第14話 赤子の首をひねる

「赤子の首をひねる――て言葉があるじゃない?」


 お弁当を食べている途中、友達が不意に言った。






 赤子の首をひねるといえば、わたしにはよくない思い出がある。

 思い出がある――とは言うが、実はわたしは、その出来事をちっとも覚えていない。


 それもそのはずで、それはわたしが生まれて、ほんの数日後のことだからだ。


 当時、なんたらショックてのがあって、景気は世界的にどん底だった。

 たくさんの会社が倒産して、わたしの父の勤める会社も倒産した。

 母はまだ幼い姉の面倒を見るため、専業主婦をやっており、我が家は稼ぎ手を失った。

 しかも景気がどん底なので、父の再就職先が見つかる期待もなく、我が家はこれまでの貯蓄や失業保険で食べていかなくてはならなくなった。


 そこで困ったのが、わたしの養育費である。


 爪に火を点すような生活をするのに、子供をもう一人なんて、育てる余裕などない。

 生まれてくる直前までは景気も順調で、望まれていたはずなのに、わたしは一気に厄介者になった。


 そして両親は決断したのだ。


 わたしを殺してしまって、姉一人を育てていこうと。

 乳幼児に事故はつきもので、何かのはずみで首を折ってしまったと、そういうことにしようと。



 そうでなくては、一家まとめて悲惨なことになるので、仕方がないと。



 つまり、わたしは文字通り、赤子の首をひねられるところだったのだ。

 生まれて数日、享年0歳となるはずだったところを助けてくれたのは、ほかならぬ姉だった。


 両親がわたしを殺そうとして、いざという段階になってためらっていると、当時小学校一年生の姉が帰宅してきた。



 ただならぬ様子に、幼いながらも状況を把握した姉は、両親からわたしを奪い取った。



 そこからは親子げんかだ。


 面倒みきれない、仕方がないという両親に対し、姉は可哀想だの一点張りだった。

 どれだけ説明されても、小学校一年生とは思えないほど賢かった姉でも、理論を捻じ曲げて感情でわめきちらした。


 そして挙句の果てに、言ったのだ。



「お母さんが面倒を見ないんなら、わたしがこの子のお母さんになる!」



 両親はそこで、はっと我に返ったらしい。

 幼い子供にこんなことを言わせて、自分たちはどうかしていた、悪い親だと。


 そして結果、わたしは助かった。


 我が家はそれまで住んでいた家を引き払って、安アパートに引っ越して、父は日雇いで稼ぎ、母は内職をするようになった。

 なんたらショックが解消されると、父は再就職して、我が家の経済状況は一気に解決して、幸せな家庭として、そして今に至っている。


 数年前にこれを聞かされて、わたしは寝耳に水だった。


 実はわたしは、それまで姉と折り合いが良くなかった。

 姉はやたらと厳しくて、朝から晩まで小言を聞かされていたので、鬱陶しがって当然だ。


 ところが、姉がわたしを助けてくれたのだと知ると、事情は変わってくる。


 姉はわたしを、どこに出しても恥ずかしくない女になってほしいと、教育してくれていたのだ。


 でなければ、どこの誰が妹の宿題を手伝って、夏休みを無駄にしてくれるのだ。

 流行りのドラマを見たいだろうに、妹がピーマンを食べないからと、食卓に残っていてくれるのだ。



 すべてわたしのためを思ってで、だからこそ姉は友達と遊ぶのも断って、ずっとつきっきりでいてくれたのだ。



 今ではわたしは、姉とはすっかり仲良しである。


 高校生となった今でも、顔を合わせるたび姉はぐちぐちとうるさいが、裏側に愛情があると知ったからか、不思議と受け止められる。






「赤子の首をひねる――て言葉があるじゃない?」


 お弁当を食べている途中、友達が不意に言った。



 あんたそりゃ、赤子の手をひねるよ――とは、わたしは言わなかった。

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