第33話 くそ真面目

 都心のとある会社に、一人の超のつくほど真面目な男性社員がいた。

 彼がどのくらい真面目かというと、勤続十年になるのに一度も有給休暇をとったことがなく、毎日のように夜遅くまで残業するほどだった。

 当然彼は部署ではエースであり、彼に任せれば片付かない仕事などなかったが、しかし上司は彼のことが心配だった。

 働き詰めでは身体を壊す恐れがあるし、まだ若いのに趣味の一つもないようでは、いずれ定年を迎えたときに無気力な人間になる可能性があるからだ。


 だから上司は、ことあるごとに彼に有給休暇をとることを勧めた。

 彼が少しでも魅力を感じて、有給休暇をとりたくなるようにと、旅行のパンフレットを見せたり、カルチャースクールなんかも紹介した。


 しかしそれでも、真面目な男性社員は有給休暇をとらない。

 旅行のパンフレットを見せても、カルチャースクールを紹介しても、困ったように首をかしげて、まるで興味がない。


 それならばと上司は、彼に女性を紹介することにした。

 真面目な彼だって男なので、女性とデートの約束を取り付ければ、断らないと思った。


 ところが彼は、せっかく上司が紹介してくれた女性さえも、袖にしてしまう。

 今は仕事が楽しいので、恋愛にうつつを抜かしている暇がないと、取りつく島もなかった。

 上司は困ってしまったが、どうやっても彼が有給休暇をとらないので、ほとんどあきらめてしまった。

 ただ身体のことが心配なので、彼が毎日のように続けていた夜遅くまでの残業はやめさせて、定時で帰るように約束させた。



 そしていくらか日付が過ぎた、ある日のことである。



 なんと勤続十年間で一度も有給休暇をとったことのない男性社員が、突然有給休暇を申請してきたのだ。

 それは繁忙期のことで、しかも翌日から休みたいという急なことだったが、上司は快く了承した。

 繁忙期にエースを欠くことは痛手であるが、なにしろ男性社員には十年間もの実績があるし、部署のメンバーはみんな彼に世話になっているし、文句を言うものはいなかった。



「ところでどうして、急に有給をとることにしたんだい?」



 男性社員の有給休暇の申請に、了承の判を押しながら、上司は尋ねる。


 これまで一度も有給休暇を取ってこなかった男性社員が、どうして心変わりしたのか、上司は気になった。

 旅行に行こうと思ったのか、カルチャースクールに通うことにしたのか、はたまたいい女性でもできたのか、どれなのだろうか。



 しかし男性社員の答えは、上司の期待したどれとも違う、意外なものだった。




「いえ、自宅に仕事を持ち帰ってしまえば、朝から晩まで、通勤時間も働くことが出来ると思いまして……」




 上司は呆気に取られて、口をぽかんと開ける。


 たしかに男性社員は残業を禁止されて、仕事量が減ったことに不満を持っていたが――。




 まさか有給休暇をとってまで、朝から晩まで仕事をしようとするほどくそ真面目だとは、思ってもみなかった。

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