第7話 天使の弓矢が狙うのは

「あんた、俺のことずっと見てただろ」

 駅のホームで突然、強面の男にそう言われた。


「い、いえ、そんなことないですけど……」

 慌ててわたしは、しどろもどろにそう答えた。






 ほとんど満員電車で、がたんごとん揺られて、学校に向かう。

 正確には、学校の最寄り駅に向かって、それから友達と合流して、徒歩で学校へ歩く。


 では、わたしは実際は、強面の男のことを見ていたのだろうか。



 半分正解で、半分不正解である。



 あの強面の男は、同じ電車で学校に通う、男子高校生だ。

 わたしの通う高校よりも、二駅遠い駅が最寄り駅の、男子校の生徒だ。


 その彼が電車を待つときに、決まって隣にちょこんと、男の子がいるのだ。


 男の子は強面の男とどうやら同級生で、家も近所で、仲が良いらしいのだ。

 二人は毎朝一緒に、わたしと同じ電車に乗って、学校に行くのだ。


 わたしが見ているのは、その男の子のほうである。


 身長は平均よりも低く、身体つきもしな――としているが、わたしは彼に一目惚れしてしまったのである。



 だからわたしは毎朝のように彼を見ていて、隣にいる強面の男のことも、同時に見てしまっているのである。



 だから実際は、わたしは強面の彼のことを見ていないし、見ていたという、そういうことである。




 偶然視界に入っていただけで、まったく彼のことは興味がないし、ちょっと怖いとすら思っていたのである。




 しかし、雨だれ石を穿つという言葉を知っているだろうか。


 詳しくは辞書を引けばいいと思うが、簡単に言うと、小さなことでも続けば大きな結果をもたらすという意味だ。


 強面の男は、わたしのことを認識するようになった。

 毎朝わたしを視認すると、はにかんで笑うようになった。


 最初はなんだこいつは――と思ったが、すぐに笑いかけられるのも慣れてしまった。


 怖いな――という気持ちが、どんどん薄れてしまった。



 そしてそのうちに、なんだか彼の笑顔が、可愛いと思うようになってしまった。




 雨だれ石を穿つという言葉があるが、まさにその通りで、わたしはどんどん絆されていったのである。




 いや、だってほら、強面の彼は大男なのだ。

 身長は多分百八十センチを超えるし、身体つきだって分厚いし、たぶんなにかの運動部のエースだ。


 だのに彼の笑顔ときたら、まるで大型犬が人に懐いたようである。


 ゴールデンレトリバーを、インターネットで画像検索してみるといい。

 あの愛らしい顔つきに逆らえる者なんて、世界中どこを探してもいないに決まっている。


 だからわたしは、強面の彼の笑顔が、なんだか可愛いと思うようになってしまった。



 しかも彼に教えられて、わたしのほうを向いたちょこんとした男の子ときたら、あまりにも素っ気なかったので、ひとしおだ。



 いや、ちょこんとした男の子が素っ気ないのも、それはわかる。


 わたしはそもそも、彼と交流したことは、一切ない。


 強面の男に話しかけられたとき、彼は自分がモテたと思ったらしく、一人きりだった。

 だから、あの時わたしは、強面の彼としか話をせず、ちょこんとした彼とは話をしなかった。


 だから、ちょこんとした男の子にとって、わたしは真っ赤っ赤の他人だ。



 なので、ちょこんとした彼が素っ気ないのも、それはわかる。



 だけど、女の悪いところなのか、良いところなのか、笑ってくれるほうに惹かれてしまうのだ。

 わたしは強面の彼がどんどん好きになって、ちょこんとした彼はどんどんどうでもよくなって、そのうち視界から外れてしまった。



 だから、女の悪いところなのか、良いところのなのか、笑ってくれるほうに惹かれてしまったのだ。




 雨だれ石を穿つという言葉があるが、まさにその通りで、わたしはどんどん絆されていったのだ。




 ほとんど満員電車で、がたんごとん揺られて、学校に向かう。

 正確には、学校の最寄り駅に向かって、それから友達と合流して、徒歩で学校へ歩く。


 ほとんど満員電車で、がたんごとん揺られて、学校に向かう。



 各駅停車の鈍行が目的地に近づくたびに、乙女心が揺れ動くとか揺れ動かないとか、リップをポーチに入れ忘れたかもとか、まあ別になんでもいいか。



 キューピッドの狙いが外れたのか、それとも運命の相手をわたしが勘違いしていたのか、わたしは珍しく自動販売機で炭酸飲料を買った。




 ほとんど満員電車で、がたんごとん揺られて、がたんごとんと揺られて、学校に向かう。






「あんた、俺のことずっと見てただろ」

 駅のホームで、強面の男にそう言われた。


「あんた、それいつまで言うつもりなの?」

 呆れててわたしは、きっぱりとそう答える。



 強面の彼と交際するようになってしばらく。


 幸せなのは確かだが、毎朝のように冷かされるのは、少し面倒くさい。




 なおちょこんとした男の子だが、彼も実にいいやつなので、今度わたしの友達を紹介しようと思う。

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