第45話 報復死球
プロ野球のペナントレースも佳境となった。
都心の伝統ある球場では、この日も試合が行われていた。
現在二位につけるAチームが、関西を拠点とする、首位を快走するBチームを本拠地に迎えての、いわゆる天王山だ。
Bチームは十数年ぶりの優勝を目前としており、Aチームはわずかに残された逆転優勝のためにも負けられない試合であり、詰めかけた超満員の観客たちは息詰まる熱戦を期待していた。
しかしこの試合が、とんだ荒れ試合となってしまった。
終盤にさしかかり、Bチームが一点差でリードしているのだが、なんとAチームの投手陣が、ここまでにBチームの主軸打者三人すべてに、デッドボールを与えてしまったのだ。
しかも三度目などは、死球を当てられた選手が負傷交代となり、両軍ベンチから選手やコーチ、監督が飛び出し、乱闘寸前にまでなった。
観客は騒然として、事態を重く見た審判団は、警告試合を宣言した。
警告試合――簡単に言うと、次に死球を当ててしまった場合、それがどちらのチームだろうと関係なく、没収試合になるということだ。
審判団は警告試合を宣言することにより、これ以上の死球禍を避け、試合を落ち着かせようとしたのだ。
しかし審判団の目論見とは裏腹に、この日の荒れ試合には、もう一波乱待ち受けていた。
乱闘寸前となったその裏の攻撃で、Aチームの主軸打者の一人がバッターボックスに立ったところで、Bチームがピッチャーを交代させたのだ。
しかもその投手交代が、勝ちパターンの投手をイニング途中でマウンドから降ろしただけでも驚きなのに、交代してマウンドに上がったのが荒れ球で有名な投手だったのだ。
これはもう、警告試合を無視して、没収試合も辞さない、報復死球を命じたのだと、誰もが思った。
Bチームにしてみれば、負傷交代となった主軸打者の一人がいつ戦列に戻れるかもわからず、ほかの二人も怪我をしていないかもわからないのだ。
せっかく十数年ぶりの優勝が目前なのに、三十数年ぶりの日本一だってかかっているのに、主軸打者が三人とも長期欠場となれば、すべてが水泡に帰すとも限らないのだ。
だからこそ、警告試合を無視しても、たとえ没収試合になっても、一矢報いようと、戦う意思は消えてないのだと、報復死球をぶつけてやろうというのだ。
超満員の観客が固唾を飲み、荒れ球の投手が投球練習を終え、プレイボールがかかる。
荒れ球の投手の注目の一球目は、時速160キロメートルを超える剛速球で、ど真ん中で、キャッチャーミットに収まった。
Aチームの主軸打者は、デッドボールを恐れて、やや腰が引けていて、ど真ん中のボールにもかかわらず、ちっともバットを振る素振りがなかった。
審判がストライクをコールし、超満員の観客は一瞬安堵した。
しかし、まだ薄氷を踏むような、Aチームの主軸打者の打席は終わってはいない。
現在バッターボックスにいる彼がアウトになるのにも、あとストライクが二つも必要だし、そもそも主軸打者はあと二人もいるのだ。
荒れ球の投手に交代し、すぐにぶつけてはあまりにもあからさまだし、あとの二人にぶつける可能性だってあるのだ。
荒れ球の投手は再び、マウンド上で投球動作に入る。
二球目を投じようとして、観客たちはまた固唾を飲み、球場全体に緊張感が走る。
ところが二球目も、やはり時速160キロメートルを超える剛速球で、ど真ん中で、キャッチャーミットに収まった。
それどころか、荒れ球の投手はバッターボックスの主軸打者の彼を三振に打ち取り、さらに後続も打ち取ると、さっさとそのイニングきりで交代してしまった。
試合はそのままBチームの一点リードで終了し、報復死球を当てるのではなかったのかと、超満員の観客はキツネにつままれたような、なんとも言えない気持ちになった。
ヒーローインタビューが行われ、Bチームの先発投手が壇上に呼ばれ、両軍選手はベンチから引き揚げ、観客たちも三々五々と散っていった。
「あなたがマウンドに上がったのは、報復死球のためだったのではないんですか?」
試合後の、ベンチ裏での囲み取材で、報道陣は荒れ球の投手に尋ねた。
「それが、ぶつけろのサインだったんですけど、全部ど真ん中に行ってしまって……」
荒れ球の投手は、記者の質問に、困ったように答えた。
キャッチャーがどういうつもりで、報復死球のサインを出したのかはわからない。
本当にぶつけて、一人でもAチームの主軸打者を欠場に追い込もうとしたのかもしれないし、マウンド上の投手の荒れ球を逆手にとって、逆にストライクゾーンに投げさせようとしたのかもしれない。
キャッチャーがどういうつもりで、報復死球のサインを出したのかはわからない。
しかしいずれにせよ、ぶつけてしまって、没収試合にならずに済んで、本当に良かった。
詰めかけたファンにとって、プロ野球の現地観戦とは一期一会であり、後味の悪い結果など望んでいないのだから――。
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