第32話 食らう

 突然パフェが食べたくなって、喫茶店に行った。

 家の近所のその店は、今どき珍しいクラシカルなスタイルで、カウンターの奥で店主だろうおじさんがグラスを磨いていた。


 わたしは奥のボックス席に座り、メニューに首っ引きになる。


 なんとこの店には、パフェが四種類もメニューに載っている。


 いや、多いと思ったが、もしやこれが標準なのだろうか。

 そういえばわたしは、パフェなんぞ滅多に食べないので、メニューに何種類載っているものなのかまったく知らなかった。


 ……そんなことはどうでもいい。


 わたしはただパフェが食べたいだけだ。



 メニューに何種類あるかとか、気にしたって仕方ないし、腹に収めればみんなおなじだ。



 少しのあいだ悩み、わたしはチョコレートパフェを注文する。

 ストロベリーパフェと悩んだが、多分なのだが、チョコレートパフェのほうがスタンダードな気がする。



 滅多に食べないパフェなのだから、通ぶって外したものを食べるよりは、スタンダードなものを選んだほうがいいような気がする。



 待つことしばし。


 ややあって、高さ三十センチはあろうかという、グラスにそびえたつパフェが運ばれてきた。

 店主のおじさんが目の前に置いたそれを見て、わたしは正直、目を丸くして仰天した。



 ――でかい。



 おいおい、こんなにでかいなんて、メニューに書いてなかったぞ?

 パフェのことはよく知らないが、普通はもっと小さい、半分くらいのサイズじゃないのか?



 おいおい、こんなにでかいなんて、メニューに書いてなかったぞ?



 だがしかし、望むところだ。

 わたしは今日は、パフェを食べたい気分なのだ。


 しかも特別、たくさんかきこみたい気分でもあるので、お誂え向きだ。



 だからしかし、望むところだ。



 チョコレートをかぶさった生クリームとアイスクリームの塊に、わたしは背高のっぽのスプーンを突き立てる。


 地質検査のボーリング工事よろしく、パフェをほじくり返しては口に運ぶ。

 地質検査のボーリング工事よろしく、パフェをほじくり返しては一心不乱に口に運ぶ。



 地質検査のボーリング工事よろしく、パフェをほじくり返しては口に運ぶ。



 食え。

 食え。


 食え!


 食いまくれ!



 食って食って食いまくれ!



 食え!

 食え!


 食え!!


 食って食って、食って食って食いまくれ!


 すべての出来事をなかったことのように、腹の中を甘いもので満たしてやれ!



 食いまくれ!



 食って食って、食って食って食って、食って食って食って食いまくれ!




 すべての出来事をなかったことのように、開闢以来の宇宙をリセットするように、腹の中を甘いもので満たしてやれ!




 食いまくれ――!!




 巨大なチョコレートパフェが消え去るのに、かかった時間はいかほどか。


 二十分か、十分か、いやもっと短かった。



 巨大なチョコレートパフェが消え去るのに、かかった時間はいかほどか。



 二十分か、十分か、いやほんの五分ほどだった。




 フードファイターになれるのではというくらいに、わたしはチョコレートパフェを、かっこんで食らい尽くした。




「いい食べっぷりだったね、お嬢さん」


 ずっと見ていたらしく、驚いたような、喜んだような、店主のおじさんが言った。

 なんだか気を良くしたらしく、もう一杯おごってくれると言ってくれたが、さすがに断った。


 いくらなんでも、たとえむしゃくしゃしてても、三十センチ大のパフェを二つは食べすぎだ。



 長年付き合い、こいつと結婚するのかも――という男に捨てられたとはいえ、わたしも明日の体重を気にしないほど愚かではないのだ。



 いくらなんでも、たとえむしゃくしゃしてても、三十センチ大のパフェを二つは食べすぎだ。




 なんだか気を良くしたらしく、もう一杯おごってくれると言ってくれたが、さすがに断った。











 チョコレートパフェも絶品だったが、ストロベリーパフェも大変うンまかったです。

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