第21話 慎重勇者

 世界は闇に飲まれていた。

 魔物が跋扈し、魔王に支配され、人類の滅亡も時間の問題だった。

 だがまだ希望は残されていた。

 勇者の存在である。

 伝説によると、十六歳になった勇者が極東の地より旅立ち、魔王を倒し、世界に光をとりもどすのだそうだ。

 カビの生えた伝説で、信憑性は失われつつあったが、それでも人々は縋り付くように信じていた。


 そしてその極東の地の王国に、勇者なのではないかと言われる、一人の男がいた。

 ところが彼ときたら、十六歳を過ぎたというのに、いっこうに旅立たない。

 いや、一度は伝説のとおりに旅立ったのだが、その日のうちに帰ってきてしまった。

 そしてそれ以降、朝方に王国を出ては夕方に戻ってくるというのを、毎日繰り返していた。

 理由は簡単である。

 彼は慎重なのだ。

 王国を出てすぐの手近な魔物――スライムを倒し続け、鍛錬しているのだ。

 一番の雑魚敵であるスライムを寄せ付けないくらいにならなくては、とても手強い魔物に勝てないし、魔王には歯が立たないだろうと、そういうことだ。

 だから彼は、毎日旅立ちと出戻りを繰り返し、スライムを退治し続けているのだ。

 王国の人々は、いや世界中の人類は、彼にさっさと遠くまで行ってもらって、すこしでも人類の支配地を増やしてもらいたいと、やきもきしていた。


 やがてそんなうちに、数年が過ぎる。

 勇者の彼は、スライムを倒し続け、相当な腕前になった。

 今ではもはや、魔王はともかくとして、多少の手強い魔物くらいなら圧倒できる実力を身に着けた。

 そこで彼は、やっとのことで、本格的な旅に出る。

 王国の人々に大々的に見送られ、世界に光を取り戻すための、魔王討伐の一歩を踏み出す。

 王国の人々は安堵した。

 これできっと、勇者がすこしずつ人類の支配地を取り戻してくれると思った。

 少なくとも、この極東の地にまで魔王の支配が及ぶことはないだろうと思った。


 ところがである。

 やっと本格的な旅に出たはずの勇者が、なんとやはり、夕方には戻ってきてしまった。


 王国の人々は驚いて、トラブルでもあったのかと、勇者に尋ねた。


 勇者ははにかんだように、困ったように、王国の人々に答えた。



「実はその、スライム以外の魔物と出くわしてしまって――」



 長年スライムばかりを相手にしてきた彼は、どうやらほかの魔物の倒し方がわからないようだった。


 彼のことなので、いずれはスライムのようにほかの魔物も倒せるようになり、魔王を倒して世界に光をとりもどしてくれるかもしれないが――。




 なにしろ慎重な勇者なので、それまで人類が存続しているか、わからない。

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