第3話 紅葉雅の過去②
雅が出ていく朝になった。朝から深々と雪が降っている朝だった。
母が雅の一通りの荷物をまとめていた。
荷物といってもさほど沢山あるわけでもなく新しく住むことになる本当の父親からは、新しく全て雅の物は揃えるから何も持ってこないよう言われていたのだ。
「お母さん…」
雅が声をかける。
「おはよう雅。荷物はこの中に入ってるから。」
「学校は新しくなるから全部持っていかなくていいのよ。ちょうど冬休みに入ったところだから新学期は新しい学校に入れるようにしてくれているから安心して…」静かに母親は雅に語りかけるように言った。
ボストンバッグ1つに荷物を入れ終わると、そのバックを雅にそっと渡した…。母親の申し訳なさそうな表情を見ていると雅は何も言わずにうなずくことしか出来なかった。
雅がふと思い出したように母親に聞いた。
「このぬいぐるみ…持っていきたい…これだけは。お願い。」
差し出したぬいぐるみは雅が5歳の誕生日に雅の産まれた時の体重で作ったうさぎのぬいぐるみだった。3000グラムのぬいぐるみ。雅が今までずっと大切にしてきたぬいぐるみだ。出かけるときも毎回持ち歩く程の思い入れのあるものだった。
ぬいぐるみはやや薄汚れ、ところどころほつれているところもあった。決してキレイとは言えなかった。しかし、雅はそのぬいぐるみを離そうとはしなかった。母親は「分かったわ。じゃあ、ほころびを直すから貸しなさい。」と言いぬいぐるみのほころびを直した。
「ねぇお母さん…時々会いに来てもいい?」
雅が母親に聞いた。
母親は少し時間をあけてうなずいた。
時間もあっという間にすぎ、もう少しで約束の時間になっていた。
雅はよそ行きの厚手のワンピースに冬物のコートを羽織っていた。
しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。
「お迎えがきたみたいよ…」
寂しそうに母親が言った…
「分かった…」
そう言うと母親は玄関に向かって行った。
雅は茶の間に向かった。
茶の間には父がお茶を飲みながら新聞を見ていた。
雅の姿を見ると目線を下げたまま二度と雅の姿をみることはなかった。
「お父さん…行ってきます…」
絞り出すように雅は父親に声をかけた。
しかし顔をあげず、まるで、そこには誰もいないような対応をしていた。
雅はこぼれそうな涙を必死にこらえ茶の間を後にし、玄関にむかった
玄関に向かうと昨日来た男とキリッとした顔つきで髪はゆるくウェーブのかかったやや細身の女性が 立っていた。
母親が荷物を男に渡した。
「雅をよろしくお願いします。」
と男に声をかけた。男はうなずいた。
横にいる新しく母になるだろう女性にも母は頭を深くさげた。
女性は母には目もくれず雅に対してだけ声をかけた。
「あなたが雅ちゃん?」
「よろしくね。今日から私が雅ちゃんのお母さんだからね…」
と女性が雅に優しく微笑んだ。微笑みの裏側に冷たさを感じる笑みだった…。
雅は軽くおじきをして靴をはき、母親を見つめた。母親は涙を流すまいと必死にこらえているのが分かった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんにも、また来るねって言ってね…」
「じゃあ行ってきます…」
玄関を静かに閉め、雅は迎えの車の後部座席に座った。
ドアを閉める直前に母親の大声で泣き叫びながら雅の名前を呼んでいるのが聞こえた…。
車から出ようとしたが声を遮るように男にドアを閉められたため叶わなかった…。
車に乗り込むと、こらえていた涙がポロポロと流れてきた。
雅は小さな声で「お母さん…」と呟いた。
遠ざかる慣れ親しんだ家を見えなくなるまで後ろを振り向いていた…。
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