井戸

 井戸……話には聞いたことがあるけど、見たことがない。

ぼくの家はもちろん、おばあちゃんの家にもない。

「おばあちゃんだったら、もしかしたら知ってるかもしれないけど。今度聞いてみるよ」

「うん。ぼくも、かあさんに聞いてみる」隆之介りゅうのすけが言った。

「あ~、おれもママに聞いてみるよ」智生ともきも言った。

「ごめんな。こればっかりは助けになれないや」れんがすまなそうに言った。

「しかたがないよ。それにぼくたちだって情報が手に入るとは限らないし」隆之介りゅうのすけがにっこりと笑って言った。

「あ、それから」隆之介が思い出したように言った。

「井戸のことも、学校では話さないようにしないか?こないだのように誰かに聞かれるのもめんどくさいし」

「そうだな。特に女子に聞かれると色々と面倒くさそうだし」蓮が言った。

「そうそう。教えたら教えたでうるさいけど、教えなかったりしたら『なに意地悪してるのよ!先生に言いつけるわよ!』って言うしな」智生が女子の声真似をして言った。

それがあまりにも似てたから、ぼくたちはいっせいにおなかを抱えて大笑いした。

 

 みんなと別れて家に帰ったら、ママはまだ帰ってきていなかった。

おばあちゃんの家に行って井戸のことを聞きたかったけれど、今から行ったら遅くなるので我慢した。

(前みたいに家に電話があるとかけられるのに)

携帯電話しかないころは家にも電話を置いていたけど、ママもパパもスマホになってからは電話を置くのをやめてしまっていた。

学校からの連絡はスマホにメールで送られてくるし、なにより面倒なセールスの電話がかかってこないからだってママが教えてくれた。

ぼくがかけたいときは?って尋ねたけれど、ママがいるときに言えばスマホ貸してあげるわよって。

ママに『聞かれたくない電話でもしたいの?』って言われちゃった。

『そんなことはないよ、ふと思ったから聞いただけ』って答えたけれど。

……りゅうみたいに塾に行ったり、それか中学生になったらぼくもスマホ持たせてもらえるのかな?

 

 そんなことを考えてたら『ただいま』と声がして、ママが帰ってきた。

「おかえり」

「ごめんね、遅くなって。今日は鮭のムニエルよ」

「わあい。鮭大好き」

美味しそうに焼けた鮭を食べながら、ぼくはママに聞いてみた。

「ねえママ。ママは井戸って見たことある?」

「井戸?」ママが目を丸くしてぼくを見た。

「どうしたの?突然井戸とか。というか、よく井戸なんて知ってたわね?学校で習うの?」

「授業の、“昔のくらし”で聞いたことはあるよ。それがね、今日池のそばで遊んでたら智生ともきが池に落ちそうになったの」

「智生……山口君?あなたの仲良しの。大丈夫だったの?池なんて危ないじゃない」

「ボールが落ちたのを取りに行っただけだから、大丈夫。それでね『こんな汚い水に落ちたら嫌だよね』って話になって。そしたら隆之介が『これが井戸水だったら、きっと綺麗だよね』って言い出して。それで井戸って見たことある?って話になったの」

 

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