「突然ですが、デートしませんか?」

鏡野桜月

「突然ですが、デートしませんか?」

 クリスマスイブ、一人で町を歩いていた。そんな俺――工藤高明の目の前に突如として表れた人物。彼女は乱れた息を整えると、俺のことを上目遣いで見る。そして……


「ねえ、デートしよう?」


 それが、彼女との出会いだった。



・・・



 今年のクリスマスイブはたまたま休みだった。三週六休制の休みがたまたま今日と明日になった。ただそれだけだった。昼頃まではただいつものようにゴロゴロとしていたが、たまのイベントごとだと思い立って家を出た。

 特に予定があったわけじゃないが、夕飯のためにチキンとケーキを買えばクリスマスを味わえるような気がした。だが、それにしては冬の寒さが応えた。コートにマフラーという装備で、まだ13時だというのに普通に寒い。特に日陰は身を縮ませる。あと気になるところと言えば、周りの景色である。わかっていたことではあるが、やはりこの日は男女のペアが圧倒的に多い。普段どこにいるのかと思うほど、いたるところで目につく。

「……はあ」

 はいた息は白く染まり、すぐに消える。

 特に気にしているつもりはなかったが、やはりいざこのような状況に遭遇すれば、いやでも自分の身の上が意識される。

 また一つため息をつきそうになった時、別の息遣いを近くに感じて意識をそちらに向ける。

「ねえ、デートしよう?」

 そこには一人の女性がこちらを見上げていた。

 その切れ切れの息遣いから急いで走ってきて、息を整える間もなかったのだろう。突然のことでそのセリフの意味は頭に入ってこないのに、そういったところだけはなぜか妙に理解できた。

 目の前の彼女は息を整えようと胸をゆっくりと上下させる。そしてまたじっとこっちを見上げる。

「ねえ、いいでしょ?」

 また一つ、迫るように身を乗り出してくる。その必死さに気圧される様に後ずさる。

「もしかして、このあと何か予定あるの?」

「あ、いや、別にないけど」

 思わず素直に答えてしまった。

「なら、いいよね」

「え、あ、まあ……」

「よ、よかったー」

 深く考えるまでもなく、その勢いに押し切られる形で了承、してしまった。

 実際この後予定はないし、彼女の必死さは確かだった。そして誘いを受け入れてもらった今の表情は、本当に心の底から安心しているようで、何か悪い企みを考えているような人には見えなかった。

「それじゃあ、手を出して。あ、手袋はとってね」

「は? まあ、はい」

 言われるがままに左手を差し出す。すると彼女は俺の手を取る。ひんやりとした指先は細く、少しだけ緊張する。

 そして彼女は俺の薬指をつまむと、何かを差し込んだ。指には冷たい感触が伝う。

「よし」

「……え?」

 彼女が手を離すと、自分の左手がどうなっているのかを確認できた。

 浸りての薬指には銀色のリングがあった。上部には青い宝石のようなものが埋め込まれた、指輪だった。まるで婚約指輪のようである。

「ちょ、これは?」

「デートするんだし、婚約指輪みたいな?」

「いや、え、気が早すぎるでしょ」

 思わず指輪に手をかける。が、外れない。つけられるときはそこまできつい印象はなかった。だが、何故だか今は外れそうになかった。

「まあ、デートの間だけでいいからさ」

「……そういえば、そうか」

 デートをするのか。その事実を再認識し、意識は指輪から逸れた。それ以上に、それ以前のことが今目の前にはある。

「それじゃあ、行きましょ」

「あ、ああ」

 彼女は手を引いてきた。言われるがままに彼女について歩いていく。すでにデートは始まったということだろうか。とりあえずの目的地は彼女に任せることにしよう。どうせ暇だったんだ。

「あ、そうだ、私の名前なんだけどね、並木成美っていうんだ。君は?」

「工藤、高明です」

「ふ、ふふ」

「な、何ですか?」

「あ、いや、デートしてるのに、自己紹介っておかしいなって」

「それ、貴方が言います?」

 彼女の笑顔につられるように、頬が緩む。確かに今の状況はおかしかった。たまたま外に出て、それでカップルの多さに嫌気がさしていたというのに今は自分自身も傍から見たらそう見られるのだろう。というか、一応事実そうなのだ。

「そういえばどこに行くんです?」

「えっとですね、まずは最初にデートなんですし、相応しい服に着替えましょう」

「つまり服屋、か。まあ、確かに」

 コートを着ているからあまりわからないとはいえ、デートをするというのなら普段着とは違ったものにするというのはわかりやすい。彼女自身も見える範囲ではズボンであり、正直かわいい系の彼女がデートで選ぶようには見えない。

「あれ、道間違えたかな? ちょっとごめんね」

 彼女はそういうと、細い路地裏を突如として走り出す。手を引かれていた俺もそれに合わせる様に走らされ、一区画を一周するような形で元の通りに戻ってきた。

「えっと、今のは」

「あ、ほら、ここだよここ。入ろ入ろ」

 先ほどの行動に疑問を抱きつつも、彼女に押される形で店へと入っていく。あまり入ったことのない雰囲気な場所で、おそらくこんな機会でなければ一生足を踏み入れることはなかっただろう。不安と少しの期待感が身体を支配する。

「ふう、流石に室内は暖かいね」

「そうですね」

「……そういえばさー、君っていっつも敬語なの?」

「あ、いや、それは」

 流石に初対面の女性に対して、いきなりなれなれしく話しかけるのには抵抗があった。だが、彼女からしたらデートをしている相手が敬語でよそよそしいと感じたのかもしれない。とはいえ、そんなすぐには切り替えられそうにない。

「まあ、いいや。慣れてからでいいよ。それじゃあ、お互いに相手にに会うと思う服を選ぼう」

「え、それは、え!?」

「あー、まあ、流石に一緒に見て回ろう。はぐれると困るし」

「あ、まあ、はい」

 女性ものの服なんて選んだことない。だから一人で服を選ばせることになったら、と不安だったがそれは回避されたようだ。とりあえず、無難なものを選ぼう。彼女に似合うようなそんな服を。

 そう思いながら、彼女の後を追う。

「ねえ、これとかどうかな?」

「ああ」

 ふと、光るものが目に入った。それは目の前で服を当てて見せてくれる、彼女の指にあった。彼女の相手をしつつ、それをバレない程度で目に追う。

 するとそれの正体はすぐに判明した。とても簡単なことだった。彼女の指にあったのは、俺の左手の薬指にはめられたそれと同じものだ。違いとすれば、俺のは青い宝石に対して、彼女のは赤いというぐらいだった。確かに彼女は婚約指輪と言っていた。それなら確かに彼女がつけていても何も不思議はない。

「どう、似合ってるかな?」

「いいと思うよ」

 不安や疑念がないわけじゃない。だが、突然のこのような状況を前に、深く考えれる余裕はなかった。

 そんな曖昧な状態だったからか、気付いたときには服選びは終わっていた。

 改めて自分の格好を鏡越しに見る。カジュアルめで、動きやすい服装なのは個人的にうれしい。あまり考えたくはないが、緊急徴収されたときでもこれなら問題なさそうだ。

 更衣室から出て、辺りを見渡す。

「と、彼女はまだか」

 カーテンで仕切られている更衣室が並ぶ空間の前に、これまた並ぶ椅子の列。その一つに彼女の荷物であるカバンを見つけて、その隣に腰を落ち着かせる。

 落ち着くと今までかみ合わせの悪かった思考の歯車が、ハマりだす。

 彼女は何者で、何故俺をデートに誘ったのか。ナンパ、というやつなのか。確かに今日はクリスマスイブで世のカップルはこぞってデートをする日だ。ならまあ、考えられなくない。だがしかし、婚約指輪をつけるのはやりすぎではないか? 元々相手がいて、直前に振られた結果の行動だったりするのか?

 そういえば、怪しいと言えばこの店に入る前の行動も気になる。道を間違えた、と言っていたが、行動的には今思い返せば誰かを撒くためのような行動に思える。

 考えても、結局結論は出ない。だが、少なくとも彼女がしている行動が俺を陥れようという風には見えない。事情は何かしらあるのだろうが、それは何か問題が起きてから聞いてもいいのかもしれない。その内容次第でどうしようかを決めよう。

 よし、考えがまとまった。解決はともかく、これでさっきまでの上の空状態からは脱せるはずだ。なってしまったものは仕方がない。状況自体は、正直いいものだ。楽しまないのは損、というものだ。

「お待たせ、どうかな」

「うん、すごくいいと思う」

 ようやくというか、ちゃんと彼女のことを見れた気がする。頭一つ分くらい違う身長差で、正直顔はだいぶ可愛い方だと思う。それに合うように暖かそうなもこもこな服装も、自身で選んだとはいえ、本当によく似合っている。

「あ、ありがとう」

「正直外を歩くときはコートを着てて隠れちゃうのがもったいないぐらいだ」

「あ、え、う、うん」

 彼女の目を見てしっかりと感想を告げる。すると今度は彼女の方が目を泳がす。どことなく頬が赤く感じるのは、その服装のせいだろうか。

「それじゃあ、行こうか」

「え、あ、うん、わかった、よ」

 今度は俺から手を差し出すことにした。突発的にとはいえ、ずっと手を引かれっぱなしというのは男として情けないだろう。正直俺はもう彼女に十分と楽しませてもらっている。ならば、俺も彼女に釣り合うように頑張らないといけない、と思う。

 そうして彼女を連れて、通りへと戻る。すぐに外の寒さに、彼女から握る手の力が強くなった。

「そうだ、次の予定は?」

「あ、えーと、そのー……、と、とりあえず歩こうか」

 彼女は慌てたように、そしてそれをごまかすように俺の手を引く。

 もしかして、特に予定はないのではないか。彼女からしても、このデートは突発的なものだったのか。そんな考えがよぎり始める。それを裏付けるかのように数分歩くと、握っていた手を放し、立ち止まった。

「どうしたんだ?」

「あ~、えっと、この先にねー」

 慌てたように振り返るが、俺から隠すようにスマホで何かを調べようとしていた。……やはり、特に予定を立てていたわけではないようだ。なら、彼女が次の目的地を調べ終わるまで待つのもいいだろう。

 彼女に俺を意識させないようにと、周りの景色を見渡す。先ほどまでと同じように男女のペアが多い。だが、先ほどまでとは見え方が全然違った。

 ……何かがおかしい。そう気づいたのは少ししてからだった。

「ちょっと、成美さん、こっちへ」

「え、え?」

 スマホで必死に何かを調べていた彼女の手を引いて、ある方向へと向かう。するとそれに反応するように数人の男たちが寄ってくる。悪い予感は当たっていたようだ。

「走るよ」

「う、うん」

 奇しくも先ほどとは逆だった。今度に関しては本当に追手がいる。つかまっては面倒なことになりそうなのは明らかだった。

 ふと手を引いて走るときに彼女の足元を確認する。スニーカーほどではないにしろ、そこまで走るのに困る靴ではなさそうだった。そのことがわかると彼女のことを気に掛けつつも先導するように走る。

 十数メートル走ったところで前に人影が飛び出してくる。

「く、逃げようとするんじゃねえ」

「こいつら、マジか」

「え、え、どうしたの?」

 急に立ち止まってせいで、背中には成美さんがぶつかる。だが、意識はその男へと向かざる負えない。周囲を確認すると、背後からは数人の男たちが追ってきていた。

「成美さん、ちょっと離れて」

「え?」

 転ばない程度に彼女を横へ突き飛ばす。男は慌てたように接近してきていた。

 素早く構えを取り、相手が近づいてくる勢いに合わせて逆にこちらから踏み込む。こうすることでナイフのリーチが伸びきる前にこちらの攻撃を当てることができる。

 そうして男に対して回し蹴りを決める。ナイフを握る腕めがけたそれは、勢いにより男までもが転がる。やはり男自体に戦闘経験はないようだった。

「さあ、早くいくよ」

「あ、はい」

 再び彼女の手を取ると、走り出す。




・・・




「ふう、何とか追手は撒けたようだな」

 幸いにも数分走った後に振り返れば、追手はいなくなっていた。後ろを振り返ると同じように息も絶え絶えの成美さんの姿があった。

 ……こうなっている彼女には悪いが、流石に事情を聴かなければならない。あの時の彼女の反応を思い出した時に、あっけにとられつつも俺の意志に合わせてくれていた。だから彼らの仲間というわけではないと思うが、だからと言って無視できるわけじゃない。

「とはいえ、か。一旦飲み物でも買いつつそこのベンチで話をしよう」

「う、うん、そうだね」

 走ったせいか、顔を上げた彼女の頬は紅潮していた。

 先に彼女をベンチに座らせると、近くの自販機で水を買う。その時も、もしや逃げられるのではないかと横目に彼女を捉えてしまう。だが、流石にその心配は杞憂のようだった。ただ、少し思いつめたように顔を伏せていた。

「水でいいよね。そういえば来るときにも走ってたし、もっと前から買っておけばよかったね」

「あ、ありがとうございます……」

 表情に陰りが見える。こちらの様子を窺うようにたまに視線が上へと向く。彼女もおそらく何かを話そうとしてくれているようだ。だが、襲われた手前、怒られるのではないかという不安があるのだろう。

「成美さん、話してくれるよね?」

「はい、もちろんです」

 俺の呼びかけで決心がついたようで、しっかりとこっちを見つめ返す。そして、ペットボトルを横に置くとスッと立ち上がる。そして、頭を下げる。

「申し訳ございませんでした!!」

「あ、いや、その、えっと、と、とりあえず頭を上げて。目立つからさ」

「え、あ、はい、ご、ごめんなさい」

 慌てて周囲を確認するが、少なくとも追手の気配はなかった。

「それで、結局どういうわけなの?」

「あ、はい、ちゃんと話します」

 すると彼女は持っていたカバンを漁りだした。

 俺はその隙にと、ベンチへと座るとペットボトルを開ける。

「その、まず最初にこれを見てもらえたら」

 彼女に促されるまま、それを受け取る。それは、指輪入れだった。実際に手に触れたのは初めてだったが、テレビや宝石店のショーケース越しに見たことがある正方形の丸っこいケースだった。そして、その指輪ケースには何かが挟まっているように、紙切れ二枚が空け口から顔をのぞかせていた。

「これは?」

 彼女の様子を窺うように見ると、視線で紙を指された。おそらく、この紙切れを見ればいいのだろう。ケースに手をかけ上に持ち上げると、勢いよく蓋が開く。そして指輪ケース自体を彼女との間に置くと、メモを開く。

 一枚目には上に使い方と書かれていた。


『指輪を二人の人間がつける。12時間経つと、願い、魔術を一つ行使できる。一度のみしか効力を発揮しない』


 そう、書かれていた。指輪と聞き、左手の指輪を視界に捉える。そして、指輪ケースの中、つまりはめる場所を見る。そこには二つの指輪をはめれるへこみがあった。おそらくこの俺と彼女がつけている指輪のことだろう。

 そして、もう一枚を見る。


『指輪を使い、我が主を呼び覚ます。教祖へと届けよ。また、集合場所の町はおそらく焦土と化すので、信者にはその旨を周知させよ』


 俺はすぐに彼女の方へと顔を向けた。

「あ、いや、私はこれを拾ったんです。多分襲ってきた人たちのものだと思います」

 おそらく、険しい表情になっていたのだろう。すぐさま彼女がフォローを入れてきた。だが、内容が内容なので、きちんと話を聞かなければなるまい。事によっては町が焦土と化す、なんてただ事じゃない。流石にこんなこと、想像すらできなかった。

「えっと、そのね、それを拾ったの。それでもしこれが本当だとしたらどうにかしなきゃ、って思って」

 まあ、それはわかる。こんな事、本当だとしたらテロどころの話じゃない。

「それでね、ここに書いている通りなら一回効力を使っちゃえば、それでここに書いてある計画は阻止できるんじゃないか、って思って」

「それで、俺に?」

 なんとなく、彼女の行動が読めてきた。

「うん。なるべく早くにした方がいいと思って、街中で探してて。それと、もしいたずらだったとしても、それならそれで相手の人にも迷惑かけずに済むと思って……」

「まあ、確かに警察にこれを渡したところで、メモ書きは本気にされないか。それで落とし主に戻るわけだし」

「そう、そうなの。それで、いや、私もこれが本当かはわからなかったから」

「だから一人で済ませられるように、っていうのが俺にした行動の要因だったわけか」

「あ、はい、ごめんなさい……」

 彼女はしょぼくれたように俯く。

 確かに巻き込まれる側としては、なかなか真に受けようとは思えないかもしれない。だが、実際に信者に当たるだろう集団を目撃し、ナイフまで持って襲ってくるという危険っぷりだった。十分このメモの内容を信じるに足る状況を味わった。

 だから、彼女の行動は結果的に正解だった。……だったのだが、なんだろうか、少しだけ残念な気がしていた。これは、俺を逆ナンしたわけじゃないというのがわかったからだろうか。警戒はしていたとはいっても、やっぱり心のどこかでそういったことを期待している自分がいた。

「あの、ほんと、巻き込んでしまってごめんなさい」

 心配そうに彼女がのぞき込む。そんな彼女には悪いが、いや、実際に巻き込まれたこの状況は気を落とすのに十分な事態だ。だが、それと同時に少しばかり期待していたこんな美人が自分を好いたゆえのクリスマスイブの逆ナンデートではないことへのショックがあった。

 先ほどまでは全然考えていなかったその自分の期待と、それを裏切られたときことによる落胆が思った以上に強かった。

「ただ、その、こんな風になるとは思ってなくて……」

「あ、ええっと、こんな風にって?」

 気合を入れなおすように息を入れると、彼女へと向き直る。

「それは、こんな風に襲われたことで」

「……いや、逆に俺でよかったよ。多少腕に自信はあるんだ。君だけだったらそれこそ危なかったでしょ」

「ほんと、ありがとうございます!」

 ショックは隠しきれているだろう。例え相手が自分を特に何と思っていなかったとわかっても、態度を崩すわけにはいかない。もしもそうしたら本当に期待していたみたいじゃないか。

「……デートに誘ったのが君でよかった」

 彼女が聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。

「つまり12時間、深夜1時ぐらいか? それまであいつらから逃げきったらいいわけか」

 警戒するように辺りを見渡す。やはり先ほどのような不自然な存在は見えなかった。

「とりあえずのところ大丈夫そうか」

「ねえ、イルミネーションがきれいじゃない?」

「え、……あ」

 彼女の声で視線が上へと向く。ずっと周囲を見渡していたはずなのに、見えていなかった。冬だからか17時くらいだというのにもう薄暗く、ツリーに飾られた電飾は十分目立って見えた。そしてそんな光で構成されたモミの木が通りの中央を飾るように並んでいる。

「ねえ、少し歩こうよ」

「え、でも」

「いいじゃん、デートはデートでしょ?」

 そういって俺の手を取る彼女はにやけるように笑っていた。そんな顔で見られたら、まだ勘違いしててもいいんじゃないかと思ってしまう。

 そして彼女に手を引かれるように、通りを歩いていく。もう周りのカップルたちは気にならなくなっていた。

「ねえ、そういえば君って強いんだね」

「まあ、武道の心得はあるので」

「確かにガタイがいいし、腕の筋肉もすごそう」

 彼女は俺の手を引いている別の手で腕を触り始める。結果として俺の腕を抱くような形になり、どうしてもドギマギしてしまう。

 ……デートなら、普通なのかもしれない。だが、それにしても最初よりもスキンシップが激しい気がする。信頼、されているということなのか。女性との交流が乏しい俺には距離感が掴みかねた。

 正直最初の服屋とは別の意味で、心ここに非ずといった状態になっている。なんというか現実味がないのだ。




・・・




 今俺たちはあるレストランの個室にいた。イルミネーションを見て回っていた後、周囲が完全に暗くなってきた頃だった。彼女の「そろそろどこかで夕食でも食べない。」という提案から、近くの飲食店に入った。日付的に予約なしに入って食べれる物かと思ったが、どうやらキャンセルがあったようで、奥の個室に通された。

「運がいいねえ」

「確かに、ここならさっきの奴らにも見つからないだろうし、時間いっぱいはここでのんびりしようか」

 再び室内で落ち着けるということで、一安心できた。彼女は、見た感じ純粋にデート、とやらを楽しんでいるように見えた。それのおかげで俺も、何というか、楽しかった。

「メニュー自体はコースで決まってるけど、追加で何か頼む? お酒とか?」

「いや、流石にこの後のことを考えるとね」

「まあ、そうだよねー」

 別にお酒が飲めないわけじゃないが、この後まだ襲われる危険性がある。残念だが、流石に我慢しなければなるまい。

「ねえ、そういえば君は普段何してるの?」

「普段というと?」

「えっと、私は看護師やってるんだけどね」

「ああ、なるほど」

 彼女は看護師をやっているのか。確かに、お互いの職業は重要かもしれない。

「俺は、警察官をやってます」

「へえ、それであんなに強かったんだ! それじゃあ普段は交番とか? それとも刑事さん?」

 彼女は身を乗り出して食いついてくる。確かに珍しいかもしれない。とはいえ、俺の勤務形態は彼女のあげたものではない。

「いや、自分は機動隊員をやっていて」

「え、機動隊員ってあの透明の盾とか持ってるあれ?」

「ああ、ライオットシールドのことですね。はい、まあ、普段はいろいろな課から呼ばれてそれで活動をしている感じですけど。イベント会場とかの警備とか、そういったやつです」

「へえ、確かに機動隊員が普段どんなことしてるのかと知らなかったかも。なんかニュースになるような事件とか起きたり、とかはわかるけど、そんなに常日頃からはないよね」

「まあ、そういうことです」

 一般の人意識して認識するような場所は、確かに少ないかもしれない。だが、俺自身はやりがいを感じているし、身体を使った仕事の方が性に合っている。

「なんか、すごい頼りになるかも。追われてた時のあれもすごい手際よかったし、やっぱりそういうの慣れてるんですか?」

「んー、まあああいうのを鎮圧するために訓練しているので。あ、まあ、今は勤務時間外ですけど」

 それぐらい話すと、コース料理が到着し始めた。

「失礼します。こちら前菜となります」

「ありがとうございます」

 彼女は持ってきてくれた店員にお礼を言う。さらに、店員が皿を置きやすくなるように物をどけたり、体をずらしていた。

 そんな調子で次はスープと来て、メインデッシュはステーキらしい。どれもおいしく、それでいて彼女と談笑しながら食べることが一番のスパイスになっている気がした。

「そういえば、突然誘っちゃいましたけど、高明さんは今日何してたんですか?」

「いや、ほんと、特に何も。クリスマスとか、イブとか特に縁がないもので」

 実際として、なかなか出会いもないうえに休みをほかの職業と合わせづらいというのがある。実際に職場の女性以外で、女性との関わりが本当にない。

「そうなんですか? クリスマスの思い出とか」

「ないですね。成美さんはどうですか? 私と違って結構ありそうですけど」

「いや、そんなことないよ。学生時代は女友達と集まってパーティーをしたりとかはあるけど。あ、でもホワイトクリスマスとかよくないですか?」

「あー、なるほど」

 そっちかー。そういう風に思った。異性とのクリスマスの思い出だと勘違いしていたのが、少し恥ずかしく感じる。とはいえ、だからと言って話せるような話題もない。高校を卒業して十年、大体仕事とともに過ごしている。

「でも、実際クリスマスの時期に雪ってなかなか降らないんだよね」

「まあ、そもそも太平洋側はそんなに雪が降らないですからね」

「いやー憧れるなー、ホワイトクリスマス」

 彼女はロマンチストなところがありそうだ。イルミネーションの時もいち早く気付き、目を輝かせていた。でも、そんなところが普段目にしない景色を見せてくれて、楽しく感じていた。

「確かに、君とそんな日を過ごせたらすごい楽しいんだろうね」

「え?」

「あ」

 思わず、口を覆う。思ったことがつい口に出てしまっていたようだった。

「あはは、君も大胆だね。いや、私はいいんだけどね」

 彼女は少し手を宙に浮かした後に、自分の服を掴んで視線を外す。自分の思わぬ発言で、焦ってはいたが、そんな彼女の動きがなんだかとても可愛らしく思えていた。




・・・




 時間は21時過ぎ、レストランの会計を済ませて外へ出る。12時間という期限付きの彼女とのデートだが、それももう三分の二が過ぎていた。

 さて、次はどうしようか?その言葉はいう前に引っ込んだ。

「まずいな」

 昼間ほどは往来する人の数が少なった周囲から、こちらに視線を向けてくる人たちが複数人いた。明らかに服屋の後に目撃した連中の仲間だろう。

 成美の様子を窺うようにすると、どうやら流石に彼女も気づいているようで、険しい表情をしていた。そして、スッと握っている手の力が強くなった。

「走るけど、大丈夫」

「もちろん」

 なるべく人の数が少ない場所へと走り出す。するとそれに気づいたようにやはり、こちらに視線を送っていた連中は追ってきた。


 しばらく走っていると、人込みや信号を駆使して後ろの追手は追い払うことができた。だが、落ち着こうと人気が少なくなった開けた場所で二人の男が行く手を遮るように、現れた。

「やろうっていうんだな」

 彼女の手を放し、構えをとると男たちは無言でナイフを手に近づいてくる。やはりこいつらは危ない。街中だというのに平然とナイフを振るってくる。メモが本当かどうかに限らず、こいつらに捕まってはいけないのはわかる。そして絶対に彼女がケガを負わないようにしなければいけない。

「事情を聴こうにも、鎮圧してからって話だな」

 男たちは戦闘の経験はなさそうであり、お互いに獲物を振るっていることから同時に襲ってくる素振りはなく、一定の距離を保っている。それなら人数差はそこまで気にならない。

 まず最初に恐る恐る接近してきた男に対して、一気に距離を詰めてナイフを持っている腕を後ろ手になるように締め上げる。そしてそのまま拘束している男を盾にするように、もう一人の男を牽制する。

 カラン、金属音が響く。締め上げていた男の腕からナイフが落ちた音だ。それをきっかけに、男の鳩尾を拳で打ち抜く。すると男は倒れた。すぐに落ちたナイフを靴で抑えて、遠くへと飛ばす。

 だが、その隙にもう一人の男がナイフを手に突進してきていた。

 一瞬のところで躱すと、その勢いを利用して足を男の腹へと入れる。そしてもう一人の男も沈黙した。

「だ、大丈夫なの?」

「ああ、問題ないよ」

 駆け寄ってきた成美に対して安心させるように声をかける。

 だが、そのあとすぐに彼女が俺のコートを触ったことで、ナイフがコートを切り裂いていたことに気づいた。中までは切られておらず、怪我自体はしていないのは幸いだった。だが、これなら彼女が心配したのも頷けた。

「……この人たちは?」

「気を失ってるだけだろうね。でもとりあえず目が覚める前に、こいつらの上着で簡易的にでも拘束しておくか」

「でも、この人たち、よく私たちの場所をわかったよね。そんなに人数がいるのかな?」

 確かにそうだ。店から出たときに関してはまるで待ち伏せしているようだった。なにか彼らが俺たちの居所を突き止める目印でもあるのだろうか。指輪なんて小さいものでは、流石に特定なんて無理だろうし、そもそもどうやって俺たちだってわかったんだ?

「ん、なんか上着のポケットにあるな」

「なにそれ」

「スマホか? ロック画面はないみたいだが」

 男の上着からはスマホが出てきた。画面はメッセージのやり取り画面だった。画面は誰かからの送信メッセージが二件あった。


『12時間後に青の指輪に触れているものの願いを叶える。そのため、指輪装着者を拘束すれば計画に問題はない。また、赤の指輪をつけてる者はその少し前のタイミングで魔力が尽きて気絶する。その時が好機である。逆に言えば、それまでは最悪泳がせてもよい』


『もしも指輪が効力を失った場合は、速やかに引き上げること。目的が果たせないのに、リスクを背負う必要はない』


 その内容は指令書だった。それはこの集団の行動を示すものと、さらに指輪のさらなる効果だった。

「ねえ、これって……」

 後ろからのぞき込むように見ていた成美は声を上げる。そんな成美の指には、赤色の指輪が輝いていた。つまり、彼女は魔力を吸われて12時間が経つ直前に昏倒してしまうということだ。

「元々、守ってもらってばかりなのに、最後は意識さえ失っちゃうんだ……」

「……」

 不安そうにする彼女へ咄嗟にどう声を掛ければいいのかわからなかった。

「ごめんね、本当に巻き込んじゃって」

「それは違う!!」

 彼女の悲壮感漂う声に、思わず叫んだ。

「それは違うよ、成美さん。俺なら大丈夫だし、君だけだった方が危ない。俺に声をかけてくれて、ありがとう」

 何を言っているんだろうか。急に迷惑をかけている相手からお礼を言われるなんて、彼女からしても意味不明だろう。だが、彼女は正義感から行動をとったはずだ。それを悪いことだなんて思って欲しくなかった。

 そんなことを口走った手前、すぐに彼女の様子を窺えずに男の持っていたスマホへと顔を向ける。ああ、多分今俺の耳は赤くなっていることだろう。それをごまかすようにスマホを調べると、他にはもう一つのアプリしか入っていなかった。それを開くと地図アプリのようで、この場所を点滅する光が示していた。現在地だろう?

 ……いや、よく見ると近くに制止した点がある。こっちの方が画面の中央にあり、現在地のように見える。となるとほぼ重なるようにしてある点滅する点は、何だろうか。

「いや、これ、GPSだ。なにか、俺たちの持ち物が位置を示してる」

「え、あ」

 二人で慌てたように、コートのポケットを叩いたりと、持ち物検査が始まる。だが、すぐに何かに気づいたように彼女があるものを持ち出した。

「これ、この指輪ケースなんじゃないかな?」

「そうか。いや、そりゃそうか。ちょっと貸して」

「うん」

 元々自分たちが持っているものにGPS発信機が仕掛けられているわけがない。だとしたらもう一つしかありそうなものは残っていなかった。

 指輪ケースを空けて、スポンジ部分を取ってみる。するとそこには正方形で親指ほどの大きさのGPS発信機があった。最初からここにあったのだ。

「これのせいで場所がバレていたのか」

「捨てたほうがいいよね」

「そうだな」

 今から考えれば確かに異常なほど先回りをされていた。それはすべてこの発信機のせいだった。指輪の話をして、ケースを受け取った時に気付いてもよかった。メモに気を取られて気付けなかったのは迂闊だった。

 その恨みも込めて、発信機を叩きつける。流石に小型なのもあって、それだけでは壊れないが、持っているよりは何億倍もマシだ。

「とりあえず、発信機でこの場所自体はバレているはずだから、早く移動しよう」

「そうだね。そろそろ時間も近いし、本格的に追ってきそう」

 彼女の言う通り、時間はもう日付が回りそうだった。




・・・




 それから、移動を始めた。案の定先ほどまでとは違って、明らかに視線を向けてくる人たちはいなかった。だが、それでも至る所に信者たちが徘徊していた。それから逃れるように移動を繰り返していると、時間もあり人気のない公園へと辿り着いた。

 公園の時計を見上げると、0時45分を指していた。

「……もうそろそろ1時か」

 わざわざ公園へと来たのには、信者のいない場所を選んだほかにももう一つ理由があった。それは彼女のタイムリミットである。彼女は1時前には意識を失うらしい。実際少し前から足取りが不安定になっていた。だから、公園へと落ち着いた。

「ごめんね、歩いて逃げるほどの力も出なくなってきちゃった」

「君のせいじゃないんだから、大丈夫だよ」

 弱々しくなっている彼女をベンチへと寝かせる。ないよりはマシだろうと、頭を太ももへとのせる。

「膝枕だね」

「……」

「あ、照れた」

「最後まで、迷惑をかけてごめんね。……まあ、指輪が逆だったとしてもあれか」

 それはそうだ。もしも逆なら、俺が意識を失うことになる。彼女を彼らと戦わせるなんてダメだ。その点では彼女の指輪を渡すセンスは間違ってなかった。

「ねえ、最後に一つだけ言わせて」

「なに?」

「……」

 彼女は目を閉じ、沈黙する。一瞬このタイミングで時間が来てしまったかと思った。

 だが、それは杞憂だった。身体を起こし、俺から顔が見えないように横になった。そして声が聞こえてくる。

「いや、いいや。なんか縁起でもないことになりそうだし。起きてから言うね」

「……そうだな。特にこの後どうにかなるってわけじゃないしな」

 彼女が何を言おうとしたのかわからない。だからこそ無事でいなきゃいけないというわけだ。彼女の手を握る。すると弱くだが、握り返された。

「それじゃあ、そろそろ限界みたい。君とデート出来て楽しかったよ」

 その声とともに、彼女の手から力が抜けた。確認すれば、眠っているようだった。彼女の体を傷つけないように、膝枕の代わりにカバンを差し替えて立ち上がる。そして入口へと歩いていく。

「しかし、さっきの言葉、そうか、やっぱりデートだとずっと思ってくれてたのか」

 彼女の言葉を思い返し、頬が熱くなったのを感じて手を当てる。

 だが、なおさら彼女が言おうとしてやめた言葉とは何だったのだろうか?

「まあ、来るよな」

 そんなことを熟考するような時間は当然なかった。公園の入り口に人影が現れる。

 ここに来る前に拾っておいた鉄パイプを手に持つ。相手が得物を持っている以上、丸腰というのは分が悪すぎる。だからこそのものだ。

「時間は十分程か」

 そいつらは姿を現す。本当にどこにでもいるような男が三人、そしてもう一つの人影は、人ですらなかった。

 二足歩行で若干の前傾姿勢のそれは、毛のない犬の鼻を潰したような顔を持っていた。そして服など来てない胴体はゴムのような光沢を見せ薄汚れた人の肌のような色をしていた。明らかに人ではないそれは、信者に付き従うように姿を現す。

 外灯により光を浴びると、顔から生える牙と腕に付いた鉤爪が鈍く光る。さながら小泉八雲の食人鬼に出てくる化け物のようだった。

「お前ら、本気でこの町に主とやらを呼び起こす気なのか?」

 時間稼ぎの意味も込めて彼らに問いかける。だが、返答は一切なかった。

 今までこの集団の本気度は理解していた。だが、実際に主を呼び出すということの実現性は甚だ疑問だった。だがこうして目の前に異形の存在を目撃してしまうと、信じざるを得なくなる。こいつらなら本当に神とやらを呼び出し、この町を灰燼に帰すことをしかねない。

 彼らは対話の意思がなさそうなのも、より不気味さに拍車をかけていた、幸いなこととしたら、彼らは依然として戦闘には疎そうだということだ。体つきや構えで素人だということがわかる。

「力加減とか、もうできないからな。それでもいいんだな?」

 脅すように声をかける。実際には人数差から防戦を強いられるだろう。だがあわよくばこれで退いてくれたら、という希望があった。

 しかしそんなに上手くいくはずもなく、連中は動き出した。

 居合のように鉄パイプを握ると、真っ先に近づいてきた男へと身を低くして突撃する。ぶつかる前に男の首にパイプを打ち抜き、ナイフを落とさせる。そのまま、男の体を身にまとって駆け抜ける。

 気絶させた男を払いのけると、化け物は俺のことを見失わなかったようで鉤爪を振り下ろしてくる。それには後退することで回避する。そしてカウンターのように先ほどと同じように首に当たる場所へパイプを振り下ろす。

 感触はあった。普通ならその時点で気を失うか、ないし怯むはずだった。だが奴はそんな素振りなくもう片方の鉤爪を振り上げる。

 寸前のとこで鉄パイプを離して後ろ跳びに回避する。そして倒した男の持っていたナイフを拾うと、化け物の顔へと投げつける。それには化け物は回避した。その隙にパイプを拾いなおすと、近づいてきていた男の胴を打ち抜く。

「いたっ」

 気付けば、左腕をナイフが掠めていた。そのことに気づき、一旦連中から距離をとる。相手も体勢を整えようと、一度集まっていた。男の一人は初撃に倒した。もう一人も腹を抱えて満身創痍に見える。化け物は一発大きいのを与えたはずで、手応えもあった。だが、

まだ動いているし、もう一人無傷の男がいる。そしてこっちは左腕にかすり傷。体力は結構きつい。

 ふと、左腕に目をやったタイミングで見慣れない光が目に入る。それは青い指輪だった。青い指輪が仄かに光り輝いていた。さっきまでにはないことだ。

「もしかして」

 時計に目をやると、1時を指している。つまり、時間になった。願いを叶える条件が経ったということだ。なら、別にこいつらを倒す必要はない。

 左手の指輪を目線の高さへと持ってくる。連中も気づいたようで動揺を見せる。だが、もう遅い。願いを言えばそれで済む。

「雪を、降れ!!!」

 そう叫ぶと指輪の光は強くなり、一瞬視界全てを淡い青色の光を包む。その後光が段々と弱くなり、しまいには元の指輪へと戻った。

 そして、黒く染まった景色に白い点が表れる。それは段々と数を増やし、斑点を作っていく。それを確認したのか、連中は倒れた仲間を抱えながら公園を出ていった。

「はあ、なんとか、なった、のか?」

 鉄パイプを手放すと、彼女の元へと向かう。雪が降ってきた。せめて顔に詰まらないように、また膝枕でもして起きるのを待とう。正直、俺も疲れた。




・・・




 彼女が目を開けた。

「おはよう」

「……高明くん、全て終わったの?」

「ああ、ほら見てくれ、ホワイトクリスマスだよ」

「もしかして、指輪に願ったの?」

 彼女は彼女の左手薬指にある指輪を見せる。さっきまでと違い、指輪はもう自由に取れるようになっていた。俺のもそうだ。彼女の質問に頷いて答える。

「そう、ありがとね」


「……私、君の事好き、なんだ」


 最後の方が消え入りそうな告白だった。


「俺も、かな」


 言った途端、恥ずかしさで死にたくなった。彼女は外さなかった視線を俺は勢いよく左上の方へと向けた。するとクスッ、と小さな笑い声が聞こえた。


「ねえ、この後も暇? 家近いんだ」

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「突然ですが、デートしませんか?」 鏡野桜月 @satsukiinyo

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