第25話 サイン1

コンコン


「ルーナです。」


トーマの部屋をノックしても返事は返ってこなかった。


「いないみたい。」


ミランダと一緒に部屋に帰ろうとすると、ガチャっと戸が開いた。


「…入れ。……ルーナだけだ。」


「ええ、もともと入室するつもりはありませんので。どうぞでお話し合い下さい。」


ミランダって凄いわ。相手が侯爵っていうだけで腰が引ける人は沢山いるのに、まったく怯まず笑顔で対応するんだもの。



パタン


「とりあえず、そこに座れ。」


扉を閉まったのを確認してから、トーマが私に言った。長居はしたくないけど、契約についてはしっかり話さないと。


「契約書は、読んで頂けましたか?」

「ああ。」

「既にサインもしてあるのであれば持って帰ります。用はそれだけなので。」

「……」

「トーマ?」

「サインするかどうか、もう少し考えさせて貰う。」

「…さっきは全ての条件をのんでくれると言いましたよね。」

「状況が変わった。」

「愛人の子に何かあったんですか?」

それくらいしか考えられない。


「契約の2~7迄は約束するが、1つ目の『1年で離縁』だけは今すぐに決断するのは無理だ。」


「さっきは『子供を作る気がないなら離縁する』って言ったじゃない!」


最悪だわ。

ミランダの言う通りだった。さっきまでの勢いだったら、簡単にサインを貰えてたはずよ。


「絶対に別れてもらいます!何があってもです!!貴方の側にいたら、私に未来はありませんのでっ!」


このままじゃ農家弟子入りどころか自由もなくなる。私は私じゃなく『トーマと愛人の為の道具』になってしまうわ。


「今ここでサインして下さい!じゃなきゃ私は『妊娠なんてしていない』…って言うわ。」


「やってみればいい。伯爵家の借金はすべてこちらが肩がわりしている。その負債を抱えてしまえば、家はつぶれるぞ。当主は変わったばかりだ、対応しきれる訳がない。」


借金…

「どれくらい…?」


「義理の母親と姉の豪遊を見ていてわからないのか?」


……私が結婚する日に爵位が譲渡されるって事は、負債も何もかも背負う事になるんだ。


「全く考えない訳じゃない、『子が産まれてから1年で離縁』なのだから、答えを出すのはその間ならいつでもいいという事だ。」


「…いいわ…これは譲歩よ。私の家の負債とラッセン家の家名、貴方にとっての価値はどちらが上なのか考えたら離縁するしかないもの。じゃなきゃ共倒れよ。失礼するわっ!!」


何で10分ほどの間に気持ちが変わるのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る