第2話

 金色に輝く美しい髪と目を奪われるほどの白い肌、そしてパッチリと開いた瞳は吸い込まれるような碧眼。

 それはさっきまで噴水でいちゃついていた美少女もとい女冒険者なんかとは比べ物にならないくらい稀有な存在だった。


 いや、そんな事よりもだ。俺は今、目の前にいる素晴らしき天使の事で頭がいっぱいだ、どうにかしてこの美しき少女てんしを幸せにしてやりたくてたまらない気持ちでいっぱいになってきた。


「う、美しい天使よ、何か用か?」

「天使?」


 かわいく首をかしげる少女はやはり天使にしか見えなかった。

 いいぞ、この世界にやってきてからというもののろくに出会いのなかった俺にようやく天使が舞い降りたというわけだ。どうやら満を持して俺の素晴らしきストーリーのはじまりを告げたのやもしれない。


「あぁ、お前は天使のように美しい、どうだサンドイッチでも食べるか?」

「え、うん、食べる」


「ほぉらツナサンドだ、おいしいぞ」

「うん、ありがとう・・・・・・ハムハム」


 まるで飢えた小動物のように「ハムハム」と勢いよくかぶりつく天使、それはどこからどう見ても天使にしか見えなかった。

 例えそれが動物的な食事法だったとしても、見た目が天使ならそれは天使だ、あとはこの天使の中身がどの程度のものなのかが問題だ。

 純真無垢ならいくらでも教育すればいい、しかしここにいる天使が性悪説的な何かであればそれはかなり厄介なものとなる。


「おいおい、ハムじゃないぞ天使よ、俺はツナといっただろう」

「ツナ?」


 かわいげに首をかしげる天使、あぁなんとかわいい存在なんだこんな幼女との出会いはこれまでなかった。

 それこそ汚い言葉ばかりを吐くクソガキ少女はいたが、こんなにもかわいい幼女はいなかったぞ、こいつは大当たりに違いない。


 いや、しかし安心するのはまだ早いだろうか、少女というのは思いのほか汚い言葉を吐くやつが多い。

 これは親の教育が悪いのかそれとも子どもという生き物はそういった汚い言葉に対してどこか興味を抱きやすいというのだろうか。

 まぁ、子どもというのは身近にいる大人のまねをするというのだから、こいつがもしも愚かな大人共と絡んでいたとしたら最悪だ。


 そんなことを考えつつ、俺はどうにかこの目の前にいる天使が本当の天使であることを願った。すると、隣でサンドイッチにかぶりついていた天使が俺を見上げてきていた。

 何やらもの言いたげな様子で俺を見上げる天使は口元にマヨネーズをつけていた、愛くるしいにもほどがある。


「俺をじっと見てどうした?」

「ねぇお兄さん、私って天使なの?」


「あぁそうさ、お前のようかわいくて美しい少女は天使だ。つまり何が言いたいかという言うとだな、この世界に置いて汚れを知らぬ子どもほど素晴らしいものはないということさ。

 それすなわち神が与えし最高の贈り物、俺にはその真っ白な存在をより素晴らしきものへと成長させたくてたまらないのだ、だから天使であるお前は・・・・・・」

「ねぇお兄さん」


「おいおい、せっかく天使について語っているのに何か気になることでもあるのか?」

「うん、天使って言ってくれたのはうれしいんだけどね、もう一つ気になることがあるの」


「なんだ、教えてごらん?」

「うん、お兄さんはどうして顔ないの、気持ち悪いよ?」

「・・・・・・」


 どうやらこの天使、見た目が天使なだけのくそ悪魔だったようだ。


 あぁ、せっかくかわいいなりをしているというのにあろうことか「気持ち悪い」とか言ってきやがった。

 せっかくの容姿がこれ一つで台無しになってしまうとは、やはり吸収の早い子どもってのはどんな人と出会うのかが重要になってくるようだな。


 普通は「お兄さん私ね、お父さんとお母さんがいなくて一人で寂しいのだから私と一緒にいてくれませんか?」とか「やっと見つけた私の運命の人」とか言ってかわいい天使との異世界冒険ストーリーが始まるとか思ってたのに。


 これじゃあ、ただ侮辱にされてるだけじゃないか。そもそも初対面の相手に「気持ち悪い」とかいきなり使っちゃう当たり、お里が知れるってもんだ。こいつは腐った奴らの影響を受けた見た目だけのろくでな少女だったらしい。


「あぁそうか、なるほど、なるほど、なるほどなぁ」

「何がなるほどなの、お兄さん?」


「なんでもない、それよりここにいると気分が悪いから移動するとしよう」

「へ?」


 俺を侮辱する少女に、まだ噴水の前でいちゃつく脳内凸凹ズッコンバッコンの冒険者ども、せっかく心地良い場所なのに、あまりにも汚いメンツがそろいすぎてこんな所にはいられない。

 どこか心の安らぐ静かな場所にでも行くしかない、そう思い噴水広場を後にして、この異世界で一番心の安らげる自宅へと戻ることに決めた。


 だが、帰宅する俺の後ろからパタパタとかわいらしい音が聞こえてきた。いったい何の音だと少し後ろに目をやると先ほどの天使、いや、悪魔少女がいそいそと俺を追いかけてきていた。

 

「ね、ねぇお兄さん」

「あぁん?なんだ悪魔よ」


 悪魔少女は話しかけてきたが、もはや顔も見たくない俺はそのまま自宅への帰路を進めた。だが、それが気に食わなかったのか俺の目の前に悪魔少女が先回りしてきた。

 何やら怒った様子で俺を見上げている。まったくこの悪魔少女め怒った顔までかわいいじゃないか、もしやこうして俺を誘惑しようとしているのだな。


「あ、悪魔じゃないっ、私は悪魔じゃないっ」

「何を言っている、頭のない人間に対して相手の事情も察することなく「気持ち悪い」と罵るような奴は悪魔だと相場で決まっている、いや相場がなくとも俺の中でそう決まっているんだっ」


「何言ってるのかわからないけど、私は悪魔じゃないし、どっちかって言ったら顔がないお兄さんの方が悪魔だよっ」

「何を言う、私は見ず知らずの腹をすかせた少女にサンドイッチを分け与えてやる紳士的な男だ、それを悪魔と呼び侮辱するなんて、やはりお前は悪魔でしかないようだなぁ」


「ち、違うよっ、確かにサンドイッチくれたのはありがとうだけど、お兄さんの方が悪魔っ」

「なんなんだお前は、さっきから随分と突っかかってくるなぁ・・・・・・ん?」


 あろうことか目の前の悪魔少女は突然涙を流して始めてしまった。そして、その姿はやはり天使のようにしか見えず、今すぐのその涙をビンに詰めて一生の宝物にでもしてやりたくなった・・・・・・いやいやいや、じゃなくて、今はそんな事よりも目の前にいる悪魔少女を何とかしなければ。


「ど、どうして泣いてるんだ、俺は何もしていないだろう?」

「私は悪魔じゃないっ、お兄さんの方がよっぽど悪魔っ」


 自らの目を何度もこすりながら涙をぬぐう悪魔、いや天使、いや悪魔、いや天使・・・・・・あぁ、もうどっちだっていいっ。

 とにかく目の前の少女を何とかしようと彼女を見つめていると、いまさらながら彼女が薄汚れた恰好をしている事に気付いた。

 どうやらかなりの訳ありらしい。顔に見とれていただけに彼女の格好にようやく気づいた俺はすぐに慰めることにした。


「わ、わかった俺は悪魔だ悪魔でいい、そしてお前は天使だ」

「うっ、ひぐっ、分かればいい」


 なんだこの態度は、まさに天使と悪魔という言葉を両方備えた少女がここにいる。しかしこの状況は非常に厄介だ、今すぐ兵士にこの少女を預けて後はいつもの平穏な暮らしに戻りたい所だ。


「だ、だろう、じゃあ今からお前を兵士さんのところに送り届けるから幸せに暮らすんだ、いいな?」

「嫌、兵士嫌っ」


「わがままを言うんじゃない、お前みたいな幼女は兵士に任せるのが最善なんだ」

「私はお兄さんと話してるの、兵士はいらない」


「そう言うな、大人の男がお前のような少女と娘でもないのに絡んでいたら屈強な兵士共の厄介になるものだ、だからここはおとなしく俺の言う通りにするんだ、分かるな?」

「娘?」


「あぁ、そうだ血縁者でも養子でもない限り俺はお前と絡んでやる義理はないということだ、それくらいの事お前でもわかるだろう、俺とお前は他人だ」

「娘かぁ・・・・・・」


「ん?」

「そっか、その手があったよ」


 なんだこの幼女は、突然何を言い出しているんだ。しかもその何かひらめいたかのような一言で、近くにいた兵士が何やら怖い顔しながら近寄ってきたじゃないか。

 このままだと、俺はロリコン変態野郎として世間に知れ渡り、平穏な生活が台無しになってしまう、そう思った俺はすかさず兵士に駆け寄った。


「へ、兵士さん」

「おぉ、どうしたんですおじさん、それよりそこの子どもは?」


「いやいや実はですね兵士さん、迷子の子どもがいましてね、ぜひとも保護してもらえないかと兵士さんを探していたんですよぉ」

「迷子ですかぁ」


「はい、そこにいる物思いにふけっている子どもです、なんだかボロボロの服を着ていてとてもみすぼらしい格好をしているので、何か訳ありだと思うんです、どうか保護してあげてくれませんかね」

「ほぉ、そういうことならわかりました、わざわざありがとうございます」

「いえいえ」


 何とかうまく話をつけることができた。こんなやり取りも俺がここに来たばかりの頃は絶対にできなかっただろう。だが、この半年の間に大人しく真面目に暮らしたおかげで、こうして兵士とも普通のやり取りをすることができるようになった。


 こんな異形の者でもこうして普通に暮らせるようになったのだ、こんなところでロリコンとして捕まるわけにはいかない。

 そんな思いの中、少女は物思いにふけった様子で空を見上げておりそれはなんとも頭の悪そうに見えるが、思わず見とれてしまいそうになる程に幻想的な光景だった。


 いや、今はそんな事よりもこのチャンスを逃すわけにはいかない、あの厄介に思える少女から逃れるには最高の条件がそろっているじゃないか、今のうちにこの場から逃げ去れば俺は元通りの平穏な生活に戻ることが可能だ。 


 そうして、こそこそと少女から逃げた俺は、しばらく逃げたと所であたりに少女らしき姿と俺を怪しんで近づいてくる兵士がいないことを確認するため、後ろを振り向くと、そこにはなぜか先ほどの少女がいた。


「う、うわぁぁぁっ」

「にゃぁぁぁっ」

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