石窟 3

 ひゃっっっ!!

ぼくは首をすくめた。

だって、智生ともきが『コケシ』なんて言うから、また天狗さんのピリピリがくるかと思ったんだ。

まあ、ピリピリを受けるのは智生だけだとは思うけど。

でも、何も起こらなかった。

「これで、ここのわき水にも天狗さんの分身があったことは確認できたし。そろそろ帰る?あんまり遅くなってもいけないし」隆之介りゅうのすけが言った。

「そうだな、帰るか。あ~また、暑い中を歩くのか……ええっ!」先に歩き出したれんが驚いたような大声を出した。

「どうした?蓮……うわ!!いつの間に?」走りよった智生も驚いた声を出した。

「???」ぼくと隆之介は顔を見合わせて、智生たちのところに行った。

 

 「!!!」智生たちが驚くのも無理はなかった。

ぼくたちがここに着いた時はすっごくよく晴れて暑かったのに、今、石窟の外はからだ。

「え~!なんだよ。いつ降り出したんだよ~。これじゃ、帰られないじゃないか」智生が不満げな声をあげた。

【心配するでない。すぐにむ】

「え?天狗さん、止む時間がわかるの?」ぼくは聞いた。

【わかるのではない。止んでもらうのじゃ】

「止ませるって、天狗さんが?」

【無論じゃ。むしろ降らせたのはわしぞ】

「ええっ!天狗さんが雨を降らせたの?!」

【姿を取り戻すのに、他人よそものがいると困ると案じておったのはぬしたちであろう?それゆえ邪魔が入らぬよう、ここいら一帯に降ってもろうた】

そういって、なにやら聞き取れない言葉を天狗さんが口にしたと思うと、雨がピタッと止んだ。

「ほんとに……止んだ」隆之介が石窟から出て、おそるおそる空を見上げる。

ちょっと前まで土砂降りだったとは信じられない青空が広がっていた。

と、思うと橋の向こう側から大きなペットボトルやポリタンクを持った人たちがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

 「は~。すごい雨だったわねえ。いきなり降るなんて、車を降りられやしない……あら、ぼくたち。雨に降られなかった?」

ペットボトルを抱えたふたり連れのおばさんのひとりが、ぼくたちの近くまで来たときに話しかけてきた。

「はい。もう、びっくりして。止むまで石窟で雨宿りしてました」隆之介がぼくたちのかわりに答えてくれた。

「まだ、夕立が降るような季節じゃないのにね。帰り道も気をつけなさいよ」

「ありがとうございます」

橋のむこうがわには、まだ何台かの車が止まっていて、中から何人もの人たちが出てきてわき水のほうへと向かっていった。

「そういえば、ひしゃくがおいてあったところに、『ゆずりあって汲みましょう』って書いてあったな」蓮が言った。

「水汲み場としても人気があるんじゃないのか?」

「そうかもしれないね」隆之介が言った。

「天狗さんが雨を降らせてくれなかったら、誰かに見られてたかもしれないんだ」

【それ故、降ってもろうたのじゃ】

 

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