第27話 清涼飲料水

 自販機で缶ジュースを買ったら、受け取り口にすでに一本入っていた。

 偶然おなじ商品で、それらを両方手に取って、どちらが自分の買ったものか、俺は困ってしまった。

 てきとうにどちらかを選んで、もう一方を受け取り口に戻してもいいのだが、以前に毒入り缶ジュースで死亡事件なんてのもあったので、警戒するのに越したことはないはずだ。


 しかし鈍感な俺には、どちらが自分の買ったものか、まったくわからない。

 取り忘れだろう一方は、放置されていたはずなので温くなっているはずだが、ほとんど入れ違いだったのか、まったく温度が変わらないように思う。


 なので、鈍感な俺には、どちらが自分の買ったものか、まったくわからない。



 自販機でジュースを買ったら、受け取り口にすでに一本入っていた。




 偶然おなじ商品で、それらを両方手に取って、どちらが自分の買ったものか、俺は困ってしまった。




「――あ、それ自分のっす」


 唐突に、ややハスキーな、女性の声が降りかかる。

 振り返ると、やけにラフな格好の、大学生くらいだろうか、女の子が立っている。


「ちょっと考え事してて、ジュース買ったのに、取るの忘れちゃったんすよね」


 ひょい――と、女の子は俺に近づいてきた。

 さらりとした動作で、俺の両手から二本の缶ジュースを持っていった。


「うーん……」


 そして眉を顰め、勘案するようにして、二つの缶飲料を見比べる。


「こっちのが冷たいんで、こっちのがお兄さんのっすね」


 ややあって、にこりと微笑んで、二つのうち一つを俺に返してくれる。

 俺があれだけ迷ったのに、女の子はほんの数秒で、些細な温度の違いを見抜いてしまった。


「好み、一緒なんすね」


 女の子は言って、自身の持った缶飲料を、軽く揺らして示す。

 たぽん――と、自分の手にした缶の中の飲料も、音を立てたような気がする。


 たしかに俺はこのジュースが好きで、たまに無性に飲みたくなって、買ってしまうのだ。


 女の子もきっと同様で、肝心の商品を取り忘れるくらいぼんやりしていても、ついこのジュースを買ってしまうのだろう。


「これもなにかの縁だし、一緒に一服なんてどーすか?」


 たしかにもしかしたら、これは不思議な縁だ。

 偶然おなじ自販機で、偶然おなじ缶ジュースを買って、取り忘れを取りに戻った女と、どちらが自分のものか困った男と、出会うなんてのはどれだけの確率だろうか。


 きっと天文学的確率で、たぶん奇跡と言っていいレベルなのではなかろうか。



 たしかにもしかしたら、これは不思議な縁だ。




 どうせ急ぐ用事があるではないし、せっかくなので俺は、彼女の誘いに乗ることにした。




 自販機で缶ジュースを買ったら、受け取り口にすでに一本入っていた。

 偶然おなじ商品で、それらを両方手に取って、どちらが自分の買ったものか、俺は困ってしまった。



 自販機で缶ジュースを買ったら、受け取り口にすでに一本入っていた。




 二人同時に缶を開けた、ぷしゅ――という窒素の抜ける音が始まりの音だとは、この時はまだなにも。

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