煙たい来訪者

 ある日の青年が遊ぶ倉庫内での、日付が変わる前のこと。

 不明の招待が、彼が持つスマートフォンのアプリを通じて届いた。

 彼は拒否するつもりで承諾を押していた。そうしたら、倉庫内の天井から小さな箱が落ち、図らずも受け取らされることになった。

「承諾ありがとう。それ、こちらからのびびびっぐな贈呈品だから開けてもらえるとうれしい」

「すみません。間違えました」

 アプリを通じて言葉を交わした。

 双方の姿勢は真逆だ。

「開けるのが面倒くさいときも安心。自動で開くよ」

「うけとりもせん」

 動揺して文字入力が覚束なかった。彼が返そうとしても返す先が見当たらない。

 先に告げられた通りに箱は自動で開き、中から黒い気体が飛び出した。

 彼は黒い気体が口腔こうくうに侵入するのを拒めなかった。

 しかしながら、口腔こうくうへの侵入は感触は良く、心とは裏腹に体は受け入れた。

「相手方の体内に潜入し、情報を入手しました。端末に書き込んで送信します」

「上手く行ったね。続けて」

 彼の体内にいる黒い気体が、勝手に彼の体を使って報告した。

「通話ができます。こちらから掛けますよ、ヒルメ」

「よし。掛かってきた。ビデオ通話に切り替えて」

 黒い気体は追加の指示を読まず、スマートフォンを彼の耳に当てる。

「もしもし? 返事は読まなかった? ビデオ通話よ。すぐにお願い」

「申し訳ありません。すぐに切り替えます」

「誰? お前」

「お前様の中に入っているのは私、アサラです。お前様が始めに会話したのはヒルメですよ」

 彼の怪訝けげんそうな表情に関わらず、勝手に彼の口も手も動いていく。

「ようやくビデオ通話ね。こっち見て。画面よ、画面」

「マジで何を……本当に誰」

 スマートフォンが映す女性の少し若いながらも整った美しい姿に彼は懐柔した。

 しばらくの間、彼の視線に応える女性とのやり取りが続く。

 視線は主に相手が女性だと判断できる部分に集中した。

「お前、名前はヒルメ? 正直、性別以外は読み取れそうにない」

「どこにでも居そうな末っ子で魅力的な女性だよ。そっちに遣わしたのは、私と同じくらい魅力的な親戚の下女になる。鼻の下、伸ばすなよ? ぇえと……名前は?」

「クヮンジャだよ。それで、どんな事情があって強引な手段に?」

「取引したい。ただそれだけなのに、今に至るまで十人以上は断られたかな。もし交換に合意してくれるなら下女を差し出してもいい」

「一応聞くけど、アサラさんって美人?」

「一目見れば誰もが寝取りたくなる美人? 男性の視点では保証できないが」

 突如、スマートフォンから騒然たる音が届く。

「クヮンジャ君。強い敵を倒す道具、何か送って」

「いきなり何を言い出すんだ、この人。物騒なんだけど」

 女性の容姿から飛び離れた要求にクヮンジャの目が見開く。

 女性は早急に要求が通らなかったことで慌てふためいている。

「なんでもいいから! いい感じの!」

「そんな夕飯のメニューを聞くみたいに。ゲームでもないんだから。どうやって渡すんだ? っていうか、そっちからどうやって……」

 通話越しに怒号が伝えられてきた。

 直後、女性を映していたスマートフォンの画面が鮮赤色を映し出した。

 女性の甲高い声を加え、怒号が続く。

 彼の周りに物はある。しかし、どれも受けた要求とは程遠い道具ばかりだった。

 それでも、何か送らなければと黒い気体の方が焦り、彼を操って手当たり次第に倉庫の物に触れて回った。

 次々に触れられた物から黒い気体が飛び出し、すぐに消えていく。

「ど、どうなってるんだ。壊れでもしたら俺が怒られるだろ!」

「道具からコピーしたものを送っているだけだから安心して。もうひとりを時期にクヮンジャ君の方に送るから、楽しみに待ってて」

 その後、数分間の緊迫した時を経た。

 黒い気体がスマートフォンから吹き出す。

 今回で二度目になり、彼は首から上を仰け反らせた。

 スマートフォンから伸びゆく黒い気体は床に落ち次第、姿を大男へと変化させた。

「タケルさん、向こうで何を? ヒルメが何か仕出かした?」

「俺の体を使って質問しないでほしいんだけど」

「できる限り人目を避けています。特に異性に敏感な、お前様からは……」

「美人がどうのこうの? 操りたいなら今さっき出てきた男の人を選んでよ」

 倉庫内で現れた大男は床にうずくまり、目を擦っていた。

「美人って私のこと言ってる?」

「ヒルメじゃない……って、一応は無事っぽい声色だな」

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