第40話 働き方改革

 とある国の国会で、女性の社会的地位の向上を促進させるための法案が成立し、即時施行された。

 そのため、その国では一定以上の規模の企業は、取締役の四割以上が女性でなくてはならなくなった。

 さすがに猶予はあるものの、猶予が終わると監査が入り、法令に違反していることがわかると、一時的な業務停止などの、厳しい処分が科せられることとなった。




 しかし、そんなことを急に言われても、企業としては困ってしまう。

 その国ではいまだに男性社会が根強く、どんな企業だって女性社員の割合は少ないし、ましてや取締役どころか、些細な役職についている女性社員さえわずかだからだ。

 それで国会で法案が成立したからと、すぐにでも取締役の四割以上を女性にしろと言われても、とても無理があった。




 都市の郊外に自社ビルを構える、とある工業部品を扱う会社も、困っている会社のうちのひとつだ。

 その会社は、業務内容のせいもあってか、社員はほとんど男性で、取締役に女性は一人もいなかった。

 おまけにその会社の女性社員たるや、みんな結婚のための腰かけの事務職員で、数年でいい人をみつけて辞めてしまうので、取締役に抜擢するどころではなかった。




 しかしそれでも、法令はすでに、効力を発揮してしまっている。

 人材がいないからと、手をこまねいていては、猶予はあっという間に過ぎていって、処分は免れない。

 一時的とはいえ、業務停止のような厳しい処分が科されれば、自社ビルを持っているとはいえ、大企業とはとても言えない工業部品の会社は、瞬く間に傾いてしまう。




 そこで社長は、ほかの会社から優秀な女性社員を引き抜き、取締役に抜擢しようと考えた。

 自社の中には優秀な女性社員がいなくても、世の中には社長が女性である会社もあるのだし、好条件を提示できれば、優秀な人材を確保できると思った。




 しかし、これがさっぱり、上手くいかない。

 それもそのはずで、そもそもこの国は男性社会である上に、ほかの会社だって工業部品の会社とおなじように、優秀な女性を好条件で引き抜こうとしていたのだ。

 工業部品の会社は、大企業ではないので、大企業と比べると提示できる条件に限界があるので、袖にされ続けてしまうのだ。




 いよいよ社長は、どうしていいのかわからなくなった。

 自社に優秀な女性社員がいなく、他社から引き抜くこともできないのでは、打つ手はなくなったも同然だ。


 いよいよ社長は、どうしていいのかわからなくなった。


 しかしそれでも、日付は刻一刻と過ぎていき、猶予はなくなっていくのだ。


 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎた。



 時間は経ち、時間は経ち、時間は経った。



 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎた。

 四か月が過ぎ、五ヶ月が過ぎ、六ヶ月が過ぎた。



 そしてとうとう、女性の社会的地位向上の、法令が順守されているかどうかの監査が、翌月へと迫ってきた。




 社長は悩んだ末に、ようやっと、ひとつの解決策を見出す。

 それは苦肉の策で、一時しのぎでしかないが、一時しのぎでもいいのだ。


 一度監査を上手くやってしまえば、次の監査までは時間があるので、そのあいだに、徐々に女性社員の割合を増やし、取締役に抜擢すればいいのだ。



 それは苦肉の策で、一時しのぎでしかないが、一時しのぎでもいいのだ。



 社長が目を付けたのは、くしくも彼を苦しめた、女性の社会的地位向上のための法令と、同じ国会で成立し、やはり即時施行された、別の法令だった。




「やあ、ようこそいらっしゃいました」


 監査の当日、社長は自ら、役所から派遣された、監査の男を出迎えた。


「こちらです」


 ――と、にこやかな笑顔で、監査の男を連れて、エレベーターで会社の最上階に上がり、豪奢なドアの、大きな会議室に案内した。

 会議室の中では取締役がせいぞろいしていて、監査の男に、工業部品の会社が法令をきちんと順守していることを証明しようと、今か今かと待ち構えていた。


「どうぞ」


 社長は言って、会議室の、豪奢なドアを開ける。


「どうも」


 ――と、監査の男は言って、会釈をして、会議室に入る。

 会議室の、大きな机の、余裕があるのだかないのだかわからないスペースの、高価そうな椅子の取締役たちが、一斉に彼に振り向く。


 社長も会議室に入って、豪奢なドアは音もなく閉まって、彼はにこにこと、監査の男のそばに立つ。



 会議室はしんとして、緊張感が漂って、温度が急に下がったような、寒気を覚える。



「社長、御社はきちんと法令を遵守していると、事前に聞いていましたが、ここにいらっしゃるのは全員男性のような……」


 困惑して、監査の男は言った。


 高そうな椅子に座り、彼を見る取締役たちは、みな壮年を過ぎた、やや頭髪の怪しくなった、男性しかいなかった。



 困惑する監査の男に、社長は胸を張り、言った。



「なにをおっしゃいます、ここにいる取締役の半分は、ちゃんと心が女性ではありませんか」



 女性の社会的地位向上のための法案と同じ国会で成立し、即時施行されたのは、性的マイノリティへの差別禁止の法案だった。

 社長はそれに目をつけ、取締役の半分は心が女性だとして、監査をやり過ごそうと画策したのだ。



 監査の男は、さすがに都合がよすぎると、詭弁だろうと問い詰めたかったが……。



 それでは性的マイノリティを差別したことになってしまうので、役所から派遣された身分としては、とてもできない。

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