第37話 政治家

 俺には高校に、超がつくほど優秀な友達がいる。

 彼は成績がいいのはもちろんのこと、人当りもよく、誰にでも好かれている。


 底抜けの陽キャをはじめとして、教室の隅でぶつくさ言っているオタクたちだって、校舎裏で喫煙している不良どもだって、男女問わず、彼を悪く言っているのを聞いたことがない。


 しかもそれだけでなく、彼は交渉能力にも長けていて、一年間にわたる教師たちとの折衝の結果、髪型に関する校則を撤廃させてしまった。



 今ではおかげで、常識の範疇を逸脱しなければどんな髪型も許されており、校内はすっかり明るい色合いで占められることになった。



 俺は思う。

 こういう男こそ、政治家になるべきなのではないかと。


 最近どうも、日本のリーダーシップが揺らいでいるような気が、俺にはするのだ。


 国会中継を見ていても、なんだかんだ喧々諤々と長い時間やっているが、ちっとも法案が成立しない。

 与党も野党も、法案の成立を恐れているようにすら、俺には思える。


 やつらはつまり、責任を負いたくないのだ。



 法案が成立し、施行されたとき、悪法と呼ばれることもあるので、成立に加担したと思われたくないのだ。



 そこにいくと、俺の優秀な友達は違う。

 頭脳明晰で誰にでも好かれ、交渉力と決断力のある彼ならば、法案を次々と成立させてしまうだろう。



 おかげで国会は会期を前倒しに終わることになり、昨今の延期ばかりで歳費の無駄遣いに終わったのとは真逆の、歳費の大幅な節約になるはずだ。



 しかし彼ときたら、ちっともそういったことに興味がない。


 以前聞いたことがあるのだが、なんと彼の将来の夢は、安定した生活なのだそうだ。

 毎月それなりの金を稼ぎ、それなりの生活をして、何十年後まで食っていければそれでいいらしいのだ。


 正直俺は困惑した。


 俺はてっきり、優秀な人間には優秀な人間でしか目指せない、高尚な将来の夢というのがあると思っていた。

 弁護士や医者になったり、大学で研究職に就いたり、それこそ政治家なんていうのもそうだ。


 ところが彼ときたら安定した生活だ。



 せっかくの超がつくほどの優秀な人材なのに、ただ老後まできちんと食っていければいいなんて、才能の無駄遣いもいいところだ。



 しかしもしかしたら、超優秀な人間だからこそ、安定した生活を目指しているのかもしれない。

 近年はまた、世界的な動乱が続いている。

 やっとこ景気が回復してきたというのに、戦争は始まったし、全世界を巻き込んだ大掛かりなデモもあったし、どこだかの国の大手銀行も倒産した。


 つまり一寸先は闇で、いつ天地がひっくり返ってもおかしくないのだ。


 それならば、超優秀な彼をもってして、安定した生活を目指すのもわかる。



 彼のような男でさえ、挑戦的なポジションをとってしまえば、足元をすくわれる可能性がある、そういう時代なのだ。



 しかしだからこそ、彼には政治家になってリーダーシップを発揮してもらいたいと、俺は思う。

 そんな先行き不透明な時代でさえ、彼は日本を率いて、いや世界を率いて、明るい世の中に変えてくれると思っている。


 だからなのだが、俺は思い切って、彼に尋ねてみることにした。



 昼休みに仲間たちと弁当を食った後、それとなく目配せして残ってもらって、二人きりになった。



「なあ、おまえってさ、政治家ってなる気はないの……?」


 俺の問いかけに、優秀な彼は目をしばたかせ、困ったように首をかしげる。


「いやあ、俺は多分、そういうのに向いてないからさあ――」


 ややあって、彼は言った。

 今度は俺が、目をしばたかせ、困ったように首を傾げた。


「向いてないって、どうしてだよ?」


 俺には彼以上に、政治家に向いている人間が、思いつかない。

 頭脳明晰で、誰にでも好かれて、交渉能力があって、決断力もある。


 誰がどう考えても、政治家に向いた人材であり、彼じゃなくては誰が日本の、世界のリーダーとなるのだ。



 俺には彼以上に、政治家に向いている人間が、思いつかない。



 彼はやはり困ったように、頬をかいて、そしてまた言った。




「だって俺、絶対に失言しないから……」




 たしかに政治家とは、失言がつきものだと、俺も思う。

 失言一つで進退に窮して、要職を外されるとか、議員を辞めさせられるとか、枚挙にいとまがない。


 たしかに政治家とは、失言がつきものだと、俺も思う。




 だからこそ俺は、超がつくほど優秀な友達に政治家になってもらいたいのだが――。



 もしかしたら俺が知らないだけで、政治家とは、隙のある人材でしか務まらないのかもしれない。

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