安らげる場所を描いた点と線

れにう

群像

 休日に青年が独り倉庫に籠もる。

 倉庫内に置かれたものに触れては眺めるのを繰り返した。

 次に何もない空間を触り始め、卵を割って目玉焼きに仕上げようとする。

 卵が宙に落ち、次第に目玉焼きへと変化した。

 そして、完成後は別の何もない空間に移され、上から金箔きんぱくが掛けられた。


 青年は目代もくだいクヮンジャという名前を持つ。

 ところが、名前が意味を成さなくなるほど家族と馴染なじまないときがある。

 そんな日は決まって敷地内の倉庫まで行き、就寝時間のギリギリまで独り遊ぶ。

 倉庫内ではゲームをしたり、倉庫にあるもので遊んだりすることも度々あった。

「はぁ……物が充実してても人恋しくなっちゃうなぁ。とりあえず部屋に戻ろ」


 話は変わり、とある別所に建つ屋敷内にて。

 屋敷に身を寄せる女性を呼ぶ声が響き、屋敷に勤めに来る大男が女性の元へと寄ってきた。顔を合わせるなり女性に婚姻届を突きつける。

 女性の方は眉を曇らせている。

「タケルさん。その紙一枚で私と結ばれるとでも? いつもながら頑なよね」

「なりふり構っていられるか。まずは形からでもいいだろ?」


 後日、タケルは相手の女性と結ばれ、翌年には離婚へと踏み込んだ。

「安物の結婚指輪と思い出が残る。本当に将来に期待してるから」

「まだまだ爪跡が足りないぜ。もっとアサラには期待させてやる」

「魂に刻むだけじゃ飽き足らない?」

「当然だ。例え結婚指輪をつけても、その辺の男は女に手をつけようとするからな」


 廊下から部屋の中の、男性同士の会話に耳を澄ます女性がいる。

「嫁ぎ先は大太おおぶとさんが取り持ってくれましたよ」

「うん。良い。今度お礼に行こう。ようやくあの三田井みたいアサラを家から出せるというものだ」

 耳を澄ましていた女性がハッとして息をひそめつつ、そそくさと部屋から離れた。

 三田井みたいアサラの名前を耳にした途端、女性は眉をひそめていた。


 聞き耳を立てていた女性の自室にて。

「ヒルメ、遅うございましたね。何かありましたか?」

「用を足すために部屋から出るのが大変だと思ってね。何か画期的なアイテムを手にできないかなーって帰ってくるまで考えてた」

「出不精ここに極まれりでございます。おまるが必要ならお申しつけください」

「アサラ、皮肉やめて? 社長室で赤ちゃんになるボスの絵面が浮かんだわ」


 ヒルメの親戚にあたる女性、三田井みたいアサラは異性の目を引きつけてやまない。

 ヒルメが好意を抱く異性の目すらも奪い、一時的にヒルメと険悪な仲に陥ったこともあった。それ以降はヒルメから目をつけられ、近寄ってくる男がすべて追い払われる日々が続く。

「いやぁ、やっと監視の目を抜けられた。どうだい? デートする? コンタクトし合わない?」

「困ります。後ろを見てください。今まさにヒルメ……もう蹴り倒されていますね」

 さらに男性から引き離すべくヒルメはアサラを自分の傍で働かせることにした。


 なおもアサラが告白を受ける日はある。

 その告白してきた内ひとりは自身を嫁ぎ先だと口にせず、振られて決意を新たにした。その男性に限ってはアサラの結婚指輪を見て見ぬふりはしなかった。

「あんた、大太おおぶとさんの家にいた子じゃない。なんでここにいるのよ」

往昔わうじゃくヒルメさんですよね。見事にアサラさんに振られちゃいました。くっ、首絞まってます」

 アサラの嫁ぎ先の相手はヒルメをなだめるのに必死だ。


 アサラが嫁ぐ相手は大友おおともワカミヤとなる予定である。

「私はアサラを渡すつもりはないから。代わりを要求して」

「苦しぃぃぃ。首絞め、やめてください」

「それが代わり? 交渉成立だね。放してあげる。ただ、手ぶらで帰すのはね……思い切って私をめとってみよう!」

「も、もともと気乗りではなかったんです。ですが、簡単に曲げることはできません。そちらで根回しできるのであれば行ってくだ……うっ。唐突にキスだなんて」


「ワカミヤ様。婚約者を往昔わうじゃくヒルメという方に変更したいと仰いましたか?」

「嫁がせたい理由がアサラさんを家から追い出すためだと分かったんだ。一部から呪いだとか一族滅亡だとか、根拠のないことも耳にした。こちらから根回しをする追い風になる。問題のアサラさんについてはヒルメを追わせる形で異動させるから、余計なことをした連中の意向もかなえられる算段だよ」

「しかしながら、お相手に関しては如何ですか? ヒルメ様に締められながら恍惚こうこつの表情を浮かべ、気絶しそうなワカミヤ様を目にしたときはショックでした」

「違うから! 首を絞められて喜ぶなんて、そんな趣味ないから。ヒルメ……そうだ。相手が可愛すぎて気絶しそうだったんだよ。ああ、ヒルメさんと結婚できたらうれしいな!」

「婚約の理由は別に用意します。多少は美辞麗句を用いても差し支えないでしょう」


 街を歩き回るヒルメとアサラに周囲から様々な視線が向けられた。

 商店や公共の場の中、親戚の家に至るまで注目されない場所がない。

 挙句の果て、人気のない街外れへの散策に際しても、離れない目や耳がある。

大太おおぶとさんが珍品に目がないとは分かったけど、肝心の珍品を用意できるほどにはピンッと来ないね」

「だからこその珍品ではあります。ただ、際立って珍しいのは私たちの方ですが」


「初めまして、こんにちは。大太おおぶとの知人です。おふたりが珍品を探していると小耳に挟んだので、ぜひ紹介したいと思って珍品を持参いたしました。ご覧ください」

「わざわざ人気のない場所に来るまで尾行してまで、一体何が狙いですか?」

 大太おおぶとの知人と明かした女性がシールを取り出し、その一枚を肌に貼ってみせた。次の瞬間、女性は黒い気体へと化け、辺りを飛び回った。

「シールを貼るだけで、このように飛び回れます。しかも壁抜け自在です。更に端末の通信機能に乗って遠距離移動まで可能です。どこまでも……まだまだ機能は備えています」

「怪しい! 怪しく見えるよな、アサラ! だから、話に乗る!」

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