さいごのひとつ

 「もっとも重要な場所?」

【うむ。わしが天狗となるきっかけとなった場所じゃ】

たしかここは、大天狗さんがいる場所だったから。

「じゃあここって、天狗さんが『天狗になる修行をしないか』と言われた場所?」

【そのとおりじゃ。父上に声をかけていただいた場所……】

天狗さんの声、なんだか懐かしそうに聞こえる。

「天狗さんのスタート地点……初心に戻れ、か」

隆之介りゅうのすけがぽつりといった。

≪まさに、そのとおり。こやつはなかなか“ここ”を思い出さなかったようだが……思い出しても来られなかっただろう。なにせあのころと違って今は地名・住所がないとどこにも行かれないからな。現在いまを知らぬこやつでは伝えようがない≫

「ところでここがスタートでゴールの場所だとして、ほかの場所はどうしてになったんだ?」れんが聞いた。

≪他の場所もすべて“修行”に関わる場所となっている≫

「そういえばわき水の案内看板に、そういうことが書いてあったような」隆之介が言った。

 

 ≪清い水は日々の糧としても大切だが、修行する我らにとってはみそぎのために必要かつ重要な場所となっているのだ。だから我はに我の窟を作った≫

「くつ?」

「たぶん、岩山を掘って造った住居ってことだよ、悠斗はると

「ここは大天狗さんの家ってこと?」

「そう。そして天狗さんの分身を見つけた3ヶ所と、空ぶりに終わった1か所。その4か所がわからなかったら、多分ここへはたどりつけなかった」

≪そこの坊主は、物知りのようだな。冷静で頭のキレもよさそうだ。おお、そうだ。この場を導き出したのは、そこの坊主だったな≫

「え?なんで大天狗さんがそれを知ってるの?」ぼくはびっくりして尋ねた。

≪我はこやつをずっとていたと言ったろう?こやつの周囲で起こることはすべて把握していた……手出しはしなかったがね≫

ぼくたちの行動、みんな見られてたんだ。

 

 ≪それから。女人禁制ゆえ外で待ってもらっているお前の祖母も、かなり柔軟な考えを持っているようだな。まさか座標を利用して移動するとは思わなかったぞ≫

「にょにんきんせい?」聞いたことがない言葉だった。

「女の人は入ってはいけない、ということだよ」隆之介が教えてくれた。

≪今のジェンダーフリーの時代にはふさわしくないが、昔からの決まりでね。仕方がないと思ってくれ≫

「あ、だからおばあちゃんだけ入ってこれなかったんだ。おばあちゃんも言ってたけど、ここはそういう結界なんだね」

「それはそうとさぁ」ずっと黙ってた智生が言った。

「いったい、いつになったら天狗さんの右手が戻るんだ?元の姿ってやつ、早く見たいんだけど?おれ」

あ、すっかり忘れてた。

 

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