第19話 契約書3
田園地帯をぬけて、一直線に侯爵邸に帰るのかと思ったら1度止まった。
そこは街で1番綺麗で大きな宿の前。
「ここで、ルーナ様には着替えて頂きます。」
「着替え?別にこれで構わないわ。」
「とにかく、言うとおりにして下さい。」
馬車から出ると女性2人、おそらく侯爵家のメイドが私を捕まえた。
「…別に逃げないわよ。」
そんな言葉も虚しく、グイグイ引っ張られて2階へ強引に連れていかれた。
「これに着替えて頂きます。」
「…………」
用意された物は、マタニティウェアとクッションのようなもの。
出産まで2ヶ月くらい。妊娠8ヶ月ほどのお腹になってもらわないと困るってことね…。
若いメイドを連れてきてないから何でかと思ったけど、妊娠と出産の経験者…と、どちらかは医師ってところかしら。
別にかまわないけどね。
妊婦に化けるまでに20分。
部屋の外にはミランダがいて、私を見て一言。
「あら、奥様。予定日はいつ?」
「ミランダ…」
「だって、それじゃもう臨月レベルじゃ…ない?」
「……まさか…」
「…私達が聞いてる予定日より早いかもね。」
「ええ!?」
「『誤診だった』…とかいえば、いくらでも言い訳出来るわよ。まわりはほとんどルーナ妊娠説を信じてないんだから。」
それが本当なら更に最低だわ。
「ミランダ、気晴らしに街を歩きましょう…。」
「…そうね。」
歩くにしてもどこに何があるのか、全然わからないわ。
「ミランダはこの辺は詳しいの?」
「全然。家に帰るために通るくらい。畑じゃないけど、田舎は田舎だしね。」
「そっか。」
ミランダと話をしながら街を歩いていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「ルーナさん?」
振り返るとそこにいたのは中年の男性。丸い眼鏡のフレームは多分本物の金、物凄く上質な生地のオーダースーツ。少し丸い顔も何故か引き締まって見える。すこいお金持ちだわ。
きっと貴族だよね。
「…あの、」
どうしよう、誰だか憶えてない。お父様かお母様のお友達?
「よかった。本当に妊娠していたんだね。侯爵家の偽装じゃないか…って言われてたから心配してたんだよ。」
「あの…ごめんなさい。私、貴方のお名前を忘れてしまって…」
「あぁ、そうだね。会ったのは7年も前に1度だから憶えてなくて当然だ。私はランスロット、ランスロット・アレンだ。」
ランスロット…って…
「あの…貿易商の…?」
「ああ、君のお父さんとは懇意にしていてね。彼はルーナさんの写真を何処へ行っても自慢げに見せてたから、すぐにわかったよ。」
お父様!なんて事をしてるの!!
そういうのは言ってくれてないと、どこかで顔を会わせないとも限らないのに!
「ランスロット様、商談の時刻に間に合わなくなります。」
近くに止めてあった馬車から1人男性が出て来てアレン様に言った。
「そうか、今行く。じゃあルーナさん、私はこれで失礼する。子が産まれたらお祝いに伺おう。」
「ありがとございます。嬉しいです。」
私が言うと急いで行ってしまった。
「ミランダ…どうしよう。私の子供に会いに来るって…。」
「不味いわね。相手は貿易商のランスロット・アレンって、この国で1番の貿易商よ。爵位なんてなくても、誰も何も言い返せないくらいの物凄い影響力のある男。完璧に落とし穴よ。」
「ううん、もう地雷よ。」
離縁までの道への。
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