第28話 弱者
最初から負けるつもりで勝負に挑むやつなんて、世界中どこにもいないだろう。
俺は高校でボクシング部に入っている。
だが実力はたいしたことがない。
いや、大したことがないと言うか、はっきり言って弱い。
その弱さたるや、これまで何度も大会に出場してきたが、一回戦を突破したことが一度もないくらいだ。
そもそも俺は、ボクシングを始めた動機さえ、不純なのだ。
井上尚弥に憧れたのである。
彼のように、ハードパンチで対戦相手を次々とマットに沈めたいと、ボクシング部に入ったのだ。
だが俺は、井上尚弥のように応援してはもらえない。
はじめは大会の様子を見に来てくれていたクラスメイトも、回を重ねるうちに、すっかり一人も来なくなってしまった。
それどころか、ボクシング部の連中すら俺の試合に目もくれないし、両親に至っては俺がグローブを置くのを待っている始末だ。
それも仕方がないだろう。
誰が不純な動機を持った、万年一回戦負けのボクサーを応援するのだ。
俺が他人だったとして、俺みたいなやつは、多分応援しないはずだ。
しかしそれでも、俺はボクシングをやめるつもりはない。
少なくとも高校生活の三年間は、ボクサーとして完走するつもりだ。
そして願わくば、公式戦でも非公式戦でもいいから、高校を卒業するまでに勝利を挙げたい。
派手なノックアウトなんて必要ない、泥臭い判定試合でいいから、一勝したい。
だが現実は非情だった。
俺は俺なりに努力をしたが、結局一度も勝てないまま、高校生活最後の試合を迎えた。
そして最悪の事態が起こった。
俺の一回戦の相手が、プロでの活躍も期待される、優勝候補筆頭の強豪選手に決まったのだ。
対戦カードを確認したボクシング部の面々に、最悪の空気が漂い始める。
今この瞬間に、もしかしたら少しは残っていたかもしれない俺を応援しようという気持ちが、彼らの中から完全に消え失せる。
正直な話、俺本人だって諦めかけた。
不純な動機の、万年一回戦負けのボクサーが、プロになろうという強豪選手に勝てるはずがないのだ。
だが、可視化された実力ですべてが決着するなんて、そんなことはないはずだ。
もしも実力通りに事が運ぶなら、オリンピックの水泳は持ちタイムのいい選手から表彰台に上がればいいし、プロ野球だって総年俸の高いチームを優勝にすればいいのだ。
しかし現実はそうではなく、偶然やその時々のコンディションで持ちタイムの悪い選手が金メダルを取ることもあるし、総年棒の低いチームがペナントを制することもあるのだ。
俺だってもしかしたら、偶然パンチがいいところにあたって、強豪選手からダウンを奪うことが出来るかもしれないじゃないか。
あとはテンカウントを待ちさえすれば、俺に生涯初の、もしかしたら生涯唯一かもしれない勝利が、転がり込んでくるではないか。
そうだ、持ちタイムの悪い選手にも、総年棒の低いチームにも、可能性はあるのだ。
諦めさえしなければ、ほんの1%以下でも、可能性は0ではないはずだ。
そうだ、持ちタイムの悪い選手にも、総年棒の低いチームにも、万年一回戦負けのボクサーにも、可能性はあるのだ。
最初から負けるつもりで勝負に挑むやつなんて、世界中どこにもいないだろう。
序盤はなんとかくらいついたが、あっさりひっくり返されて、俺は壮絶なノックアウト負けを喫した。
ボクシング部の面々や、最後だからと応援に来てくれた両親は、やっぱりな――という感情を隠しもしなかった。
だがそれでも、俺はさっぱりしている。
なぜならば、強豪選手を相手に思い切り当たって砕けるなんてのは、頑張ったやつにしかできない体験だからだ。
だからそれでも、俺はさっぱりしている。
弱者の矜持とでも言うのか、他の誰にもわからなくたって、別にそれでかまわない。
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