第2話 引き換えになった出来事

 その日、地球は爆発した。






 すべての始まりは、なんの変哲もない平日の朝のことだった。

 学校に行く準備をして、のんびりコーヒーなんぞを飲みながら、俺は朝のワイドショーを見ていた。

 毒にも薬にもならないような、都心のどこだかで新スタイルのカフェがオープンしたとか、芸能人の誰それと誰それが結婚したとか、あくびの出るようなニュースが報道されていた。


 日本とは、常にこんなもんである。

 世界のよそ様の、生き馬の目を抜くようなのと違って、至極まったりとしたもんである。



 日本とは常にこんなもんで、それはそれで間違いないと、俺は思う。



 そんな時だった。


 手元のスマートフォンがけたたましい音をあげて、なにかの警報を受信した。


 なんだなんだと、俺はスマホを取り出し、画面の緊急速報とやらに目を落とす。

 ――と同時に、テレビ画面の中の、日本の誇るあくびの出るワイドショーが、防衛省の記者会見へと切り替わる。


 それはぴったり、スマホの緊急速報と同じ内容だった。



 なんとつい先刻、小惑星レベルの隕石が発見され、すぐにでも地表に衝突するとのことだった。




 発見が遅きに失したこともあり、この隕石の衝突は避けられない情勢であり、しかも隕石が衝突してしまったが最後、地球は木っ端みじんに砕け散るというのだ。




 俺は呆気にとられ、スマホを握りしめたまま、ただただテレビ画面を見つめていた。


 いや、俺だけじゃない。

 俺と同じくコーヒーを飲みながらのんびりしていた父親も、忙しそうに片づけものをしていた母親も、呆然とただただテレビ画面を見ていた。


 それはそうだろう。


 突然余命宣告をされたようなものだ。

 しかも一年や二年ではなく、一ヶ月や二ヶ月ですらなく、数十分から数時間の命だ。


 それも冗談でもなんでもなく、まさかの国権たる防衛省からの緊急通達で、世界中で同じ内容が報道されているのである。



 これで呆然としなくて、いったいなんで呆然とするのだ。




 これ以上のことなどどこにもなく、それでは頭の中が空白になり、こないだのテストの結果はどーだったかなーなんて思うのも当然だ。




 そしてそれは事実になった。

 地球のどこに隕石が落ちたのか、そんなことは問題ではなかった。


 どん――と、馬鹿デカい音がした。



 いや、それは音ではなく、きっと衝撃でもなく、そんな感じがしただけだろう。




 だって、地球が爆発するレベルの衝撃だ。

 そんなもの感じる暇もなく、身体と一緒に意識も粉々に吹っ飛んでしまうはずだ。




 そして俺は死んだ。


 いや、俺だけではなく、地球人類がみんな死んだ。

 いや、地球人類だけでなく、そのほかの生物も、陸棲・水棲問わずみんな死んだ。



 地球は木っ端みじんになり、人類もそのほかの生物も、分け隔てなくすべて一瞬にして死に絶えた。




 ――はずだった。




 ところが俺は生きていた。

 どうやら宇宙空間に投げ出されたようで、着の身着のまま、制服のままで揺蕩っていた。


 いや、なにかが違う。


 どこをどう見渡しても、星の瞬き一つ見えない。

 どこをどう見渡しても、爆発した地球の残骸すらも発見できない。



 あたりは真っ暗くらで、というかそもそも、人間は宇宙空間では生きていけないではないか。



 これはそうだ、おそらく漫画やアニメ、ラノベなんかでよくある、異世界転生とか言うやつではなかろうか。


 よくあるところでは、トラックに衝突したはずみで異世界転生するのだが、ちょっと規模がでかいだけで地球に隕石が衝突したのも似たようなものだろう。


 このぶんでは、異世界転していたのも俺だけではなさそうだ。

 地球人類七十億人が吹っ飛んだんだ、一ダースや二ダース、それ以上の誰かたちが異世界転生していそうだ。


 そんなことを考えていると、ふわ――と、ある一点が明るくなる。



 そしてそこに、期待通りというか、女神としか言いようのない美しい女性があらわれる。



 そうだ、これだこれだ。

 異世界転生の醍醐味と言ったら女神さまだ。


 どこぞの世界が苦境にあえいでいるから、好きなスキルを与えてやるから、救ってやってくれというあれだ。



 そうだ、これだこれだ。



 さあ、俺はなんのスキルをもらおう。

 たいてい異世界というのは魔物が跋扈していて、生きる死ぬの問題が発生するので、やはり戦闘スキルだろうか。


 さあ、俺はなんのスキルをもらおう。



 たいてい異世界というのは文明レベルが低くて、生きる死ぬの問題が発生するので、やはり開発スキルだろうか。




 なんにせよ、異世界転生というのはハーレム展開が相場と決まっていて、俺の将来はきっとバラ色だ。




 しかし女神が言うのは、俺の想像とはまったく違っていた。

 一瞬意味を見失い、何度かまばたきをして、何度か首をかしげて、やっとおっついた。




 どうやら地球が爆発したのは、俺のせいらしい。




 俺の身の上に、天地がひっくり返ってもあり得ないような出来事が起こり、そのせいで帳尻を合わせるように、小惑星レベルの隕石が地表に衝突したというのだ。


 たしかに考えてみれば、今度の出来事はちょっとおかしい。


 地球を爆発四散させる巨大な隕石の接近に、日本やアメリカなどの発展しつくした科学力で気づかないなんてことはあり得ない。

 そんな巨大な隕石ならば、対処できるかどうかは別として、数年や数十年単位で先行して発見できるはずだ。



 見えざるなにかからの外的要因でもない限り、地球を爆発四散させる巨大な隕石の接近に、日本やアメリカなどの発展しつくした科学力で気づかないなんてことはあり得ない。



 しかしそうだとして、俺の身の上に起こった、天地がひっくり返ってもあり得ないような出来事とはなんだろうか。


 まさか地球の爆発と引き換えにするような、そんなとんでもない出来事があったとは、俺には思えない。




 女神が言うには、それは俺にしかわからないことで、それがわかれば時間を巻き戻して、地球の爆発を回避することが出来るそうだ。




 異世界転生でなかったのはいささか残念だが、しかし俺にも愛しい家族や友達がいたのだし、地球を元通りにできるなら協力するのもやぶさかではない。

 しかし考えても考えても、どうにも俺には、俺の身の上に起こった、天地がひっくり返ってもあり得ないような出来事がわからない。


 俺はなんといっても、平々凡々とした男子高校生だ。


 幼少のころから野球に明け暮れて、プロ野球選手も目指したもんだが、結局甲子園すら手に届かないまま野球部を引退した。

 ようやっと野球漬けから解放されて、ちょっとは青春を謳歌しようとし始めた、そのくらいだ。


 だから、俺は平々凡々な男子高校生で、天地がひっくり返ってもあり得ないような出来事など、まったく思いつかないのだ。



 夏の甲子園大会の県予選で、甲子園大会常連校に六点ビハインドから逆転勝利したことはあるが、さすがに時期が違いすぎる。




 もしかして俺に、思いつくことがあるとするならば、それは――。








 その日、地球は爆発した。






 俺は最近、高校三年生にして生まれて初めての恋人ができたばかりで……。



 地球が爆発したのがもしこのせいだとしたら、きっと俺は、世界で一番モテない男で間違いない。

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