が売買されて金に変わっちまうって残酷な出来事だ、分かるか?」

「わけわからないけどみんな私の言うこと聞くのっ、だから私が一人でいても大丈夫なのっ、でもお兄さんは優しいから家に連れてけってください」


 優しいから家に連れてけ、とは一体全体どういう理屈かはわからない。だが、こんな少女を家にでも入れれば、たちまち俺の神聖で安全な自宅にあのうるさい兵士共が押し寄せてくるだろう。そんなことは絶対にあってはならない。


「くそっ、なんだお前は、とっとと俺の足から離れろっ」

「いーやー、連れてけってってー」

「くそぉ、離せぇっ、お前は一体なんだっていうんだっ、どうして俺の邪魔をする」


 そうして少女と小競り合いしていると、唐突に知らない男の声が聞こえてきた。


「ちょっと、娘さんがかわいそうでしょう」


 聞き覚えのない男の声に目を向けると、そこには先ほどこの少女の保護を頼んだ兵士がいた。

 兵士はあきれた様子で俺と少女の様子を見ており、それはいつもの険しい表情ではなかった。いや、そんな事よりも俺には気になることがある、それはこの兵士が俺に向かって吐いた言葉だ。


「い、今なんて言った兵士さん」

「いやだからね、娘さんがかわいそうだって言ってるんだよパパさん」


「パ、パパパ、パパだとそれは俺に向かって言っているのかっ?」

「そうだよ、この子あなたの娘さんでしょ」


「な、何を言ってるんだ兵士さん。俺はこの世界にきてからというもの、女性と関係を持ったこともないうえに、かわいい天使のような養子を取ろうにも役所の人間に、とてつもなく冷たい目をされながら「無理に決まってるじゃないですか」といわれるような奴だぞ、そんな俺に娘がいるっていうのかっ?」

「何言ってるんだいパパさん、その子はあんたの娘じゃないか、その証拠にさっきその子から聞いたよあんたがパパだって」


 そういえば、この兵士さっきから俺の事をいつもの「顔のないおじさん」ではなくパパさんなどといっている。

 兵士である貴様の父親でもなければ、ここにいる少女の父親でもないのにそんな言葉を使うなんてのはおかしなことだ。これは一体どうなっているんだ?


「な、なんだ、どうなってる」

「ふっふっふ、さっきこの兵士にお兄さんの事をパパだって言っちゃったよ」


 恐ろしい言葉が聞こえてきた、そしてそれは俺の足にしがみつく少女から発せられた言葉に思わず耳を疑った。


「な、なにぃっ」

「えへへ、だからお兄さんは今日から私のパパで・・・・・・あれ、なんかフラフラするよ、おかしいなぁ」

「なっ」


 少女はおかしな言葉を吐いたかと思うと、頭を力なくふらふらさせたかと思うと気を失ったように俺の足から地面にずり落ちた。

 俺はそんな少女をすかさず抱きとめた。そして少女が眠った様に息をしていることを確認すると、とりあえず安心した。


「お、おぉ娘さん大丈夫なのかい?」

「いや、あぁ、心配しないでください兵士さん、いつもこうしてナマケモノのように眠ってしまうんですよ、全く困ったやつなんですよこいつは」


 本当に困ったやつだ、まさか本当に不思議な力をもっているというのかこの少女は。いや、今はそんな事よりこの場所からいち早く逃げ出したい、さもないといつボロが出るかわからん状況だ。


「そ、そうなのかいパパさん?」

「えぇ、ですので心配しないでください兵士さんお勤めご苦労様です」

「いえいえ、パパさんも気をつけてください」


 兵士を適当にあしらうと、普段とは違いずいぶんとあっさりどこかへ行ってくれた。いつもならねちっこい尋問を仕掛けてくるくせに、今日ばかりは俺を父親扱いする上に、尋問もなく、まるで職場放棄するかのようにどこかへ行く始末。

 どうにも、今日はいつもの日常とはかけ離れていて気味が悪い、だがこの状況は決して悪くはない。


 まぁ、今はとにかく少女をおんぶして自宅へと戻ろう。道中、おぶっている少女を教会にでも置いてきてやろうかと思ったが、さっきの出来事の手前そのまま自宅に戻らざるを得なかった。

 ようやく生活が安定してきたというのにこのありさまだ。この不幸属性にも似たものが、多少なりともこの異世界生活であることを意識させてくれる唯一のスパイスかもしれないが、実際は迷惑この上ない。


 ただ、こうも実際不幸と思える現象が続くとうんざりしてくるというか、やはり平穏が一番都合が良くて幸せだと悟りを開いた俺は、誰もいない自宅に戻ってきた。


 家に帰り、とりあえずリビングにあるソファーに少女を寝かせた。ずいぶんと幸せそうに眠っている少女は特に体調に異常をきたしているようには見えなかった。そうして少女をソファーに置いて一呼吸ついた時、突如として聞きなれぬ声が鳴り響いた。


『キュッ、キュッ、キュッ』


 聞いたことのない声が響いた。ソファーに寝ている少女が喋ったにしてはずいぶんとババ臭いというか大人びた声をしているような気がする。


 まさかこの家に不法侵入でもしている輩がいるのだろうか?


 そう思い、せまい室内をくまなく探してみたが、それらしき人の姿は見られなかった。いや、その前に家にはちゃんとカギをかけてあったはずだし、侵入されたであろう痕跡も見受けられない。


 だが、確かに声が聞こえてきた。もしやこの少女が寝言でババ臭い声でも発したというのだろうか、そう思いソファーで眠る少女を見つめているとやはり再び変な声が聞こえてきた。


 『キュッ、キュッ、キューケツキッ』


 「キューケツキ」だのなんだのと言っているこの不思議な声はやはり少女の方から聞こえる、寝言にしては口を動かしていないところを見ると、腹話術が使える不思議な少女にしか見えないが、ふと、この少女のそばに本が置いてあることに気付いた。

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