初めての 2

 バスを降りて、水風呂までちょっとの距離を歩いた。

「なあ、いい加減機嫌なおせよ。悪かったって言ってるだろ?前の学校でバス通だったから、その時のが出たんだってば」

歩いている間、れん智生ともきにずっと謝っていた。

智生はずっとふくれっ面のままだ。

バスの降車ボタンを蓮が押しちゃったからなんだけど、智生ってばそんなに押したかったんだ。

「まあ、気持ちはわからないでもないわね」

いつの間にか隣に来ていたおばあちゃんが言った。

「通学で毎日バスに乗ってても、誰よりも早く押したくなるんだもの。初めてバスに乗ったのに押せなくて、今後も押すチャンスがほとんどないとなったら……ね」

そうか……中学校も校区の学校に行くなら歩くか自転車だもん、バスに乗るなんて機会は滅多にない。

高校も市内だと自転車だし、隣の市だとJRになるから……貴重な機会だったんだ。

 

 「帰りのバスは智生に押してもらうようにできないかな?」

「そうねえ。市役所が終点でないバスだったら、できると思うけど」

そんな会話をしながら歩くうちに目的の施設に着いた。

思っていたのと違う、普通の家みたいな建物……。

「ここかぁ」蓮が言った。

「じゃあ、おばあちゃん、ぼくたち入りに行って来るね」

「はいはい、いってらっしゃい。と、その前に」

建物に向かって駆けだそうとしていたぼくたちを、おばあちゃんが呼び止めた。

「この中に、お財布とか大事なものを入れなさい」そういってエコバッグみたいなものを差しだした。

「え?どうして?」

「友達が昔、銭湯に行った時にコインロッカーがなくて。脱いだ服の間にかくしていたネックレスを盗られたことがあったそうなのよ。お財布は車に置いてて無事だったんだけど、ネックレスは外すの忘れて行っちゃったって。気づいたのが服を脱いだあとだったから仕方なく隠したらしいんだけど、誰かが見てたのね。だから、用心のために。私は入らないから持っていてあげる。あ、利用料だけは持っていくのよ」

 

 ぼくたちは、ワクワクしながら利用料を払って、脱衣場で服を脱いだ。

初めての水風呂は……すっごく冷たかった!

銭湯とか温泉では、湯船に入る前に“かかり湯”をするんだけど、ここではお湯のかわりに水をかぶって。

その水も結構冷たかったんだけど、湯船の水はもっともっと冷たかった。

去年まで入ってたプールの水も冷たいと思ってたけれど、それとは比べ物にならなかった。

なんたって入った途端、隆之介ですら『ひゃあっっ!!』って叫んだんだもの。

そして、智生の叔父さんが言ってたという『』も、すっごくよくわかった。

「……叔父さんが言ってたのって、コレかぁ。……クラスの女子たちにはわかんねぇよな」智生がつぶやいた。

冷たすぎるから上がってサウナ室に行って、のぼせそうになって水に入る。

たったそれだけのことなんだけど、ぼくたちは楽しくって、なんどもなんども繰り返した。

……サウナも水風呂も、1回に入ってるのは1~2分くらいだけどね。

「そろそろあがる?」隆之介が言ったときは、指先がふやけてだしていた。

「おかえり、楽しめたようね」

着替えて建物の入り口を出ると、木かげのベンチにおばあちゃんが座ってお茶を飲んでいた。

「ただいま。すっごく気持ちよかったよ……子どもはぼくたちだけだったから、騒がないようにするのが大変だった」

そう。

ほんとはプールみたいに水のかけあいっことかしたかったんだけど、知らないおじさんたちもいたから我慢したんだ。

「それは偉かったわ。それじゃ、もう一つの目的を試しに行きましょうか」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る