第5話 問題のある家族
あるところに、心理カウンセリングを仕事にしている男がいた。
男は個人や団体を問わず、様々な心理的問題の解決を依頼され、そして成し遂げてきた。
男の心理カウンセラーとしての腕前は敏腕と言ってよく、仕事はひっきりなしに舞い込んで、その噂は全国的に広まっていた。
そんな男のもとに、ある日、重大な問題を抱えているという家族が、仕事を依頼してきた。
なんでもその家族の抱えるはとんでもないもので、どんな心理カウンセラーでも解決できず、とうとう敏腕で知られる男のところにまで行きついたのだ。
男は難しいと知りながらも、快く仕事を引き受ける。
一度も失敗したことがないという自負がそうさせたのもあったが、なにより男が心理カウンセラーになったのは困っている人を助けたいからで、彼はその家族も救ってやりたかったのだ。
男はまず、家族の抱える、重大だという問題の究明に努める。
心理カウンセリングとは、依頼者たちがどんな問題を抱えているかを知らなくては、解決のしようがないのだ。
男はだから、家族の休日の一日に密着することにした。
朝から晩まで、家族が過ごしている様子を観察すれば、必ず問題が浮き彫りになるからだ。
だが、敏腕の心理カウンセラーの彼をもってしても、家族のどこに問題があるのかがわからない。
家族はまず、朝にはみんなで起こし合い、みんなで支度をして、仲睦まじく朝食を共にした。
昼の前になると、みんなで余所行きに着替え、電車に乗って繁華街に出かけ、ひとしきりぶらついた後、外食で昼食を済ませ、みんなで映画を見て帰途についた。
夜は夜で、やはり仲睦まじくみんなで夕食をとり、順番に風呂に入り、「お休み」と言い合って就寝した。
まったくもって、心理カウンセラーの男には、家族の問題がわからない。
なるほど、敏腕と言われる自分でさえこうなので、ほかの心理カウンセラーでは手も足も出まいと、男は思った。
男は自身のプライドにかけて、また困り果てて自分にまでたどり着いた家族を救うため、なおも問題の究明に努めた。
しかし、敏腕の心理カウンセラーの彼をもってしても、重大だと言われる問題が一向に見えてこない。
どれだけ家族に密着しても、家族の周囲の人たちに聞き取りをしても、仲の良い家族としか思えない。
さすがにこれでは仕事のしようがなく、男は仕方なく、家族に直接重大な問題とやらを尋ねることにした。
男の問いかけに、家族の父親は困ったように、はにかんだように、こう答えた。
「実はうちの家族は、問題がないことが問題なんです――」
一度くらいはほかの家族みたいに、けんかをしてみたいのだと言われても……。
そんなことは心理カウンセラーの仕事ではないし、カウンセリングで解決することではない。
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