あと、ひとつ 10
「え?ないって……?ほんとに??」ぼくは天狗さんに聞き返した。
【間違いない。ここにはわしはない】
「そんな……だって、わき水だよ?ほら」そう言って玉をわき出る水にさらした。
【うむ。たしかによい水じゃ。じゃが、わしの気配は微塵も感じられぬ】
「そんな……」ぼくはぼうぜんと立ちつくした。
「天狗さんの右手、ここにないって?」
「うん」ぼくは答えた。
なんで?どうして?という気持ちがいっぱいにふくらんだ。
「なんで、ここにないの?じゃあ、いったいどこにあるの?」
きっとここで天狗さんの右手がそろうはず、そう信じて楽しみにしていただけにぼくは泣きそうになりながらそう言った。
「……ここになくて、残念というか悔しいんだろ?」
「うん」
「おれたちも同じだよ。というか天狗さんが一番がっかりしてるんじゃないのか?」
「あ……」
そう、だよね。
「天狗さん」
【なんじゃ】
「右手、ここになくてごめんなさい」
【ぬしが謝ることではなかろう?】
「そうなんだけど。見つからなくてがっかりしてるんじゃないかと思って」
【ふむ。がっかりしておらぬといったら、嘘になるが。ぬしらが懸命にこの場を探してくれたというだけで満足じゃ……手間をとらせるの】
……ぼくがなぐさめられちゃった。
【それに】
「なあに?」
【この水には憶えがある。なじみ深い懐かしい水じゃ。それだけでも満足ぞ】
「それなら、いいけど」
「まあ、ここの結果は残念だったけど。また次を探しましょう?ほらほら、早く下らないと水辺遊びする時間がなくなるわよ」おばあちゃんが声をかけてくれた。
「そうだな!せっかく来たんだもん。遊びそこねちゃ損だよ」
坂を下り水が入ったペットボトルを車において、タオルと水筒を持って水辺に向かう。
草が生えた川岸の奥には、ところどころにゴツゴツした岩がある広めの川が流れていた。
「へえ、きれいな水」隆之介が川をのぞきこんで言った。
「あ!魚!!」智生が言うと「こっちにはカニがいるぞ!」と蓮が言う。
3人ともさっそく川遊びを楽しんでいるようだった。
「ほら、
「うん……」
でも何となく遊ぶ気分になれなくて……。
「いたたたた!天狗さん、いきなり何するの?!」
急に頭がピリピリした痛みに襲われた。
いきなりのピリピリ攻撃にびっくりしちゃった。
すごく久しぶりに受けた気がする。
【わしの右手のことを気に病んでおるのじゃろうが。今日のところは忘れて存分に遊ぶがよい。祖母殿もおぬしの友とやらも、おぬしが沈んでおるのを気にしておるようじゃぞ】
川を見ると、3人が『早く来いよ!』って言いながらおいでおいでをしているのが見えた。
「うん……行ってくる!」そういって、ぼくは川に向かって走り出した。
……でもピリピリ攻撃でなく、ふつうに話しかけてくれたがよかったな。
続
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