ビー玉

 「ただいま!」

玄関のドアを開けてスニーカーを脱ぎながらぼくは言った。

「おかえり。ちゃんと手を洗うのよ」

台所にいるらしいママの声が聞こえる。

「はーい」

洗面所で手を洗ってから、夕ごはんができるまでマンガでも読もうと自分の部屋に入った。

宿題は学校から帰ってすぐにすませている。

今日は漢字の書き取りだけだったから楽勝。

(えーと、どれを読もうかな?)

しばらく本棚の前で悩んで、お気に入りの一冊を取り出した。

ぼくと同じ小学生が主人公のマンガ。

気味が悪い雑貨屋の店主から不思議な力を授けられて、この世ならぬものと戦っていく話だ。

実はぼく、こわがりだけど不思議な?お話が大好きなんだ。

読みながら、ぼくにもこういう力が使えたらかっこいいのにっていつも思ってる。

 

 「った!」

机に本を置いて椅子に座ったぼくは、お尻に痛みを感じてつい声をあげた。

「えー?なんなの?」

お尻の下を手のひらで触るけど、そこには何もなくて。

かわりに手の甲になにか硬いものがあたった。

「あ!忘れてた」

ポケットをさぐると、かくれんぼの時にみつけた丸いものが出てきた。

「これ、なんだろ?ちょっとくすんでるけど透明でまるくて。ビー玉かな?」

ぼくは右手の親指と人差し指とでまるいものをつまんで目の前に持ってきてのぞいてみた。

「なんであんなとこに落ちてたんだろ?」

ぼくはビー玉のようなものを机のライトの前に持ってきて、光を透かしてみた。

透明なんだけど、なんだか真ん中がくすんでいるような気がする?

【これ!こわっぱ!!まぶしいではないか】

どこかから男の人のどなり声が聞こえた。

そして同時に頭にピリピリとした痛みが走った。

 

 「いたたたた。え?だれ?」

ぼくは頭をおさえながら、ビー玉が転がらないように机の上の筆箱のふたを開いてその中に置いた。

そして部屋の中をきょろきょろ見回した。

ドアと窓と、机と本棚とベッドがある。

でも、テレビはもちろんラジオもない。

部屋にいるのはぼくひとりで。

スマホもパソコンも持ってないぼくの部屋では、声や音を出すものはなにもない。

おまけにひとりっ子だし、パパは単身赴任中で今はママとふたりぐらし。

だから“男の人の声”がぼくの部屋で聞こえるはずがなくて。

「なに?なにかいるの?まさか、おばけ?」

さらにぼくはきょろきょろと見まわして、天井やベッドの下ものぞきこんだ。

「誰もいない」

【ここにおるぞ。い加減気づかぬか】

また、声が聞こえた。

ううん、聞こえたというか頭の中で直接声がしたといったがいいのかもしれない。

「だ、だれ?」

【そのまえに、このまぶしいものをけろ】

「まぶしいもの?」

まぶしいものと言ったら、ぼくの部屋では天井灯と机のライトくらいで。

(あ、もしかして?)

ぼくは、さっきビー玉をかざしていたライトのスイッチを押して消した。

【ふう。まったく。目がつぶれるかと思ったわ】

 

 


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