6話 音と心(5/7)

「あと外ではミモザって呼ばないでもらえると……嬉しいです」

「ん? あ、そかそか、ごめんな。じゃあ……、愛花ちゃん?」

新堂にいつもの人懐こい笑顔で見つめられ、ミモザはみるみる赤くなる。

「し……、下の名前もダメですぅぅ」

「えぇぇぇ?」


「おい、諸君」

突然かけられた声に、二人は慌てて振り返る。

「おわ、ビックリした。鈴木か、今日はよろしくな」

「あ。部長さん……、お久しぶりです」

「ここではLeonと呼んでくれたまえ」

「お前はそっちを名乗んのかよ、ややこしいな……」

片手で額を押さえる新堂を置いて、麗音はミモザに問う。

「貴女のところの作曲者はまだ来ないのか?」

「は、はい、まだ……」

「そうか。スタッフに依頼し、我と出演順を替えて頂いた。貴女らは最後に歌うがいい」

それだけを告げると、麗音は一人テレビ局に戻ってゆく。

「歌うがいい、って……。つーことは、元はあいつがトリだったのか?」

新堂は、そういや空のパソコンからLeonの曲は聴いたけど、画面までは見てなかったな、と思う。

「みたいですね。私もまだ出演順確認してなかったから……。あ、そろそろ説明始まっちゃいますから、私だけでも聞いてこないと……」

不安そうな顔に戻ったミモザが、縋るように新堂を見上げる。

「……新堂さん、一緒に行ってもらえませんか?」

「あ、ああ。もちろん」

新堂が頷いて、二人は足早に建物内に入る。

入り組んだ廊下を歩きながら、新堂が尋ねた。

「あのさ、鈴木……じゃねーや、Leonってもしかして、有名人?」

「私達もあの後知って驚いたんですけど、Leonさんってコメント用のLeonNoteと音楽発表用のLeonでアカウント分けされてて……、Leonさんの方は、チャンネル登録者数が私達の100倍近かったです……」

「え……、それって100万人ってことか!?」

空はこの曲が伸びるようになって、最近チャンネル登録者数が30万に届きそうになっていた。

その数は大地から見れば偉業にも近い、遥か遠い数字のように思っていた。

大地は動画投稿こそしていないが、トイッターのフォロワーは3万人を超えていて、この人数は正直中学生ではなかなかのものではないかと思っていた。

しかし、それは自分がただ世間を知らないだけだったらしい。

「……上には上がいるんだよなぁ……」

「え?」

思わずこぼれた愚痴をミモザに聞き返されて、長い髪の少年は首を振る。

「や、ひとりごと」

俺ももっと精進しないとな。

少年はペンだこで硬くなった指を、決意と共に握り込んだ。


***


空は途方に暮れていた。

「マズイ……、本格的に迷った……」

スマホの地図アプリを見ながら歩いているのに、なぜか同じところをぐるぐる回ってしまう。

空がこの噴水を目にするのはもう三回目だった。

いや、もしかしたら、同じ噴水だと思っているのが間違いで、このショッピングモール内にはよく似た噴水がいくつもあったりするのだろうか。


モール内を歩くから方向がわからなくなるのだ、とさっきは外に出て歩いてみたのだが、目的の建物に続くエスカレーターとエレベーターには、どうやら外からは入れないらしい。


スマホを見つめて逡巡する。

ダメだ。大地を呼ぶと、その間あの二人が危なくなるかも知れない……。


あれから空は大地経由で話を聞いた。

二人が、放送部へ行くときにどれほど覚悟をしたのか。

同じ学校に居たのに、生徒全てを守るべき立場で、あの二人に何度も怖い思いをさせてしまった。

それが空にはとても辛かった。


今日のための音源を作り直して、ようやく連絡した僕に、アキさんは一つも文句を言わなかった。

それどころか、今までお疲れ様と労ってくれて、新しい曲のアレンジは最高に良くなっていると大絶賛してくれた。

正直僕は、拍子抜けしてしまって、ほっとしてしまって……。


それでまた、言い逃してしまった。

自分は、本当は、君の知っている人物なんだと。

君のことを知っている事を、ずっと隠していたのだと。

嘘を吐かせてしまったのは僕だと、謝ろうと思っていたのに。

本当の事が言えなかった……。

LeonNoteさんみたいに、気の利いたコメントを返すことも、彼女が喜ぶ言葉を返すこともできない。


今日だって、彼女に合わせる顔がなくて。こんな、帽子にマスクにサングラスで顔を隠すような真似をしていて、挙句家を出るのが遅くなって、更には道に迷っているなんて……。


自分が情けなさ過ぎて、どうしようもなかった。


早く会場に行かなきゃ。焦りばかりが募る。

大地もアキさん達も今頃僕のことを心配しているだろう。

本番前の二人に、こんな無用な気がかりを背負わせていることが何より心苦しい。

編集済みの新音源は既に送ってあるので、僕がいなくても二人の曲はかかるだろうけど。

それでも、間に合わないかも知れないと連絡だけはしておかないと……。

大地に電話をしようと指を伸ばしたスマホにRINEの着信が入る。

そこにはアキの名前が書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る