第3話 ここはアラビアンナイト

 

 この状況で一か月生き延びるなんてぜったい無理。

 ああ、あたしの人生十七年で終わっちゃうの?

 せめてもの慰めは脱処女して死ねること?

 いやいや、王様がどんなエロじじいかわかんないのに素直に喜べるか。

 大体毎晩違う女とエッチなんてどんだけよ。


 一人で百面相しながら悶えている輝を周りの女たちが気味悪そうに眺めている。


‟お前、名前は?”


 シェヘラザードが声をかける。


 

‟え?あ、あきら”


 それを聞いて控えている女たちがププッと噴き出す。


‟アキーラですって”


 バカにしたように笑われて意味が解らずキョトンとしている輝を見つめてシェヘラザードが優しく微笑む。


“アキーラ、王のもとに行く前にお前に知恵を授けるためここに呼んだのです。これから私がお前に物語を一つ聞かせてあげよう。それを王に語って聞かせるのです。お前の語り次第で王のお心を静められるかもしれぬ”


 それを聞いて輝は感激した。

 このお妃さまはきれいなだけじゃなくなんて優しいんだろう。

 涙目でこくこく頷きながら輝はシェヘラザードのベッドの近くににじり寄って行った。

 シェヘラザードは語り始める。


 昔々ある所に貧乏だがまじめで働きものの男がいました。男の名前はアリババと言いました。ある日アリババが山で働いていると人相の悪い盗賊と思われる男たちが山の奥に向かって進んでいくのを見ました。怖いながらも気になってアリババが後をつけると、盗賊の頭と思わしき男が大岩の前に立ち呪文を唱えました。

『開け、ゴマ』


 あ、これ知ってる。

 輝は胸が弾んだ。人の話をこんなに真剣に聞いたのも、こんなに興奮したのも生まれて初めてだ。この話、ちゃんとは知らないけど聞けばきっと覚えられる。


 と、心の中でガッツポーズ。


‟盗賊の頭が呪文を唱えると、あら不思議、大岩が独りでに真っ二つに割れて中からまばゆい光がもれてきました。それは金銀宝石、美しい織物などの宝の山でした。盗賊たちは中に盗んできたものを収めると頭は今度は、閉じよ、ゴマと唱えました。すると…う!うう!”


 突然シェヘラザードが苦痛に顔を歪め腹を押さえ苦しみだした。


 ‟お姉さま!”


 ‟お妃様!”


 陣痛が始まったのだ。

 ドゥンヤザードが手を振ると輝は二人の女たちに腕を掴まれ部屋から引きずり出される。


“え?ちょっと待って!話まだ終わってない。あたしその続きを知らないんだけど”


‟話はここまで。後は自分で乗り越えるのです!”


 ドゥンヤザードに冷たく切り捨てられ、バタン!と大きな扉が目の前で無情に閉じた。


 後は自分でって、そんな…あたし話最後まで知らない。っていうかアリババの名前と開けゴマしか知らない。

 どうすんの?どうしろっての?

 あたしの人生アリババを知らない所為でおしまいってこと?


 輝は愕然としてその場に跪いた。

 ふつふつと怒りがこみあげてくる。


 こんなの間違ってる。

 そりゃ、勉強も読書も嫌いだったのは認めるよ。反省するよ。

 でも、だからってボケじじいの所為で異世界に飛ばされ、一分で帰れるはずが一か月になり、助けてくれそうなお妃さまは空気を読まない赤ん坊に奪われ、あげくはイカれたエロおやじに処女を奪われて殺されろっての?


 こんなの絶対間違ってる。


 輝はドンっと床を拳でたたき憤怒の炎を燃やしていたのだが、その両腕を二人の女に掴まれ、ずるずると宮殿の奥に引きずられていった。


 ‟ちょ、ちょっと放してよ!”


 抵抗もむなしく連れていかれた部屋の前には槍と剣を持った兵士っぽい男たちが立っており、輝たちが部屋の前に立つと持ち物を改められた。

 扉がゆっくりと開かれる。

 さっきいた部屋よりもさらに豪奢だ。

 怒りで血が上っていた輝の頭が急激に冷え、足ががくがく震えるが背中を押されては屋の中に入った。

 先に立って入室した女が跪き体を伏せ、輝も肩を押されて跪く。


‟偉大なるシャフリヤール王よ。今宵シェヘラザード様はお体の調子がすぐれませぬためにお勤めが叶いません。代わりにこの者がお慰めすることをお許しください”


‟入れ”


 低い声がした。

 先ほどのシェヘラザードのベッドよりもさらに大きなベッドの中央に生成り色の長いローブをまとった男が座っていた。部屋が大きすぎてベッドが遠いので顔が見えない。

 女は尻込みする輝を無理やり引き倒し、跪かせ頭を床につけさせる。

 王の返事を聞いた女はもう一度頭を床に付けた後輝を残してさっと部屋を出て行った。


 ヤバい。吐きそう。


 輝は恐怖で身動きできなくなった。


‟来い”


 また低い声が聞こえる。


 イケボ…


 必死で立ち上がりフラフラと近寄って行った。


 これが王様。


 想像していたのと全然違う。

 褐色の肌に黒い髪が肩のあたりまで落ちている。緩い夜着から筋肉質な胸元がのぞく。口ひげを蓄えてるせいでおそらく年よりも老けて見えるのかもしれないがおやじではない。

 いや、あたしにとっては三十過ぎてたらおやじだけど、そういう表現はとても似合わない。目力が異様に強い。鼻筋が通っていて精悍が顔だ。

 はっきり言ってセクシーイケメン。

 その実態は血も涙もない残酷エロおやじ…


 シャフリヤール王は輝を頭から足まで観察するように見てからため息をついた。


 ‟このような…”


 とこぼしてから


‟おい、お前は東国からの奴隷か?”


 なにそのため息。今、こんなのしかいないのかって言おうとした?

 自分が女を殺しまくったからだろうが!


 頭では怒っていても体は恐怖に震えている。


“名は?”


‟あ、あ、あきら”


 王はフンッと鼻で笑う。


‟アキーラだと”


 カチンときた。

 まただ。あたしの名前が何だっていうのよ。


“あの、アキラってなんかおかしいですか?”


 問われると思っていなかったのかシャフリヤールは目を瞬かせた。


‟アキーラとは高貴な女性と言う意味だ”


‟…”

 アキーラ、ね。だからみんなバカにしたように笑ったんだ。


 むか


“お前はせいぜいザキーラ(ちび)だな。骨と皮ばかりではないか。侍従長がうるさいから夜伽を許したが、いくら処女でもこれでは抱く気にもならん”


 フンとまた鼻を鳴らす。


 繰り返される侮蔑。我慢我慢。まだ死にたくないし。


 明らかに興ざめした王を見て安心半分。

 貞操の危機は脱したかもしれないが命の危機は猛スピードで近づいてきている。ここは覚悟を決めるしかない。


“あの!王様。お、お話はいかがでしょうか”


“なに?”


‟あたし、私が王様が眠くなるまでお話をしてあげます”


 それに多少は興味をそそられたのかシャフリヤールは少し考えるように沈黙した後、また小さくため息をつく。


‟シェヘラザードに知恵でもつけられたか。まあいい。このような状況は我とて不本意。お前の話が面白ければ見逃してやろう。異国の話でも持ってるのか”


 食いついた!


 輝は小さく拳を握る。


 ‟来い”


 もう一度命令される。抗うことを許さないその尊大は響きに今度こそベッドに上がるが隅っこに膝をついてちんまり座る。シャフリヤールは特に気にした様子もなく輝を促すように顎をしゃくった。そしてベッドサイドにあったグラスを取ると中の液体を飲みながらゆったりとクッションに体を持たせかける。


 大きな猫みたい。美しい毛並みの猛獣のような男だ。思わず見とれてしまう。


 ボーっとしていると話を始めない輝にしびれを切らしたのかじろりと睨まれる。

 慌てて輝は話始めた。ごくりとつばを飲み込み唇を舐める。


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