第30話 浴びる

 人間は水風船ではないので、そう簡単に破裂はしない。

 たとえ上司にこっ酷く怒鳴られても、お酒を飲んで眠ってしまえば忘れることが出来る。



 人間は水風船ではないので、そう簡単に破裂はしない。






 わたしは社会人三年目である。

 社会人三年目とは、一番離職率が高い時期だそうである。


 なんでも学生時代に思い描いていた社会人像との乖離に耐えきれなくなる頃合いだそうで、忙しさが落ち着いてふと我に返った瞬間に「こんなはずではない」と、退職届に手が伸びるのだそうである。


 わたしはというと、やはり会社を辞めてしまいたい。

 先人の知恵は偉大なもので、理由もぴったり、学生時代の理想と現実との乖離だ。



 まさしく仕事に慣れ、落ち着いた三年目に、「こんなはずではない」と思い始めた。



 だいたいわたしは、いまだに書類仕事しかさせてもらえないのだ。

 本当なら今ごろは、ばりばり会議でプレゼンしたり、新商品を開発しているはずだった。

 それがわたしは、いまだに書類仕事しかさせてもらえないのだ。


 しかもその書類仕事も、上司にこっ酷く怒鳴られっぱなしなのだ。



 頑張って早めに仕上げれば、重箱の隅をつつくような体裁のミスをねちねちとやられるし、それじゃあ丁寧にと時間をかけて仕上げると、それはそれで遅すぎると叱られるのだ。



 ではどうすればいいかというと、早く仕上げてミスもなければいいのだが、そんな超人技ができるものは部署に誰もいない。

 ぐちぐちうるさい上司だって、自分の言っていることを実践できるかというと、絶対にできない。



 つまりわたしはどうやっても叱責は免れないわけで、そんなでは会議のプレゼンなんて任せてもらえるわけがないし、ストレスがたまる一方だ。



 だからわたしはお酒を飲む。

 だからわたしは浴びるようにお酒を飲む。


 記憶と一緒にストレスまでなくなってしまえと、飲んで飲んで、飲みまくって眠る。


 だからわたしはお酒を飲む。

 だからわたしは浴びるようにお酒を飲む。



 記憶と一緒にストレスまでなくなってしまえと、会社も上司も漫画やアニメのワンシーンみたいに爆発して吹っ飛んでしまえと、飲んで飲んで、飲みまくって眠る。



 たぶんわたしの社会人像は、間違っちゃないと思う。

 学生時代の理想が高すぎただけで、みんなきっと、こんなもんなのだ。


 たぶんわたしの社会人像は、間違っちゃないと思う。

 そんな即戦力なんて、どんなに鳴り物入りのプロ野球選手だって、最初の数年は苦戦するのだ。


 だからわたしの社会人像は、間違っちゃないと思う。

 お酒でストレスを誤魔化して、三年目を乗り切れた者だけが出世して、新人にねちねちやる権利を得られるのだと思う。


 だからたぶん、わたしの社会人像は、まったく間違っちゃないと思う。

 学生時代の理想が高すぎただけで、みんなきっと、こんなもんなのだ。


 そんな近本光司みたいな即戦力なんて、滅多にいるもんじゃないし、最終的に山本昌みたくなれればいいのだ。


 今はまだ書類仕事ばかりだって、三年目を乗り切ればそのうち新人にねちねちやれるので、その日までじっと我慢すればいいのだ。



 今はまだ書類仕事ばかりだって、三年目を乗り切ればそのうちプレゼンも新商品の開発もできるので、その日までじっと我慢すればいいのだ。




 今はまだ書類仕事ばかりだって、三年目を乗り切ればそのうち新人にねちねちやれるので、その日までじっと我慢すればいいのだ。






 人間は水風船ではないので、そう簡単に破裂はしない。

 たとえ上司にこっ酷く怒鳴られても、お酒を飲んで眠ってしまえば忘れることが出来る。


 人間は水風船ではないので、そう簡単に破裂はしない。




 それじゃあお酒が飲めない人はどうすればいいのかって――?



 そんなの知ったこっちゃないので、バッティングセンターで憂さ晴らしでもしてればいいじゃん。











 WBC五回大会で、とりあえず日本代表は準々決勝まで勝ち進んだが、なんで近本光司は呼ばれてないのだろう。

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