井戸 5

 おばあちゃんの運転で富田神社に着いたぼくは、隆之介りゅうのすけたちが言ってた場所にむかおうとした。

「ほら、悠斗はると。まずはお清めしなさい」

「え?あ、そっか」

ぼくはおばあちゃんに倣いながら、手と口とを手水舎ちょうずしゃっていう場所で洗った……清めたって言うのかな? 

「えっと、神社本殿にむかって右側の奥って言ってたから……こっちだね」

広い境内を横切って歩いていく……ほんとはお詣りを先に済ませたがいいのかもしれないけれど。

「へえ、こんな場所があったんだ」

「私も来たのは初めてだわ。いつもお詣りを済ませたらすぐに帰ってたから」

そこは左右に木が茂ってて、通路が石畳になっている場所だった。

「駐車場のとことは雰囲気が違うわね」

「うん。なんていうんだろ?なんか不思議な感じ」

ぼくもおばあちゃんも、きょろきょろと周りを見回しながら歩いた。

 

 「ここじゃないかしら?」

おばあちゃんが立ち止まった。

そこには小さな鳥居がたっていて、その奥には屋根だけで壁がない小さな建物が建っていた。

屋根の下には、木でできたふたが乗っている石造りの何かがあった。

「これが、もしかして井戸?」

「そうみたいね」

木のふたをずらして、中を覗き込んだおばあちゃんが言った。

「つるべがないから、いつでもだれでも水を取ることはできないようになってるみたいだけど」

ぼくはポケットから玉を出してみた。

……なんだか少し光っているように見える?

玉を持ったまま井戸に近づくと、突然まぶしい光がぼくたちを包んだ。

「わあっ!」あまりのまぶしさに、ぼくは目をつぶった。

しばらくしておそるおそる目をあけると、そこにはさっきと変わらない風景があった。

「あれ?ねえ、今すごくまぶしかったよね?」

「ええ。でも、なにも変わったところはないみたいね」

井戸から離れて神社のほうを見てもなにも変わらないし、鳥の鳴き声や遠くのほうで車が走っている音も聞こえる。

「なんだったんだろう?」

 

 【わしが……

「え??」

急に声が聞こえた。

これって天狗さんの声だけど。

そう思って、手に持った玉を目の前に持ってきた。

「どうしたの?天狗さん?」

じゃ。にわしの“身体”があった!】

「ここって、井戸?でも井戸の中には入ってないから、お水にはついてないよ?」

【水の中ではない。にあったのじゃろう】

「どういうこと?」

【今のわしの姿を、見せてやろうかの】

そう聞こえたかと思うと玉の中にもやのようなものが広がって、だんだんと形になっていった。

「あ!ほんとだ。身体がある……でも」

ぼくは口ごもってしまった。

だって、天狗さんが見せてくれた姿って、頭と身体はあるけれど……手と足がなかったんだもの。

【気にするでないぞ。身体が戻っただけで、随分と気分がちごうておる。能力ちからもその分戻っておるしの】

ぼくは、おばあちゃんにも玉を見せた。

「おばあちゃん、ここに天狗さんの身体があったらしいの。身体が戻ったおかげでか、頭も見られるようになったみたい」

天狗さんが言うように『身体が戻った分、能力が戻った』せいか、玉を覗くと、いつでも天狗さんの姿が見えるようになっていた。

ひとしきり玉を覗いたあと、おばあちゃんは言った。

「少なくとも、これで天狗さんの父上が言われてた言葉に嘘がなかったことはわかったわ。あとは“それがどこか”ってことよね」

 


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