第18話 ストイック

 あるところに、ストイックな男がいた。

 どれぐらいストイックかというと、彼はボクシングをやっているのだが、常日頃の自己を高める努力を一切怠ったことがないほどだ。

 例えば朝晩のロードワークは毎日欠かさないし、体調管理にも気を使っていて、炭酸飲料や揚げ物などはちっとも摂取しなかった。

 その甲斐あってか、彼はプロデビュー以降、瞬く間にランキングを駆け上がって、日本チャンピオンになった。

 今や東洋太平洋チャンピオンにも手が届くほどであり、それどころか、次に世界のベルトを腰に巻くのは彼なのではと目されていた。


 そんな彼が、定食屋に来ている。

 この日は所属ジムの全体練習が休みで、自主トレの帰りに昼食をとろうと立ち寄ったのだ。


 彼はメニューに首っ引きになり、なにを食べようかと思案した。

 定食屋は昼食時で混雑しており、様々な料理がテーブルに運ばれ、いろんなにおいがした。

 彼の座るすぐそばの席で、昼休み中であろうサラリーマンが、大きな口でとんかつをひと切れほおばった。


 さて、この誘惑の中で、彼はなにを食べるのだろう。

 このような大衆定食屋は、揚げ物がメインであり、ほとんどのメニューが彼にとってはカロリーの爆弾だ。


 さて、この誘惑の中で、彼はなにを食べるのだろう。


 もしかしたら、なにも食べないで、ドリンクメニューで誤魔化して、店を出るなんてこともあるかもしれない。



 彼はメニューに首っ引きになり、悩みに悩んで、そして――。




「すいません、唐揚げ定食をください」




 あるところに、ストイックな男がいた。

 どれぐらいストイックかというと、彼はボクシングをやっているのだが、常日頃の自己を高める努力を一切怠ったことがないほどだ。

 例えば朝晩のロードワークは毎日欠かさないし、体調管理にも気を使っていて、炭酸飲料や揚げ物などはちっとも摂取しなかった。



 あるところに、ストイックな男がいた。




 そう思っているのは周りだけで、案外彼は、好きなようにやっているだけかもしれない。

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